51.サリアの決意

 いざその時が来てみるとサリアにはどうしても行動に移すことができなかった。


 メフィストたちは確かに悪魔だ。


 しかし、それはサリアが思い描いていた悪魔とは全く違っていた。


 人心を惑わし快楽と背徳に溺れさせて世に混沌を招く、悪魔とはそういうものだと信じていた。


 しかし目の前にいるメフィストもフォラスも人々のために働いている。


 今ここであの2人を討てばこの場の戦力は著しく落ちることになる。


 ひょっとしたら村人に被害が及ぶかもしれない。


 人々の平和と安寧を願う天遍教の信徒としてそれは許される行為なのだろうか?


 懐の中で握りしめたディスポゼッショナーがやけに重い。




「サリア!」


 エヴァンの声で我に返ると目の前にオークが迫っていた。


「きゃあっ」


 思わず目をつむる。


 しかしオークはサリアに襲い掛からず、そのまま地面に倒れ伏した。


「大丈夫か!」


 その後ろに剣を構えたエヴァンが立っている。


「あ、ありがとうございます…」


 サリアはふらつきながら起き上がった。



「大丈夫か?体調が悪いなら村で休んでいた方がいいぞ?」


「い、いえ…大丈夫です」


「そうか?だったらいいんだけど。ここからが本番だから頼りにしてるぞ」


 エヴァンはそう言ってサリアの肩を叩くと別の魔物へと向かっていった。


 その言葉通り森の中から出てくる魔物は数を増してきている。


 サリアはエヴァンの言葉を反芻していた。


 私は頼りにされている。


 僧侶なのに初球の治癒魔法しか使えない私をエヴァンたちは一度も邪魔だと言ったことがなかった。


 メフィストやフォラスだって私の小言をうるさがってはいたけど出て行けと言われたことは一度もない。


 その時サリアは気付いた。


 私は今の関係を壊したくないのだと。


 天遍教の信徒としてそれは許されざる裏切りだ。


 それでもそれが自分の本心だった。


 気が付けばサリアの頭から迷いが消えていた。


 両手で頬をバシバシと叩く。


(今は迷っている場合じゃない!まずは魔物をなんとかすることを優先しないと。その後のことはその後で考えよう!)



 サリアは両の拳を握り締めると前に飛び出して行った。





    ◆





 日が傾きかけた頃にようやく魔物の攻勢は収まっていった。


「やっと…落ち着きましたね」


 サリアは大きくため息をつくと地面に腰を落とした。


 あたりには累々と魔物の死骸が転がっている。


「お疲れさん」


 エヴァンはサリアに横に腰を下ろすと水筒を渡した。


 浴びるような勢いでそれを飲み下す。


「運が良ければ蝕月の大討伐はこのまま終わるかもな」


 目の前の森を見ながらエヴァンが呟く。



 今までの苛烈な戦いを忘れたかのような静かな瞬間が辺りを包んでいた。



(打ち明けるのは今しかない)


 何かが体の内側でサリアを突き動かした。


 マクシミリアンのことを、短剣のことを全て打ち明け、彼の思いを聞いてみよう!


「エヴァン…」


 サリアが口を開きかけた時、突然エヴァンが覆いかぶさってきた。


「な、なにをぉ?」


 突然のことに仰天したサリアだったが、エヴァンの様子がおかしいことに気が付いた。


 背中に回した手に何かが触れている。


 それを見た時サリアの動きが止まった。



 エヴァンの背中に幾本もの短剣が突き立っていたからだ。


「これは…ディスポゼッショナー!?何故ここに?」


 その短剣はマクシミリアンがサリアに渡した悪魔との契約を断ち切る魔道具、ディスポゼッショナーだった。


 しかしサリアが渡されたものは今も懐の中にある。


「エヴァン、どうしたの?」


 異変を感じたメフィストとフォラスが近寄ってくる。


「いけない!」


 サリアが叫んだその瞬間、2体の悪魔は背中をのけぞらせながら倒れた。


 その背中にはエヴァンと同じようにディスポゼッショナーが突き立てられている。


 まるで悪夢を見ているようだった。


 先ほどまで会話をしていたものが今は物言わぬ物体へと変わっている。




「どうやら上手くいったようだね」




 その声を聞いた時、サリアの視界が絶望に塗られた。


 姿を確認する前にそれがマクシミリアンの声であることはわかっていたが信じたくはなかった。


 振り返ると森の中からマクシミリアンと彼の率いる天遍教退魔部隊がこちらに向かってくるところだった。


 それを見た時、サリアは全てを悟った。


 自分はただのだしに使われただけなのだと。




「マクシミリアン様…何故…」


「何故?何故そんなことを聞くんだい?」


 マクシミリアンは不思議そうな顔をして倒れ伏したエヴァンとメフィスト、フォラスを手で示した。


「これを見たまえ。我々は悪魔を滅ぼしたのだ。天遍教信徒ならな当然の行為だろう?」


「違う…違う…」


 サリアはピクリとも動かないエヴァンを抱えたまま頭を振った。


「私は…こんなことをするつもりは…こんなのは間違っています…こんなこと…」



 チッとマクシミリアンが舌打ちをした。


「まったく、結局それかね。思った通り役に立たない小娘だったな」


「な、何を…?」


 信じられないという顔をするサリアをマクシミリアンは嘲るように見下ろした。


「君には何も期待していなかったと言っているのだ。いや、この男を仕留める囮にはなってくれたかな。それについては礼を言おう。君は大いに役に立ってくれたよ」


 その言葉にサリアは気が付いた。


 エヴァンは自分を庇って刺されたのだということに。


「マ、マクシミリアン様…あなたは…」


 涙で濡れた目でマクシミリアンを睨みつける。


 それを見てマクシミリアンは愉快そうに眉を吊り上げた。


「何故そんな顔をするのだね!君は我々聖騎士団による悪魔討伐の手伝いをしたのだぞ?天遍教信徒にとってこれ以上の誉れはないはずだ!君は故郷に像が立ってもおかしくないほどの偉業を成し遂げたのだよ!」


「こんなのは間違っています!」


 サリアは叫んだ。


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