5.荒野の狩人団

 そこにいたのは4人の若者だった。


 エヴァンに声をかけてきた短い黒髪に鉢金を巻いた男がリーダーのザックロン・モブジャンでその後ろに控えている筋骨たくましい禿頭の大男は体力自慢のジッカ・ラモ、そしてその背後から様子を窺っているのはふわふわブロンドの神聖職リンサ・クーラーと少年と見間違うような小柄な体格の魔導士タイニー・ビシャヌだ。


「あんた…無事に帰ってこられたのか…」


 信じられないとでも言うようにザックロンが息を吐いた。


「ああ、おかげさまでね」


 エヴァンは何でもないというようにジョッキを傾けた。


「誰かさんが1人にしてくれたおかげで落ち着いて回ることができたよ」


「あ…あれはしょうがなかったんだ!緊急脱出呪文エスケープは専用の魔石を持ってないと効果がないし、あんたに用意してもらうには時間がなかったんだって!」


「そうだな、俺を這竜の囮にしてる間に詠唱を唱えていたのもしょうがないことなんだよな」


「っ…」


 エヴァンの皮肉にザックロンが言葉を詰まらせる。


「わ、我々も君を助けるために装備を整えて戻る手はずをしていたんだよ!でも無事に帰ってこれて良かった!どうだろう、お互い今までのことは水に流すということにしないか?」


 それでもザックロンは無理やり話を続けた。


「…パーティーメンバーを置いていったなんで話が広がったら体面が保てないもんな。ま、いいさ。別に怒っちゃいないよ。じゃあこれで俺とあんたたちは完全に無関係ってことで」


 エヴァンの言葉にザックロンは安堵の息をついた。


 しかし話は済んだというのになかなか立ち去ろうとしない。


「…そ、それで、こちらの魔族の方とはどこで知り合ったんだい?」


 そう言いながらザックロンの目は嘗め回すようにメフィストフェレスを見ている。


(なるほどね、この女悪魔とお近づきになりたいって訳か)


 エヴァンは心の中で苦笑しつつ素知らぬ顔で答えた。


「ああ、こいつとはダンジョンで…」


 言いかけた時、突然メフィストフェレスが手にしていたジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけた。


「魔族とはなんだ!魔族とは!あたしはれっきとした悪…」


「ば、馬鹿!」


 憤るメフィストフェレスの口をエヴァンが慌てて押さえた。


「むぐぐっ何をする!」


「何をするじゃねえ!自分から悪魔だとばらしてどうすんだよ!お前が悪魔だと知れたら俺もろとも速攻で処刑されちまうだろ!なんのために町に入る前に尻尾を隠させたと思ってるんだよ!」


 エヴァンは大急ぎで酒場の片隅にメフィストフェレスを連れていくと小声でたしなめた。


「し…しかし、魔族と誤解されるのは悪魔としてのプライドが…」


「しかしもかかしもねえよ!頭に角が生えてるんだから誤魔化すにはそれしかないだろ。いいから俺に任せておけって!」


 エヴァンは不思議そうな顔をするザックロンに笑顔で振り返ると改めてメフィストフェレスを手で示した。


「こいつの名前はメフィストフェレス、ダンジョンで魔物に襲われているところを助けたんだ。それ以来弟子としてえええっ!」


 言葉の途中でメフィストフェレスに思い切り足を踏まれたエヴァンが悶絶する。


「あたしはメフィストフェレス、訳あってこいつのパートナーになったんだよ」


 メフィストフェレスがエヴァンの後を継いで自己紹介をした。



「パ、パートナア?」


「なに?なんか文句でもあんの?」


 驚きに目を見張るザックロンを睨みつける。


「い…いや…別にそういう訳では…でもなんでエヴァンなんかと…?」


「何だっていいだろ。話は終わり?だったらこっちに用はないよ」


 そう言うとメフィストフェレスはうるさそうに手を振って再びエールを飲み始めた。



 ザックロンは毒気を抜かれたように立ち尽くしている。



「なんなんだあいつらは。落ち着いて飲むこともできないじゃないか」


 聞こえるのも構わずにメフィストフェレスはぶつぶつと呟きながらジョッキを傾ける。


「まあそう言うなって。とにかく俺の方のしがらみは片付いたんだし残りの用事も済ませちまうかな」


 エヴァンはそう言うとギルドのカウンターへと歩み寄った。


「よ、忙しいところ悪いんだけど認定を頼めるかな」


「あらエヴァンさん、認定だなんて珍しい」


 カウンターにいた受付嬢のエリが珍しいことでもあると言いたげに目をしばたいた。


「ああ、じつは竜骨のダンジョンを攻略してきたんだ」


 エヴァンの言葉に酒場全体が水を打ったように静まり返る。



「…ええと…すみません、もう一度言っていただけますか?」


 数秒経ってからエリが信じられないというように聞き返してきた。



「ああいいよ、さっき竜骨のダンジョンを攻略してきたところなんだ。これがその証拠だ」


 エヴァンは上機嫌でバッグの中から直径15センチほどの巨大な魔核を取り出した。


 倒した這竜から持ってきたものだ。



 エヴァンの背後でさざ波のようなどよめきが巻き起こる。


「…馬鹿な…竜骨のダンジョンを攻略しただと?」


「しかもあのエルダーおいぼれ・エヴァンが…?」


「あり得ねえ!狼級の荒野の狩人団でも攻略できなかったんだぞ!」


「だがあの魔核の大きさを見ろ!ありゃどう見ても特大級の魔物の魔核だぞ!」



「信じられないのも無理はないだろうな。だから存分に鑑定してくれて構わないぜ」


 背後から聞こえてくる驚きの言葉に口元を緩めながらエヴァンはエリに話しかけた。



「しょ、承知しました。しばらくお待ちを」


 エリはそう言うとカウンターの奥へと引っ込んでいき、10分ほどで口髭を生やしたギルド長のオザドと共に戻ってきた。


「か、鑑定したところ、確かにこれは這竜の魔核でした。それでは本当に…?」


 汗をぬぐいながら尋ねるオザドにエヴァンは得意げな笑みを返した。


「だから言っただろう?攻略してきたって」


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