49.大討伐

「引き受けてくれたようで嬉しいよ」


「まあ…ね。お手柔らかに頼むよ」


 満面の笑顔のイヴェットに対してエヴァンは浮かない顔だ。


 あれから数日後、イヴェットは大規模討伐への参加に応じたエヴァンに会いに来ていた。


「ああ、この人はイヴェット・リニヤッド、この国の騎士隊北方警備部隊…まあ言うなら偉くて強い騎士ってことだな」


 エヴァンは周りにいる3人にイヴェットを紹介した。


 サリアが驚いたようにイヴェットを見た。


「じゃ、じゃあこの前の話は本当だったんですか?」


「だからそう言っただろ」


「す、すいません」


 苦笑するエヴァンにサリアが頬を染める。


「お初にお目にかかる。イヴェット・リニヤッドだ。気軽にイヴェットと呼んでくれて構わない。主に北の森の警護に当たっていて今回はその件でこちらのエヴァンにお願いをしていたのだ」


「お噂はかねがねお聞きしています。大陸でも有数の危険地帯である北の森の守護者として倒した魔物は数知れず、一振りで魔物を屠ることから一の剣のリニヤッドとも呼ばれているとか」


 サリアが興奮したようにまくしたてた。


「はっはっは、そう呼ばれていることもあるがね、私としては名前負けしていないかと面はゆいばかりだよ。それよりも…」


 イヴェットはにやにやと笑いながらエヴァンを見た。


「噂には聞いていたがやはり君が連れているのは凄い美女ばかりじゃないか」


「そ…それほどでも」


 サリアが頬を染めて身をよじる。


「あるかな」


「あ…あるよね」


 メフィストとフォラスは当然というように頷いている。


「これならば私を口説かなくてもいいんじゃないのかね?」


「ちょ、それは…」


「ほ~う?」


 サリアの声が低くなる。


「ちょっとそれは詳しく聞きたいですねえ」


「と、とりあえず討伐の話を詳しく聞かせてくれないか?そのために来たんだろう?」


 慌てるエヴァンを面白そうに見いたイヴェットはその言葉に頷くと持ってきた地図を広げた。


「君たちに受け持ってもらいたいのはこの部分だ。ここにあるのはフォレスタ村、君たちも知っているのだろう?」


「確かに知らないわけじゃないけど、この辺が一番北の森に近いじゃないか。こんな厳しいところを押し付ける気かよ」


「まあそう言うな。これは君たちのためでもあるんだ」


 イヴェットは微笑みながら話を続けた。


「前に行った通り自由都市を謳っているとはいえ君たちという存在を快く思わぬ者もいる。そのイメージを払しょくするためにも君たちが今回の大蝕で活躍したという公式な記録があったほうがいいんだよ」


「さいですか」


「私としてはこの国の法を守っていて人々の助けとなっている限りは何者であろうが構わないのだけどね。なに、君の実力ならば難しいことではないだろう?」


「ま、やるしかないだろうな」


 エヴァンはため息をつくと地図をくるくると丸めた。


「この地図はもらっていくよ。ちょっと考えたいこともあるし」


 イヴェットは軽く頷くと立ち上がった。


「ご自由に。悪魔と寝た男の実力、楽しみにしているよ」


「ちょ、ちょっと待て、俺そんな風に呼ばれてるのかよ!」


「なんだ、知らなかったのか?悪魔をたぶらかして強さを手に入れたついでにその肉体を好き放題してると噂になっているぞ」


「ひでえ誤解だ…いや、合ってる部分もあるけど」


 エヴァンは頭を抱えた。





    ◆





 凄まじい吠え声と共に森の中から魔物が姿を現した。


 全身を鱗で覆い、両手に巨大な爪を持った魔物が突っ込んでくる。



「メフィスト!頼んだぞ!」


「はいよ!」


 メフィストの声と共に突然魔物の足下が崩れた。


「あ…あれはデスサイズリザード。首元の鱗が薄いからそこが弱点」


「了解!」



 一瞬動きが止まった隙にエヴァンの剣がデスサイズリザードの喉元を切り裂いた。


「よっしゃ、これでまた1匹だ」


「いえー」


 エヴァンとメフィストは手をあげてハイタッチをした。


 既に倒した魔物は20を超えている。


「しかし本当に来るもんなんだな…」


 エヴァンは軽くため息をついて森を見た。


 北の森は今も膨大な魔物の気配に満ちている。



 イヴェットと出会って10日ほど後、蝕月の大討伐が始まっていた。


 フォレスタ村近辺は北の森に近いこともあって連日連夜魔物の襲撃を受けていたがエヴァンたちの活躍もあって被害は最小限に抑えられている。


「しかし凄いものだな。メフィスト殿の力は」


 様子を見に来たイヴェットが感心したように足下を見下ろした。


 そこには上を木と土で覆った幅3メートル深さ1メートルほどの溝が掘られている。


「魔物が足を踏み入れた途端にメフィスト殿が魔力で上の覆いを崩して落とし、そこで我々が止めを刺す、見事な作戦だ」


「落とし穴だと魔物のサイズに合わせて覆いを調整しないといけないからな。こいつがいればどんな魔物でもぴったりのタイミングで落とせるって訳だ」


「更にフォラス殿の魔物の知識、おかげで効率的に討伐ができるというわけだな」


「えへへ…」


 イヴェットの称賛にフォラスが顔を赤くしてもじもじしている。


「5月団の諸君が参加してくれて本当に良かったよ。おかげでこの地域の騎士隊の被害もほぼゼロだ」


「こっちも助かってるよ。大規模な土木工事と倒した魔物の処理は流石にマンパワーが必要だからな。俺たちだけじゃどうにもならなかった」


「フォレスタ村のみんなもよくやってくれているな」


 イヴェットが振り返るとそこには堀作りにいそしむ村人たちの姿があった。


「エヴァンさんに助けてもらった恩を今こそ返すのだ!我々の村は我々の力で守るぞ!」

「おお!」


 村長ヨーゼフの激の下、一心不乱に穴を掘り続けている。


「この分だとここは君たちに任せておいて問題ないようだな」


 イヴェットが満足そうに頷いた。



「とにかくこの調子で倒していけばなんとかなるだろ!みんなもよろしく頼んだぞ」


「おー!」


「おー!」


 エヴァンの掛け声にメフィストとフォラスが勢いよく返事をする。


「は、はい…」


 しかしサリアだけが1人浮かない顔だった。


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