22.北の森
「ここが北の森だ」
2人の前には黒々とした森が広がっている。
「確かに前に来た時とは違って異様な雰囲気に包まれてるな」
エヴァンはそう言いながら馬を降りた。
「ここから先は歩きだな」
2人が乗ってきた馬がどれだけなだめてもすかしてもこれ以上進もうとしなかったからだ。
2人はうっそうと繁る森の中へと入っていった。
森の中は一抱えもありそうな大木が立ち並び、数メートル先も見通せない。
「気を付けろよ。どんな魔物が襲ってくるとも限らないからな」
エヴァンは聖剣アブソリウムを手に用心深く進んでいった。
しばらく歩いていると突然メフィストが前の方を指差した。
「あっちになんかいるよ」
「よくわかったな。ちょうど言おうと思ってたところだ」
エヴァンは驚いたように目をみはった。
「まあね~あたしも悪魔だからね。魔物の気配くらい探知できて当然よ」
得意そうに胸を張るメフィスト。
音を立てないように藪をかき分けていくとやがて小さく開けた空き地に辿り着いた。
その空き地の端にエヴァンたちに背を向けて一体の魔物が潜んでいた。
二足歩行の魔物で、しゃがみこんだ背中が小山のように盛り上がっている。
「あれはトロルだな。」
エヴァンが剣を構えて呟いた。
「しっかしなんでこんなところにいるんだ?普通ならもっと山奥の高脅威魔物生息域に住んでるはずなんだが…」
その時突然トロルが振り向いて立ち上がった。
身の丈10メートルはあろうかというその図体はまるで2階建ての家が動いているかのようだ。
針金のような毛の奥で光る双眸がエヴァンたちの潜んでいる藪を見据える。
「な、なんでこっちの居場所がばれたの?」
「ああ、たぶんそれはお前さんの魔気に気付いたからだろうな」
エヴァンが剣を握りしめる。
トロルが向かってくるのとエヴァンが飛び出したのはほぼ同時だった。
巨大な樫の丸太を雑に加工しただけのこん棒が振り上げられる。
しかしその時にはエヴァンの聖剣アブソリウムがトロルの首を切り飛ばしていた。
「おお~」
メフィストが感心した声とともに拍手を送る。
「さすがは勇者」
「まあな。このくらいの魔物ならどうってことないさ」
メフィストの賞賛を軽く流しながらエヴァンはトロルから魔核を取り出した。
「トロルは素材が取れないから収獲物は魔核だけだな。それにしても普通のトロルだったら部下のオークを何匹か引き連れてるはずなんだが…」
その時、森の奥から人々の叫び声と獣のような吠え声、剣戟の音が聞こえてきた。
「なるほど、あっちにいるってわけか!」
エヴァンは聖剣アブソリウムを握りなおすと森の奥に向かって駆け出した。
「ちょ、置いていくなよ~!」
メフィストもあわててその後を追う。
◆
「ドルゴさん!もう駄目だ!退却しよう!」
そう叫ぶロバートの声には絶望の響きが混じっていた。
「クソ、そうしてえのは山々なんだが…!」
ドルゴも答えるのが精いっぱいだ。
既に多くの冒険者が地に倒れている。
北の森に出現した魔物討伐はネースタの町民にとって第一優先案件だった。
早く北の街道を再開させないと町はいずれ干上がってしまう。
そう思って町中の冒険者を連れて出向いたところでオークの襲撃を受けたのだった。
完全武装したオークは上位冒険者ですら集団であたらなくてはならない難敵だ。
中位冒険者しかいないネースタの冒険者たちに立ち向かえるわけもなかった。
オークの数は5体、このままだと全滅は免れない。
「クソ、こいつらが町に攻め込んできたらおしまいだぞ!いったん森の中に逃げて体制を整えるんだ!」
巨大な戦斧を振るいつつドルゴが叫ぶ。
その隙を狙ってオークの巨大な足がドルゴの腹にめり込んだ。
「ごはっ!」
数メートル吹き飛ばされて木に激突したドルゴは地面に崩れ落ちた。
そこへゆっくりした足取りでオークが近づいてくる。
既に勝利を確信しているのか武器を構える様子もなくにやにやと笑っている。
「ち…畜生…」
なんとか反撃したいドルゴだったが全身の力が入らなかった。
オークがゆっくりと剣を振り上げた。
(駄目か…!)
観念して目をつぶろうとした時、そのオークがゆっくりと地面に倒れこんだ。
顔面から地面に倒れたオークは完全にこと切れていた。
背中に大きな刀傷が走っている。
「?」
何が起きたのかわからず見上げると先ほどまでオークが立っていたところに剣を肩に担いだ人影があった。
「よう、無事だったかい?
「あ…あんたは…エヴァン!?」
それは冒険者たちの叫び声を聞きつけてやってきたエヴァンだった。
その背後には肩で息をしているメフィストもいる。
ドルゴが辺りを見渡すと5体のオークは全て切り伏せられ、その骸を晒していた。
「…ま…まさかこれ全部あんたが?」
ドルゴにとって俄かには信じられない光景だったが、同時にこの男なら可能かもしれないという不思議な確信があった。
周りを見ると生き延びた冒険者たちが肩を貸し合いながら立ち上がっている。
これでもう安心だ、と息をつこうとした時、ドルゴの冒険者としての経験と勘がまだ安心できないと警告を発してきた。
縄張り意識が強いオークが集団で人間を襲うことは滅多にない。
どいうことは…
「まだだ!このオーク共を束ねるトロルがどこかにいるはずだ!」
そう叫びながら戦斧を杖によろよろと立ち上がる。
「ああそいつなら向こうで眠ってるよ。首と胴体が離れ離れになってな」
エヴァンは親指で森の奥を指差した。
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