50.陰謀

(私はどうしたら…)


 大討伐の中、サリアは1人悩んでいた。


 それは数日前、大討伐に出かける直前に起きた出来事が理由だった。


 旅支度を整えていた時、とつぜん天遍教の使者が現れて呼び出されたのだ。


 出かけるとそこにはマクシミリアンが待っていた。


「よく来てくれた、サリアよ。まずは謝らせてくれ」


 開口一番マクシミリアンはそう言って頭を下げてきた。


「あれから私も反省したのだ。君には理不尽な仕打ちをしてしまった。君の天遍教への信仰心が揺らいだのではないかと心配になったあまりにあんなことをしてしまった。どうか許してほしい」


 マクシミリアンの突然の謝罪はサリアにとってあまりに予想外だった。


 百万人を超えるという天遍教信徒の中で百人しかいない聖騎士団のマクシミリアンが私に謝罪を?


 それは真夏に雪が降るのを見るのと同じくらいあり得ない光景だった。


「そ…そんな…頭を上げてください。マクシミリアン様のような人が私に謝罪なんて…」

「いや、君に謝罪を受け入れてもらうまでこの頭をあげることはできない。私のことを思ってくれるのであればどうか一言許すと言ってはくれマイだろうか」


「わ…わかりました。マクシミリアン様の謝罪を受け入れます。ですからどうぞ頭をお上げください」


 謝罪される方なのになぜか罪悪感を覚えたサリアはむしろそうしなければいけないことであるかのようにマクシミリアンの謝罪を受け入れた。


「良かった」


 マクシミリアンは嬉しそうに笑いながら顔を上げた。


 この前のあの叱責は何かの間違いだったのかもしれないと当事者であるサリアでさえ思いたくなるような屈託のない笑顔だった。


「実はあれから色々調べたんだよ」


 しばしの談笑の後でマクシミリアンがそう切り出した。


「あの屋敷には本当に悪魔が棲んでいて彼、エヴァンと言ったかな、あの男は悪魔と契約を結んでいる、そうなんだね?」


「は…はい…」


 もうそこまで調べているなんて、サリアは天遍教の調査能力の高さに内心舌を巻きながら肯定した。


「やはりそうだったのか!そして君は彼を更生するために近づいていたというわけなのだね?」


「は…はい…」


 エヴァンを悪魔との契約から解放したいというのは本心でもある以上ここもサリアは頷くしかなかった。


「やはりそうなのか!つまり我々の志は一緒ということだね!やはり君は私の見込んでいた通りの人物だ!」


 マクシミリアンは喜色満面の面持ちでサリアの腕を掴んだ。


「君の心の中には天遍教への揺るぎない信仰がある。それを確信したよ!」


「は、はあ…」


「私も君と同じなのだよ。あの者を悪魔の誘惑から遠ざけたい。それは偽らざる本心だ。しかし、どうも私は彼に嫌われているようでね、あれから何度か連絡を取ろうと思ったのだがなかなか会ってくれないんだ」


 そう言ってマクシミリアンは寂しそうに目を伏せる。


 サリアにとってそれは意外なことだった。


 あのエヴァンなら内心はどう思っていても頭ごなしに拒絶するような態度を取るようには思えない。


「だから君にお願いしたいんだ!あの者を悪魔から解放するために力を貸してはくれまいか?」


「わ、私がですか?そ、そんなことができるかどうか…」


 突然の提案に尻込みするサリアの腕をマクシミリアンは更に強く握りしめた。


「君ならできるとも!悪魔と対峙しても天遍教への信仰を失わなかった君になら!いや、これは君にしかできないと言ってもいいだろう!そして私にそのための手伝いをさせてほしいんだ」


 マクシミリアンの目配せで従者の1人がテーブルの上に1本の短剣を置いた。


 手のひらサイズの小さな小さな短剣で、柄に煌びやかな魔晶が幾つも埋め込まれている。


「これは…?」


「これは天遍教の退魔司祭が魔力を封じ込めた対悪魔用の魔道具ディスポゼッショナーという。これは悪魔の力を断つことができるんだ」


 マクシミリアンはそう言ってディスポゼッショナーをサリアに握らせた。


「これでエヴァンを切るのだ。そうすれば悪魔との契約は文字通り断ち切れる。そしてこの剣は悪魔に突き立てれば必殺の猛毒ともなる。君の力でエヴァンを契約から解放し、悪魔を葬ってほしい」


 その言葉にサリアの全身が総毛だった。


 これがあればエヴァンをメフィストから解放できる?


「わ…私にそんな大役が務まるのでしょうか?」


「これは君にしかできないことなんだよ」


 マクシミリアンはサリアの肩に手を置いた。


「悪魔をこの地上から葬るのは我ら天遍教の悲願だ。君たちは明日から大討伐に参加するのだろう?おそらく魔物との戦いの中でこの短剣を突き立てる隙があるはずだ。君ならば怪しまれずに行うことができるだろう」


「で…でも」


 逡巡するサリアにマクシミリアンが更に言葉を重ねる。


「これを成した暁には君の名は教団の中で大きく轟くことになるだろう。私としてもそのような優秀な者を放っておくつもりはない。当然聖騎士への推薦もさせてもらうつもりだよ」


「わ…私が聖騎士に?」


 聖騎士になる、それはサリアにとって長年憧れてきた夢だった。


 この短剣をメフィストを突き立てればそれに届く…


「君ならできると信じているよ」


 マクシミリアンが微笑みながら頷いた。





    ◆





「上手くいったようですね」


「ふん、所詮は小娘、少し優しくしてやれば容易いものよ」


 サリアが去っていったの窓越しに確認した従者の言葉にソファでふんぞり返ったマクシミリアンは鼻息を立てた。


「調べてみたらあのエヴァンとかいう男は確かにアズラスタンの一剣ことリニヤッドとも既知の仲らしい。となると我々が表立って動くにはまだ筋が弱すぎる」


「しかし相手は悪魔です。あのような小娘にできるでしょうか」


「はなから期待なぞしていないさ。まあ多少でも思惑通りに動いてくれたらそれで十分だよ」


「なにせあの短剣はオーガですら数秒で絶命する呪いが封じられておりますからね」


 従者の言葉にマクシミリアンは不敵に笑いながら指を振った。


「何を言っている。あれは悪魔との力を断ちきる魔道具だぞ。ただし切られたあとの命の保証はせぬがね。さて、我々もそろそろ準備をするか。念には念を入れなくてはな」


 マクシミリアンはソファから立ち上がると憎しみにこもった眼で窓を見た。


「私を馬鹿にした報いは必ず受けさせてやる」


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