31.さらばネースタ

「ほう、確かにこれは本物の登録証だ。どこでこれを?」


 エヴァンの持ってきた登録証を見てニンベンが驚いたように息を吐いた。


 そしてエヴァンの顔を見てにやりと笑う。


「いや、聞くまでもないな。というか聞かない方が良さそうだ」


「そうしてもらうと助かる。それで、いつ頃できそうなんだ?」


「なに、1日もあれば本物と瓜二つのものを用意できるさ」


 ニンベンは登録証を指の間でくるくると回しながら答えた。


「それで値段は…」


「そうだな…大金貨1枚、と言いたいところだが今日の俺は機嫌がいい。小金貨1枚でいいぜ」


「いいのか?相場よりもだいぶ安いじゃないか」


「いいんだよ。どこの誰か知らないがこの町を牛耳っていた独角党をぶっ潰してくれたみたいでな、連中にはみかじめ料だのなんだので煮え湯を飲まされていたからいなくなってせいせいしてるんだよ。だから誰かに親切にしてやりたい気分なのさ」


 ニンベンはそう言ってエヴァンにウィンクをした。


「そういうことね。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」


「そうしてくれ。行くところがねえんならここの2階に泊まっていくといい。町長が死んだってことで町がざわついてるからあまり出歩かねえほうが良いかもな」


「そうさせてもらうよ」


 エヴァンはメフィストと共に酒場の2階にある部屋に向かった。


 窓を薄く開けて外の様子を窺うと衛兵が何人も通りを行き来している。


「やれやれ、これは明るいうちに町を出るのは得策じゃないな」


「なんかあったの?」


 ベッドに寝転がりながらメフィストが聞いてきた。


「なにかあったじゃないだろ。昨日の夜俺たちが独角党と町長を殺したから町中大騒ぎになってるんだって」


 呆れたようにため息をつくとエヴァンはメフィストの横に寝転がった。



 町長が自警団の手によって殺害、しかも犯罪組織の独角党と裏で繋がっていたという証拠もあがったとあってネースタの町は上を下への大騒ぎだった。


 それでも独角党が全滅したとあって町には安堵の空気が広がっている。


 一体どうやって独角党が全滅したのかで町の話題はもちきりだったが、仲間割れを起こしたところにバンガーと独角党の繋がりを知ったドルゴが屋敷にきて惨状を発見した、という顛末で落ち着きつつあるようだった。



「本格的に調査が始まる前にずらかった方がいいだろうな」


 エヴァンはベッドから起き上がると軽く伸びをしながら呟いた。


 領主直々に調査にやってくるという噂もある。



「ともかく登録証ができるまでやることもないから下の台所でパンケーキでも焼くか」


「やった!バターとシロップたっぷりね!あとサワークリームとジャムも!」


 ベッドの上でメフィストが手足をバタバタと動かす。


「へいへい」


 苦笑いをしながらエヴァンは下へと降りて行った。





    ◆





「できたぜ」


 ニンベンが登録証を持ってきたのはその日の夜遅くだった。


「早かったな」


「最優先で作ったからな。久しぶりだったんで骨が折れたぜ」


 肩をゴキゴキ言わせながらニンベンが息を吐いた。


 虹色に輝くその登録証には確かにメフィストの名前と身元保証人であるエヴァンの名前が刻まれている。



「そいつがあればどこにでも行けるはずだ」


「助かったよ」


 エヴァンはニンベンに礼を言ってメフィストの首にその登録証をかけた。


「なんか変なの」


「そう言うなって。この国じゃ魔族はみんなこのプレートを付ける決まりなんだ」



「おたくらは今夜にでも町を出た方がいいだろうな。明日には領主が来るって話だ。そうなると門の警備が更に厳重になるからな。北門の門兵に俺の名前を言えば通してもらえる手筈になってる」


「なにからなにまですまないな」


 エヴァンはニンベンと握手を交わした。


「良いってことよ。またこの町に来ることがあれば顔を出してくれ。次はゆっくりと酒でも酌み交わそうじゃないか」


 部屋から出ようとした時、エヴァンは振り返るとニンベンに向かって何かを投げた。


 それはメフィストが首に巻いていた奴隷の登録証とそれで巻き付けた大金貨だった。


「お、おい!」


「俺も旧友に会えて気分が良いんだ。そいつで祝杯でもあげるんだな!」


 そう言い残してエヴァンは出て行った。







「ったく…かっこつけやがって」


 ニンベンは苦笑しながら登録証を引き出しに投げ込み、大金貨を指で弄びながら立ち上がる。


 今夜はこいつで久しぶりにバカ騒ぎでもするか、そんなことを思いながら酒場へと足を向けた。





    ◆





「あら~ドルゴさん、大変だったみたいだね~」


 ギルドにやってきたドルゴを見てメリダが笑いかけてきた。


「衛兵に色々聞かれてるんでしょ~?大丈夫~?」


「ったくあいつらくだらねえことを根掘り葉掘り聞きやがって」


 ドルゴはどかりと椅子に腰を下ろすとエールを注文した。


「まあ独角党がぶっ潰れたんだ、それを思えばこのくらいどうってことはねえけどな」


「それで~いつ本当のことを話してくれるの~?」


 ドルゴはメリダをじろりと見ると無言でエールをあおり、グラスをカウンターに置いた。


「今はまだ駄目だ。まあこれが落ち着いたらだな」


「え~つまんない~。私にだけでも教えてよ?ね?いいでしょ?」


「駄目だっての。自警団にだって言ってねえんだぜ」


「しょうがないか~。でもバンガーさんが死んじゃってこれからギルドはどうなるんだろう」


「そこはなんとかするしかねえだろ。領主に掛け合って資金を出してもらうとかよ…って、あれどうしたんだよ!?」


 ドルゴはカウンターの奥に置かれた木箱を見て目を丸くした。


 それは報酬としてエヴァンに渡した木箱だった。


「あ~あれ?なんかさっきエヴァンさんが来てドルゴさんに渡してくれって。これから大変だろうからとかなんか言ってたよ」


「あの野郎…」


 ドルゴはため息と共にスツールに座り直すと口元をほころばせた。


「また借りができちまったな」


「なになに?何の話~?」


「なんでもねえよ。それよりもエールのお替りだ!」





    ◆






 月夜の中、エヴァンとメフィストは馬を駆っていた。


 ネースタの町は遠くで黒い影に変わっている。


「で、これからどこに行くわけ?」


 エヴァンにしがみつきながらメフィストが尋ねた。


「そうだな…身分も手に入ったことだし次はどこかに拠点を作ることにするか!」


 手綱を振りながらエヴァンが答える。


 二人を乗せた馬は月が白く照らす道をひたすら走り抜けていった。


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