33.挌闘尼僧サリア
「うーん…」
不思議な振動にサリアはうっすらと目を覚ました。
なんだかさっきから全身を揺すられているような…
目を覚ましたサリアの視界に最初に飛び込んできたのは男の臀部だった。
顔のすぐ下、泥で汚れたズボンのお尻の部分が目の前で揺れている。
そこでようやく自分が何者かの肩に担がれていることに気付いた。
「な・な・な…」
意識が徐々にはっきりしていくと同時に自分の身に何が起きたのか全く思い出せないことに気付いたサリアはパニックに陥りかけていた。
「お、起きたのか」
サリアを担いでいた人物が歩みを止めることなく言葉を発した。
その声を聞いてサリアはようやくその人物がエヴァンであることに気付いた。
同時に彼の連れである悪魔の存在にも。
「は、離してください!悪魔憑きが私に触れないでください!」
「お、おいおい、暴れたら危ないぞ」
エヴァンの肩から降りたサリアはキッとエヴァンを睨みつけた。
「私に何をするつもりですか!」
「何って…森の中は危険だから運んでいただけなんだが…」
「嘘を言わないでください!悪魔に憑かれた者の言うことなんて信用できません!わ…私を攫って…悪魔の儀式の生贄に使う気なんでしょう!それとも…悪魔と共にこの身体を嬲りものにする気ですか!」
サリアは自分の言葉に自ら赤面し、身をよじりながら叫んだ。
「いや…何か勘違いしてないか?」
エヴァンは困ったように頬を掻いた。
「言っておくけど気絶したお前を夜通し守っていたのは俺たちだぞ?まあ気絶させたのは俺なんだけど、それだってそっちがいきなりメフィストに襲い掛かったからだし」
「私は天遍教の信徒です!悪魔は全て滅する、それが私たち
「なんだよ、せっかく助けてやったってのに」
ぼやくメフィストをサリアがキッと睨みつけた。
「悪魔に助けられるなど天遍教信徒にとって今生の恥、いっそ死んだ方がマシです!」
「だったらもう死んじゃえよ。あたしらがいなかったらあんたはとうに死んでたんだから」
「悪魔に指図される謂れはありません!」
「まあまあ」
激昂する2人の間にエヴァンが割って入った。
「どうしても死ぬってんなら別に止めはしないけどさ、それなら俺たちが見てないところでやってくれないか?流石に助けた相手に目の前で死なれたんじゃこっちも夢見が悪くなりそうだ」
「エヴァン、だから言っただろ?こいつの中からあたしたちの記憶を消して置いていこうって」
「き、記憶を消す?」
うんざりしたようなメフィストの言葉にサリアがぎょっと目を剥いた。
「このメフィストは人の記憶を消すことができる悪魔なんだ。とはいえこの森の中でそんなことをしたら即座に魔物の餌食になるだろうし、それは忍びないってことでここまで連れてきたんだが…」
エヴァンはそう言うと辺りを見渡した。
周りは今もうっそうとした森に囲まれ、遠くに不気味な獣の吠え声が響いている。
それを耳にしたサリアの背筋に冷たいものが走る。
「…とは言え悪魔と悪魔憑きと一緒にいたくないというあんたの気持ちもわかる。だからここで別れるとしよう。なに、運が良ければきっと道に辿り着けるさ。じゃあ達者でな」
エヴァンはそう言うと踵を返した。
「え…あ…ちょ…」
サリアは慌てたように手を伸ばしかけ、そこで気が付いたようにその場でもじもじと身をよじる。
「そういえばさっきそこでグレーターウルフの足跡を見つけたから気をつけた方がいいぞ。たぶんまた夜になったら襲ってくるだろうな。集団で狩りをして何十キロと追いかける体力があるから夜を過ごすなら木に登った方がいいかもな」
「ひっ!」
エヴァンの言葉にサリアの顔から血の気が引いた。
心なしか獣の吠え声が近づいているような気もする。
「じゃあ、無事を祈ってるよ」
「…ま…待ってください!」
森の中に消えつつあるエヴァンとメフィストにサリアは必死になって追いすがった。
「なんだ?一緒にいたくないんじゃないのか?」
「…そ、それはその通りです!ですが…このまま森に一人残されたのでは自殺行為です。そして天遍教では自殺は禁じられています。な、なのでこれは窮余の一策というあれです!」
サリアは顔を朱に染めながら取り繕った。
「ふーん、さっきまで死を選ぶとか言ってたのに?」
メフィストがにやにやと笑っている。
「馬鹿にしないでください!よく考えたら
「…いやまあいいんだけどさ。じゃあサリアは俺たちについてくるのか?」
「もちろんですとも!いずれ折を見てこの悪魔は滅ぼし、悪魔に魅入られたあなたを救ってみせます!それが天遍教信徒である私の現世での役目なのですから!」
苦笑しながら尋ねるエヴァンにサリアは胸を張って答えた。
「というか単に行くあてがないんじゃないの?追放されたって言ってたじゃん」
「お黙りなさい!悪魔と対話する気はありません!」
「やれやれ、にぎやかな旅になりそうだな」
3人はそんなことを言い合いながら森の中を歩き続けた。
「…そう言えばエヴァンさんはどうしてこんな森にいたのですか?」
しばらく歩いているとサリアがそんなことを聞いてきた。
「…それはだな…こいつが全ての元凶なんだ」
エヴァンはため息をつきながらメフィストを指差した。
「延々と道を歩くのは退屈だから森の中をショートカットしようなんて言い出してな。おかげで迷うは馬はさっきのデビルベアーに食われるわで散々だったんだ」
「はあ?俺なら森でも迷わないと自信満々だったのはエヴァンじゃん!」
「わかりました…」
サリアはため息をついて前を指差した。
「こちらが北になります。おそらく二日も歩けば街道に出られるはずです」
「よくわかるな」
エヴァンが感心したように息を漏らした。
「私は山で修業をしていましたから。方角を見極めるのは
サリアは得意げに胸を張ったが今の状況を思い出したのかツンと顔を背けると歩き出した。
「さ、早く行きますよ!落ち着いたら悪魔祓いをしてもらいますからね!」
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