4.エヴァンとメフィストフェレス、町に着く

「そういえばエヴァン、さっきあんた剣の先から光みたいなの出してたけどあれなんなの?」


「ああ、あれは勇者の力の1つだな。僧侶共は福音剣とか言ってたっけ。俺は普通に激光剣と呼んでるけど。便利ではあるんだけど耐えられる剣が少ないのが難点なんだよな」


「ふーん、ほんとに神の加護を受けてるんだ。封印されてたって言ってたけどなんで動けるようになったわけ?」


「封印したと言っても勇者の力を完全に封じるのは大変らしくってな、僧侶が20人つきっきりで封印の儀式を続けなくちゃいけなかったんだよ。でも50年くらい経った時にクーデターが起きてその国はなくなっちまったんだ。その時の混乱で封印をしていた僧侶たちも逃げちまったから出れるようになったってわけだ。それが5年くらい前の話だ。とはいえ動けるようにはなったものの勇者の力は封印されたままだったんだけどな



「はーん、あんたも色々あったんだねえ」


 エヴァンとメフィストフェレスは帰路に付きながら他愛もない会話に興じていた。


「…ねえ、そういえばこのダンジョンって魔物がいっぱい棲んでるはずなんだよね」


 唐突にメフィストフェレスがエヴァンに尋ねてきた。


「ああ、その通りだが?」


「だったらなんで出てこないわけ?這竜が死んだとはいえ普通は襲ってくるもんじゃないの?」


「それは俺のせいだろうな」


 エヴァンがこともなげに答えた。


「このダンジョンクラスの魔物だったら勇者の封印が解かれた俺には近寄ることもできないだろうからな。たぶん気配を察して隠れてるんだと思う」


「ふーん…って、ちょっと待った!ていうことは…あんたに敵う魔物はいないってこと?」


「そうなるかな。流石に皇帝竜とか巨人王、ベヒモスなんかには苦戦すると思うけど、そこらの魔物だったら多分相手にもならないだろうな。それがどうかしたのか?」


「どうかしたのか?じゃなぁぁぁい!」


 メフィストフェレスが天を仰いで叫んだ。


「それじゃあ、あんた死なないじゃないか!あんたが死なないと魂を地獄界に連れていけないんだよ!なんだよもおおおおおお!」


 ひとしきり叫んだ後でぎろりとエヴァンを睨みつける。


「もしかしてだけど、病気とか怪我に弱かったりしない?風邪を引いただけで死にそうになるとか」


「いや、それもないな。勇者になると常時回復がかかるから骨折くらいなら一晩寝てれば治る」


「じゃ、じゃあ毒や呪いに弱いとかは?状態異常にかかりやすいとかさ!」


「あいにくとそれも無理だ。耐毒耐呪はおろかあらゆる状態異常に耐性がある」


「~~~!そ、それなら魔法は!火炎球を喰らったら流石にただじゃすまないでしょ!」

 残念ながら、とエヴァンは首を振った。


「詠唱なしの魔法程度なら精神防壁だけで防げるし、俺に効果のある魔法をかけるには高位魔導士ハイメイジクラスを連れてこないと無理だろうな」


「なんだよそれ!」


 再びメフィストフェレスが叫んだ。


「それじゃあたしはあんたが寿命で死ぬまで地獄界に戻れないってことじゃん!どうすんのさ!あたしにあんたがおじいちゃんになるまで地上で暮らせっての!?」


「い、いや、別に頼んだわけじゃねえし、なんだったら別に俺には構わないで他の契約者を見つけてもいいんだぞ?」


 剣幕に若干引きながらエヴァンが答えるとメフィストフェレスは眼に涙を浮かべながら頭を振った。


「それができたら苦労しないっての!悪魔の契約は多重契約なしの終身契約がルールなんだから!1回契約したらそいつの魂を地獄に持っていくまで他の奴とは契約できないんだよ!」


 そう叫ぶとメフィストはおいおいと泣き出した。


「ま、まあそう気落ちするなって。ほら、もうすぐ出口だぞ。ひとまず町に行って休もうぜ。落ち着けば何かいい考えも湧くって」


 心底落胆するメフィストフェレスを慰めながらエヴァンは出口を目指すのだった。





    ◆





 クロゼストの町は竜骨のダンジョンから歩いて3時間ほどのところにある。


 ダンジョンに一番近い町という例に漏れず、クロゼストにも冒険者のギルドを兼ね備えた酒場【ダリルの憩い亭】があった。


 その扉につけられた小さな鐘が鳴り響くと中にいた冒険者たちの視線が一斉に注がれるのも他の町のギルドと何ら変わりはない。


 それが常連の冒険者であれば話の花が咲き、自分よりも下の冒険者であればからかう口実を探すために口元を歪めながらジロジロ眺め、見知らぬ顔であればふいと顔を逸らしつつ値踏みを続る、それがギルドの常だ。


 しかしその日ばかりは様子が違っていた。



 入ってきたのは数か月前からこのギルドに出入りしていた最下級冒険者のエヴァンであり、普段であれば他の冒険者にとって店に入り込んできた野良猫以上に興味のない存在だったのだが、今回は見知らぬ者を連れていたからだ。


 しかもその相手というのが、額に角を生やして赤い瞳を持った魔族なのだ。


 おまけに絶世の美女であり、漆黒のスーツに身をまとっていてもその豊かなプロポーションはごまかしようもない。


 呆気にとられた冒険者たちが見守る中、エヴァンとメフィストフェレスは空いていた丸テーブルにどさりと荷物を下ろした。


「ダリル、大至急エールを2杯頼む。喉がカラカラなんだ」


 エヴァンはカウンターに硬貨を投げ落とすと出てきたエールを受け取り、丸テーブルに腰を下ろした。


 2人は喉を鳴らしながらエールを飲み干し、テーブルに同時にジョッキを叩きつけながら大きく息を吐きだした。


「くは~~~~!生き返ったあ!牛の小便みたいなここのエールが甘露に思えるぜ!なあ、そう思わないか?」


 エヴァンが感極まったように叫ぶとメフィストフェレスも大きく喘ぎながらテーブルをバンバンと叩く。


「~~~~!もう1杯だ!」





    ◆





「…エヴァン、あんた本当にエヴァンなのか?」


 エールを飲み続けるエヴァンの肩越しから声がした。


 振り向くまでもなくそれが誰であるかはわかっていた。


 その声の主は竜骨のダンジョンにエヴァンを置き去りにした張本人、荒野の狩人団の4人だったからだ。

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