52.マクシミリアンの奸撃

「こんな…こんなやり方、私は望んでいない!こんな卑怯なやり方、例え悪魔が相手だとしても許されるものではありません!」


「何を言ってるんだ、君は」


 マクシミリアンの声が突然冷気を増した。


「許すとか許さないとか君にそんな権利があると思っているのかい?ただの下俗僧である君が」


「そういう問題じゃ…」


「そういう問題だ!」


 マクシミリアンが吠えた。


「貴様如きがこの私に意見するなど千年、いや一万年早いと言っているのだ!いいか、私は天遍教信徒100万の頂点に君臨する聖騎士だぞ!本来であれば貴様ら下俗僧は口を利くことはおろか目にすることすら憚るべき存在なのだ!それを…こともあろうに私が間違っているだと?思い上がりもいい加減にしろ!」


 マクシミリアンは一気にまくしたてるとサリアの髪を掴んだ。


「いいか、よく聞け。こいつらに刺さっているのは貴様に言ったような魔道具じゃあない。これは刺したものの魔力を糧にその身を腐らせる魔道具ロットナーだ。こいつにかすり傷でもつけられれば魔族だろうが悪魔だろうが必ず苦しみぬいて死ぬという究極の退魔武器だよ。もっともそれ以外は通常の刃物と変わらないから悪魔とその眷属を傷つけるためには相応の隙を作らなければいけないのだけどね」


「ひ…卑怯者…」


 その言葉にマクシミリアンの形相が変わった。


 憎々しげにサリアを突き飛ばすと腰に下げていた剣を抜き放つ。


「これほど言ってもまだわからないとは。どうやら貴様も悪魔に魅入られてしまったようだな。ならば我々のやることは1つだ」


 サリアを見下ろすその眼は刃と同じ位冷たい光を放っている。


「地獄でエヴァンと再会してくるといい!」



 目をつぶったサリアの耳に固い金属音が響く。



 恐る恐る目を開けた時、そこに映っていたのはマクシミリアンの剣を受け止めているエヴァンの姿だった。



「なにっ!?」


 マクシミリアンが驚愕に目を剥く。


 その隙にエヴァンがその腹をけり飛ばし、サリアを抱えて距離を取った。


「エヴァン?だ、大丈夫なんですか?」


「この位かすり傷だって」


 驚くサリアにエヴァンが微笑む。


 しかしその顔は血の気が失せて真っ白だ。


 手も剣を持つのがやっとでブルブルと震えている。


「ふ、ロットナーの刃を受けてなお動けるとは、とんだ体力だ」


 マクシミリアンが腹を手で払いながら立ち上がった。


 その顔にはまだ余裕の笑みが浮かんでいる。


「だがそれも所詮は虚勢。君の身体は今この時にも内部から腐っている。いずれ苦しみぬいて死ぬことになるがそれは酷というものだ。今ここで引導を渡してやろう」


 マクシミリアンは薄笑いを浮かべながら剣を振りあげた。


「貴様の連れ合いの悪魔もすぐに後を追わせてやろう!」


 剣が瀕死のエヴァンの肩口へと振り下ろされる。



 しかしサリアのガントレットがそれを受け止めていた。


「どういうつもりだ?」


「あなたは…間違っている!」


 剣をはじき返しながらサリアが叫ぶ。


「あなたのやり方は善でも正義でもない!悪を倒すのに悪をもって行うものを私は正義とは呼ばない!」


「…小娘が分かったような口を」


 マクシミリアンの顔が憎しみに歪む。


「よかろう、あくまでその男につき従うというのならば貴様も悪魔の眷属だ。まとめて地獄に送ってやろう」


 マクシミリアンがサリアに斬りかかった。


 縦横無尽の剣戟をサリアは必至で防ぐ。


 しかし聖騎士であるマクシミリアンにサリアが敵うわけもなく、明らかに劣勢に立たされていた。


「ほらほら、どうしたのだ?私が間違っているというのなら自らの手でそれを証明してみろ!」


 嘲笑いながらマクシミリアンがサリアを切り刻んでいく。


 しかしどれも軽傷で致命傷には至っていない。


 マクシミリアンが遊んでいるのは誰の目にも明らかだった。


「命が惜しければ命乞いをしろ!頭を地に擦り付けて詫びるのだ!私のような下俗僧が聖騎士様に逆らって申し訳ありませんでしたとな!」


「だ…誰が!」


 渾身の力を込めて放った拳が剣戟を縫ってマクシミリアンに襲い掛かる。


「ぬうっ!」


 しかしそれはマクシミリアンが咄嗟に出した肘に防がれてしまった。


 マクシミリアンの顔が怒りで朱に染まる。


 サリアを蹴り飛ばすと剣を振り上げた。


「この私に手を出すとは万死に値する!今ここで死…ぬおっ!」


 斬りつけようとしたマクシミリアンだったが、突然飛んできた短剣にたたらを踏み、直後に襲いかかってきたエヴァンの攻撃を必死になって凌いだ。


 畳みかけるようなエヴァンの攻撃にマクシミリアンは防戦一方となっていた。


「な、何故だ!?何故ここまで動けるのだ?」


 マクシミリアンは自分の置かれている状況が信じられなかった。


 相手はロットナーの呪いによって今頃死んでいてもおかしくないはずなのだ。


「言っただろ、かすり傷だって」


 エヴァンの攻撃は鋭さを増している。


 左手に隠し持っていたロットナーがマクシミリアンの頬を切り裂いた。


 切られた瞬間から傷口が泡を吹きながら腐っていく。



「ぬううっ!」


 マクシミリアンは恐怖の唸り声と共に一足飛びに距離を取ると高等解呪と治癒を自らに施した。


 頬に付けられた傷が瞬く間に消えていく。



「流石は聖騎士様、反撃された時の対処法も心得ているんだな」


「貴様!何故ロットナーが効かない!」


「…今さら隠す必要もないし明かすけど、それはこいつのおかげだよ」


 エヴァンは地面に倒れているメフィストを指差した。


「も~、なんで言うのさ。こっちはこのまま死んだふりしとこうと思ってたのに」


 メフィストがむくりと起き上がった。


 フォラスも恐る恐る身を起こす。



「んなっ!?」


 それを見てマクシミリアンが目を丸くした。


「メフィストはああ見えて解呪が得意でね。この位の呪いなら触れることなく無効化できるんだ」


「馬鹿な!天遍教の1級退魔司祭が1週間儀式を行って練り込んだ呪いなのだぞ!」


 マクシミリアンが額に汗を浮かべながら吠えた。


「この位で悪魔を倒せると思うなんて心外なんだけど」


 メフィストが腹に刺さっていたロットナーを引き抜いた。


 腹の傷は即塞がり、同時にロットナーもさらさらと崩れていく。


「実際この位で悪魔が倒せるなら60年前にあんなに苦労してないんだよな」


 エヴァンは肩をすくめるとサリアの頭に手を置いた


「とは言えそれもサリアが時間を稼いでくれたおかげだ。助かったよ」


「エヴァン…」


 サリアは涙を浮かべて微笑み返す。


 エヴァンはマクシミリアンへと振り返った。


「まあそういうわけだから俺たちを倒すのは諦めてくれないか?面倒ごとはこっちもごめんだから大人しく引いてくれるとありがたいんだけど」


「ぐぬぬ…」


 マクシミリアンは憎しみの形相を浮かべて周囲の騎士たちに手を振りかざした。


「おい!なにをやっている!さっさとこいつらを総攻撃するのだ!」


「あ~、そいつは無理だと思う」


「なんだとっ!」


 叫んでマクシミリアンは初めて周囲の様子に気付いた。


 部下たちが一定距離からこちらに入ってこられないことに。


「あ…あの人たちは…私が結界に閉じ込めた…あなたはもう1人だけ」


 フォラスがぼそぼそと呟く。


「こいつの結界の強さは屋敷でわかってるだろ。おたくの司祭たちじゃ1週間かかっても破れないよ」


「ぐぬぬ…」


 マクシミリアンが歯ぎしりをしながらエヴァンを睨みつける。



「クク…ククク…クハハハハハッ!!」


 が、その後で堰を切ったように笑い始めた。


「なにこいつ?ついにおかしくなった?」


 呆れた顔で見つめるメフィストをしり目にひとしきり笑い続けていたマクシミリアンは始まった時と同じように唐突に哄笑を止めるとエヴァンを見据えた。


「なるほど、確かに我々は貴様らを甘く見ていたようだ。ここからは本気でいかせてもらおう!」


 その声と共に剣を天にかざす。


「我ら天の加護を受けし聖騎士の真の実力を見せてやる!守護天使招来エンジェルコーリング!」



 マクシミリアンの持つ剣からほとばしる光が天を照らす。


 その光の中を舞い降りてくる者がいた。



「天使様…」


 サリアが震える声で呟いた。

 


 メフィストたち悪魔と対極をなす存在、天使の降臨だった。


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