第3章:悪魔と天使

32.追放された女

 薄暗い森の中、サリアは焚火の前に座り込んでいた。


「くすん、なんで私がこんな目に」


 鼻をすすりながら木の枝を焚火の中に放り投げる。


 あたりには誰もいない。


 サリアは冒険者パーティー、鋼の猟犬の一員だった。


 しかしそれも今日までの話で、先ほどサリアはパーティーを追放されてしまったのだ。

 突然お前はもう要らない、ここから先は単独行動をしてくれと一方的に告げられ、森の中に1人取り残されて彷徨っているうちにこの焚火を見つけたのだった。



「確かに私は役に立たなかったけど、こんな森の中に置いていかなくたっていいじゃないですか」


 サリアはそう言うと傍らにあった丸太に手刀を叩きこむ。


 金属のガントレットに覆われた手が丸太を真っ二つに裂いた。


「回復魔法は苦手だって言ったのに!」


 恨み節と共にこみ上げる怒りを丸太にぶつけていく。


 サリアは天遍教の尼僧だ。


 それを買われて鋼の猟犬に誘われたのだが、それはすぐに失望という評価に変わってしまった。


 何故ならサリアは尼僧と言っても格闘尼僧モンクだったから。


 あらかじめそう断ったのだけれどそれでも構わない、少しでも回復魔法が使えればいいということで加入したのだった。


 しかし本当に初級の回復魔法しか使えないサリアに鋼の猟犬のメンバーは愛想をつかし、魔物がはびこる北の森の真ん中で置いていかれてしまったのだ。


「私だって闘いだったら役に立てるのに、攻撃手アタッカーはもう要らないなんて!」


 怒りに任せて足刀を叩き込んだ大木が音を立ててへし折れる。


「はあ~これからどうしよう。お金もなければ食べ物もないよ」


 サリアは再び焚火の前にしゃがみこんだ。


 正式なメンバーではなかったから途中離脱には報酬が出ないのだ。



 その時、藪をかき分ける音が耳に飛び込んできた。


「誰!?」


 即座に立ち上がると森の奥を睨みつけた。


 闇に覆われた森の中から巨大な足音が近づいてくる。


(何かがこっちに来る!)


 サリアの心臓が早鐘のように鼓動を打ち、緊張で視界が狭くなっていく。



 やがて木々の間から巨大な顔が現れた。


「デビルベアー…」


 サリアの全身から血の気が引いた


 デビルベアー、時にはトロルをも襲って餌食にするという北の森で最強の生物だ。


 上位冒険者でも決して1人では立ち向かわない凶暴な捕食者がサリアの目の前に立っている。


(殺される)


 サリアは自分の膝が震えていることにも気づかなかった。




 ぐらり、とデビルベアーの頭が揺れるとそのままどうと地面に倒れ込んだ。


「へ?」


 驚いて見つめる前でデビルベアーの頭の下に血だまりが広がっていく。


「よし、これで夕食ゲットだな」


 デビルベアーの背後で人の声がした。


「あたしとしてはこんなのよりもパンケーキが食べたいんだけど」


 それに続いて女性の声も聞こえてくる。



 やがて小山のようなデビルベアーの体を迂回して人が姿を現した。


「あれ?人がいるじゃん。」


 エヴァンが驚いたように声をあげた。





    ◆





「なるほど、パーティーを追放されて森の中を歩いてたら俺たちが焚いてた火を見つけたって訳か」


 エヴァンが顎髭をさすりながら呟いた。


「すいません…食べ物までいただいちゃって」


 デビルベアーの肉で作ったシチューを口に運びながらサリアは頭を下げた。


「いいってことよ。困ったときはお互い様だからな。サリアと言ったっけ?こんな森に1人でいたんじゃ命がいくつあっても足りないぞ」


「本当に何から何まですみません…でも、あなた方だって2人だけなんですか?2人でデビルベアーを倒すなんて凄いですね」


「2人じゃなくて1人だけどね。あたしは何もしてないし」


 パンケーキを頬張りながら答えたメフィストにサリアが目を見張った。


「デビルベアーを1人で?なおさら凄いですよ!あなたたちは一体何者なんですか?さぞや名のある冒険者なのでは?」


「そんなに大したもんじゃないよ。2人で気ままに旅をしてるってだけさ。それよりもそちらのその恰好、サリアは天遍教の格闘尼僧モンクなのか?」



「その通りです!」


 サリアは得意げに薄い胸を張った。


「こう見えても私は天遍教の聖剛山で修業を積んだんですよ!」


「聖剛山というと穿拳派か。天遍教の武闘宗派でもっとも苛烈と言われている」


「よくご存じですね!それだけじゃないんです。私は神より加護も与えられているんですよ!助けていただいたお礼に披露いたしましょうか」


 言うなりサリアは立ち上がると顔の前で手を組んだ。


「私の加護は清眼と言ってこの世の魔を全て見通せるんです。この辺りに魔物がいないか見てみましょう」


 言うなりサリアの瞳が青白い光を放った。


「え?清眼?いやちょっとそれは」


 慌てたエヴァンだったがその時には既に遅く、サリアの視線はメフィストに注がれていた。


「遅かったか…」


 エヴァンが頭を抱える。



「あなたは…悪魔なのですか」


 サリアの低い声が響き渡る。


「えーと、ちょっと話を聞いてくれるかな…」


「問答無用です。悪魔必滅、それが天遍教の、ひいては私の存在意義。助けていただいた御恩はありますが見逃すわけにはいきません。ご容赦ください!」


 そう言ってメフィストに飛びかかった瞬間、サリアの後頭部に衝撃が走った。



「…悪いな」


 サリアが薄れゆく意識の中で見たのは手刀をかざしたエヴァンの姿だった。


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