20.夜の襲撃

「よう、ドルゴ。さっきは一体どうしたってんだ?お前らしくもねえ」


「…うるせえよ」


 友人である冒険者のフレッドに対してドルゴはむっつりと答えた。



 酒が注がれたグラスにも手を付けず、ただ指先で弄ぶだけだ。


 自分がエヴァンに臆するなど信じられないことだった。


 しかし同時にそれは紛れもない事実でもあった。


「あの野郎…何があったんだ…」


「だよな!あんな美人を連れやがってよ。女魔族べしただとしてもありゃ相当の上玉だぜ。一体どんな魔法を使いやがったんだ?」


 ドルゴの悩みなど知る由もなく、フレッドは羨ましそうに言いながらグラスをあおっている。


 当人は既にギルドを立ち去り、酒場はいつもの陽気を取り戻しているが、話題はもっぱらエヴァンのことだった。


「…そうじゃねえよ」


 能天気な友人の言葉にため息をつくとドルゴはグラスをあおった。


 全く酔える気がしない。


「しっかし良いのかよ?さっき若いのが何人か出ていったみたいだぞ。ありゃエヴァンの奴を追いかけていったんだろうな」


 フレッドはグラスを傾けながら酒場のドアに目を向けた。


「それは本当か!」


 その言葉にドルゴはスツールを倒す勢いで立ち上がった。


「お、おう、ちょっと前に出て行ったぞ?だいぶ殺気立ってたからありゃどこかで襲うつもりなんだろうな」


「クソ、それを早く言いやがれ!」


 ドルゴは戦斧を掴むとドアに向かって走り出した。


「加勢するのか?だったら付き合うぜ!」


「違う!」


 背後から聞こえるフレッドにドルゴは怒鳴った。


「あいつらを止めるんだ。でねえとみんなやられちまうぞ!」





    ◆





「結局目ぼしい情報は得られなかったか」


 エヴァンとメフィストは月夜の下、ネースタの通りを歩いていた。


 流石に夜もだいぶ更けたせいか他に歩いている人は全くいない。


 夜の静寂だけが2人を包んでいた。


 あれから改めてメリダに魔族のことを聞いても有益な情報は得られず、他の冒険者たちに聞こうにも取り付く島もなかったからこうして出てきたのだ。


「それでこれからどうすんの?」


 酒場から持ってきた酒瓶をラッパ飲みしながらメフィストが尋ねる。


「そうだなあ…とりあえず宿でも見つけて後のことはそれから考えるか」


 そんなことを話しながら2人は細い路地へと入っていった。


 その先は行き止まりとなっている。


 エヴァンは袋小路の一番奥でゆっくりと振り返った。


「で、お前さん方は俺に何か用があるのかい?」


 そこには10人ほどの男が路地を塞ぐように立ちはだかっていた。


 顔に布を巻いて顔を隠しているが全員若い男らしく、みな殺気をみなぎらせている。


「この町で魔族を連れ歩いてる奴は誰であろうと許さねえ」


 先頭の男が拳を鳴らしながら近づいてきた。


「そいつはすまないことをしたな。良かったらその理由を教えてくれないか?」


「教える気はねえ。思い知らせてやるよ!」



 男の拳がエヴァンに向かって飛んできた。





    ◆





「暴力に頼るのは好きじゃないんだけどな」


 エヴァンは肩を鳴らしながら軽くため息をついた。


 その後ろには累々と男たちが倒れている。


「ば…化けもんか…」


 1人残った若者が恐怖に満ちた声で声を絞り出した。


 その手に握られた剣は細かく震え、狙いすらおぼつかない。


「いや、先に手を出してきたのはそっちだぞ。化け物と言われるのは心外なんだけど。俺はただ話を聞きたいだけなんだが」


「ふ…ふざけるな!魔族を連れてここまで凶暴な奴の言うことなんか聞けるか!俺たち自警団はてめえらのような奴には死んでも屈しねえぞ!」


 男は叫ぶなり剣を振りかぶった。


「待ってくれ!」


 その時、1人の影がエヴァンたちの間に割って入ってきた。


「ドルゴさん!?」


 男が振りかぶった腕を止めて驚いたような声をあげる。


 それはドルゴだった。


「ロバート、剣を置け!」


 ドルゴはエヴァンから視線を離さず背後にいる男に叫んだ。


「で、でも…」


「良いから剣を置け!こいつはお前らが敵う相手じゃねえってことくらいわかってるだろ!」


「…わ、わかりました」


 ロバートという若者はどこかほっとしたように剣を置いた。


「すまねえ。エヴァン、あんたを危険な目に遭わせちまった」


 ドルゴがエヴァンに頭を下げる。


「いや、あんたが謝ることじゃないだろ。それになんにもなかったから」


「そうはいかねえ。俺はこいつら自警団のリーダーをやってるんだ。こいつらの不始末は全て俺の責任だ」


 ドルゴは地面でうめき声を上げる仲間を助け起こしながら話を続けた。


「この件に対する落とし前は必ずつける。だから今のところは引いちゃくれねえか?この通りだ」


「まあそう言うのなら俺の方はそれでいいけど」


「すまねえ」


 ドルゴは再び頭を下げると仲間に肩を貸しながらエヴァンの横をすれ違っていった。


 そして通り過ぎる時に振り向くことなくエヴァンに向かって口を開いた。


「見逃してもらったお礼に1つ忠告させてくれ。この町には魔族を恨んでる奴が大勢いる。そして俺たち自警団もその中に入っている。悪いことは言わねえ、その女魔族べしたを連れて町を歩くのはやめておいた方が良いぜ」


 それだけ言うと今度こそ本当に路地を去っていった。


 すれ違いざまに冒険者たちがエヴァンとメフィストを憎しみのこもった眼で睨みつけていく。


「なんだったんだ、あれは?」


「さあ?」


 エヴァンとメフィストはお互いに顔を見合わせると首を傾げた。


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