21.依頼を求めて

「結局今日は大した情報が得られなかったな」


 エヴァンはそう言いながらどさりとソファに身を投げ出した。


「だからこんな町さっさと出て行こうって。登録証なら別のところで作ってもらったらいいじゃん」


 湯浴みを終えたメフィストがエヴァンの作ったパンケーキを手にソファに寝ころんできた。


 エヴァンの膝を枕にパンケーキを頬張り、満面の笑みを浮かべる。


「確かに卵と牛乳を入れると美味さが段違いだな!このコケモモのジャムとクリームも凄く合ってるぞ!」


「だろ?野営だとどうしても材料や道具が限られるからな。ここに立派な台所があって助かったよ」


 エヴァンはワインをラッパ飲みしながら答える。


「とは言えこの町を離れるわけにはいかないんだ。ニンベンはこの辺じゃ一番腕の立つ偽造屋だからな。それに他の町に行く度に奴隷商人に混ざるわけにもいかないしな」


「まああたしもいつまでも奴隷のふりをするのはごめんだけど」


 エヴァンの持っていたワインを取り上げてラッパ飲みしながらメフィストがぼやく。




「…なんで、あなた方はここにいるんですか!」


 2人の背後からクブカが泣きそうな声で叫んできた。


 エヴァンとメフィストが今いるのは町に入ってきた時に別れた奴隷商クブカの屋敷だ。


「金輪際関わらないと言ったじゃないですか!」


「いや、そうは言ってもさ、こいつが一緒だとどの宿も入れてくれないんだよ」


 エヴァンが親指でメフィストを示す。


「だからってなんで私のところに!」


「他に行くところがないんだ。勘弁してくれよ。俺たちの事情を知ってるのもおたくだけだし。ちゃんと宿泊費は払うから安心してくれ」


「そういう問題じゃないってのに…」


「そう言えばクブカ、あんたこの町の魔族のことを知らないか?なんで町民から恨まれてるんだ?」


「は?さ、さあ、なんのことですか?」


 クブカが上ずった声で答えた。


「その声、さては何か知ってるんだな?なあ、教えてくれよ。ちょっと魔族に用があってさ、是非とも会いたいんだよ」


「さ、さあ~?なんのことだか私にはさっぱり。それよりも夜も遅いから早く寝ないと。明日も忙しいですからね。そんなことよりも早く出て行ってくださいよ!」


 クブカは慌てたようにそう言うと部屋を出て行った。


「ありゃ絶対に何か知ってるな。奴隷商が関わってるとなると裏社会に関係があるのか?」


 聖剣アブソリウムの柄に革ひもを巻きつけながらエヴァンが呟いた。


「何してんの?」


「ああこれか。この剣は変に目立ちすぎるからな。こうしておけばそこいらの剣と見分けがつかなくなるだろ?」


「ふーん、なんか色々大変だよね、人間ってのも……ひょっとしてさあ、あたし隠れてた方が良かったりする?」


 パンケーキを口に運びながらメフィストがポツリと漏らした。


「ん?なんでだ?」


「…だって、その方があんたも目をつけられたりしないんじゃないの?その登録証ができるまでここに引っ込んでいた方が良いんじゃないの?」


「そんなこと気にするなっての」


 エヴァンはメフィストの額を軽く指で弾いた。


「お前は享楽主義者の悪魔なんだろ?だったら他人の目なんか気にするなって。俺もそんなこと気にしちゃいないさ」


「む~。だったら別にいいけど」


 メフィストは額を押さえて頬を膨らませているが、どことなく嬉しそうでもあった。


「それにお前さんが目立った方が魔族を知ってる奴の目につきやすいだろ」


「ふーん、なるほど…って、それじゃあたしは囮ってことじゃん!」


「まあそうとも言うかもな」


「なにそれむかつく!」


「まあまあそうむくれるなって。ほらパンケーキもまだまだあるぞ」


「そんなものでごまかされるか!もぐもぐ…おかわり!」


 怒りながらもパンケーキを食べる手を止めることができないメフィストだった。





    ◆





「あら~エヴァンさん。また来たんだ~それに魔族の彼女さんも」


 翌日昼過ぎにエヴァンとメフィストがギルドに行くとメリダが気だるげに声をかけてきた。


 日中だからか【ネースタ・ネスト&ギルド】に他の冒険者はいない。


「彼女って訳じゃないけどな。それよりも魔族のことはまだわからないか?」


「昨日も言った通りよ~ここ半年くらい1人の魔族も見てないって~たまには魔族のイケメンと遊びたいんだけどね~」


 メリダが肩をすくめる。


「そうか…話は変わるけど何か依頼はないか?せっかくだからランクを上げておきたいんだ」


「そうねえ~エヴァンさんのランクだったら西の森の魔物狩りかなあ。大牙兎を10匹も狩ったら中級冒険者になれると思うよ」


 そう言ってメリダは羊皮紙に書かれた依頼書を差し出した。


「依頼書が町への入出許可証も兼ねてるからなくさないでね~」


「うへ、報酬は大牙兎10匹に大銀貨2枚、しょっぱいなあ~他には何かないか?」


「う~ん、樫級のエヴァンさんが受けられる依頼はそれが限界なのよね~これより上になると中位以上の冒険者限定になっちゃうし」


「しょうがないか」


 エヴァンはため息をつくと羊皮紙を丸めて懐にしまった。


「そう言えば参考のために聞いておきたいんだけど俺たちみたいな下位の冒険者が行かない方が良いエリアってあるのか?凶悪な魔物がでる場所とかさ」


「あるよ~」


 メリダが身を乗り出して答えた。


「北の森は行かない方が良いね~最近魔物が凶暴化しちゃって北の街道が閉鎖されちゃったくらいなの。おかげで町にくる行商人の数が減っちゃって大変なんだから~この町の冒険者も毎日魔物退治に出てるんだけど何人も犠牲者が出てるのよね~」


「了解。気を付けることにするよ」


 エヴァンはそう言うとギルドを出た。


「それでこれからどうすんの?」


「当然北の森に行くさ」


 メフィストの問いにエヴァンは平然と答える。


「依頼は出てなくてもある程度のレベルの魔物を狩ればランクアップできるからな。それにその方が魔核や素材も高く売れるし。それに他の冒険者がいってるんだろ?一時的にそいつらのパーティーに加えてもらえればランクアップもできるしな」


「そう言うと思った」


 メフィストは肩をすくめるとエヴァンの後をついていった。


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