8.逃走!

「逃げる?なんでさ?せっかくお祝いしてるってのに」


 エヴァンに手を引かれながらメフィストフェレスは不思議そうな顔をした。


「襲われないために決まってるだろ!早くこの町を出るぞ」


 エヴァンは早足で町の出口へと向かっていた。


「いいか、今やこの俺は町で一番の金持ちになっちまったんだ。だったら次に連中が考えるのはどうやってその金を俺から奪い取るか、だ。合法だろうが非合法だろうがな」


「ああ!そういうこと!」


 ようやくメフィストフェレスにも納得がいったようだ。


「金をばらまいておいたのはただの目くらましだ。あれだっていつまで効果があるか。冒険者なんて言っても犯罪者と大して変わらない連中だっているからな。気が早い連中なら追いかけてきててもおかしくないぞ」


 そうこうしているうちに2人は町外れにある馬喰ばくろうのところへとやってきた。


「おい、これで一番速い馬を頼む!」


 エヴァンはそう言ってカウンターに一つかみの金を放り投げた。


「おほ!こりゃ凄え!旦那さん何か訳ありだね」


 馬喰がカウンターの上の金を見て目を輝かせる。


「御託はいいからさっさと用意してくれ。あと2人乗り用の鞍と鐙もだ」


「合点承知!」


 馬喰はそう言うと葦毛の馬を引っ張ってきた。


「こいつはこの辺りじゃ一番の駿馬だ。こいつに追いつける馬なんていねえよ」


「恩に着るぜ。ついでにもう一つ頼みたいんだが、あんたこの町の冒険者たちが持ってる馬も預かってるんだよな?」


 エヴァンは馬を確かめながら馬喰に話し続けた。


「ああ、確かに俺は冒険者たちの持ち馬の管理もしているぞ。それがどうかしたのか?」

 エヴァンはカウンターの上に革袋を傾けてザラザラと金をあけた。


「そこへ案内してついでに俺がすることに目をつぶっていてくれ。これはその迷惑料だ。誰かが文句をつけてきたら脅されてしょうがなかったと言えばいい」


 信じられないというように目を瞬かせながらエヴァンとカウンターで小山を作っている金を交互に眺めていた馬喰だったが、やがて決心したようにエヴァンの顔を見た。


「馬を殺さないと約束できるかい。それならいいぜ」


「そうこなくっちゃ!もちろん約束だ!」


 エヴァンは裏手にある馬小屋に行くと冒険者たちの馬がいる厩舎のドアを開け放った。


 鞘で尻を叩かれた馬たちが次々と外に走り去っていく。



「よし、行くぞ!じゃあ世話になったな!」


 エヴァンは馬にまたがるとメフィストフェレスを引き上げ、鐙で馬の胴体を叩いた。


 鋭いいななきと共に馬が走り出す。


「ひいいいいっ!な、なんだこれは!高い!それに揺れるぞ!怖い!」


 メフィストフェレスが恐怖にひきつった叫び声をあげる。


「口を閉じてないと舌を噛むぞ!しっかり掴まってろ!」


 2人が立ち去るのとおっとり刀の冒険者たちがやってきたのはほぼ同時だった。


「クソ!あいつら逃げやがったぞ!」


「畜生!追うぞ!誰か馬を持ってこい!」


「駄目だ!他の馬は全部逃げちまってる!」


「おい!エヴァン!戻ってきやがれ!」


 口々に罵る冒険者たちをよそにエヴァンはひたすら馬を走らせていった。





    ◆





一方、その頃【ダリルの憩い亭】ではバカ騒ぎが続いていた。


「しっかしエヴァンの野郎、大したもんじゃねえか!」


「ああ!散々馬鹿にされてきたんだが猫被ってたのか?」


「しかも凄え美人の魔族まで連れていやがった!」


「どうしたってんだ?悪魔と契約でもしやがったのか?」


「ちげえねえ!あいつは悪魔と契約して強さを手に入れたんだ!」


「関係ねえよ!こうして美味い酒が飲めるんなら俺だって悪魔と契約するってえの!」


「その通りだ!エヴァンと悪魔に乾杯!」


「乾杯!」



 そんな中、ザックロンたち荒野の狩人団はむっつりと酒を酌み交わしていた。


「ジッカ、やられたところはもう大丈夫か?」


「ああ、リンサに治癒魔法をかけてもらった。もう何ともねえよ。ありがとよ、リンサ。おめえは本当に女神だ」


「別に~。私は私の仕事をしただけだし?」


 相好を崩すジッカだったがリンサはつれなくゆるふわの巻き毛をいじっている。


「しかしあの野郎、本当にどうしたってんだ?荷物持ちしか能のねえ奴だったはずだが…」


「で、これからどうするの?」


 少年のように小柄な体系の魔導士、タイニーがむっつり答える。


「ここまで馬鹿にされて黙ってるわけ?」


 そう言ってちらりと周囲を見渡した。


 辺りでどんちゃん騒ぎをしている連中の好奇な目がこちらに注がれているのは4人もわかっていた。



「しかしさっきの荒野の狩人団の無様さときたら…ププッ」


「馬鹿、笑っちゃまじいって!でもよ、このギルドで一番のパーティーだとか調子に乗ってた割に…ククッ!」


「命からがら帰ってきて”竜骨のダンジョンは誰も攻略できない!(キリッ)”とか言ってたら直後にエヴァンが攻略してるんだもんな」


「おいおい聞こえるって!誰も攻略できない竜骨のダンジョンに連れていかれちまうぞ!」



 ドガンッ!と叩き割る勢いでジッカがジョッキをテーブルに叩きつけた。



「冗談じゃねえ!こんな屈辱、我慢できるかってんだ!そうだろ、ザックロン!」


「私も同意見~。なめられっぱなしじゃこれからの依頼が減っちゃう」


 リンサが頷く。


「そうだろう!?リンサ、俺たちって気が合うよな!?」


「で、ザックロンはどうなの?」


 意気込みジッカを完全に無視してリンサはザックロンの方を向いた。


「それは私も同意見だ」


 ザックロンが頷く。


「冒険者はなめられたらお終いだ。荒野の狩人団が虚仮にされたままでいいわけがない。この借りは何としてでも返す。それに…どうにも腑に落ちないことがある」


の強さのことだよね」


 リンサの返答にザックロンが首肯した。


「奴の強さは道理が通らない。何か理由があるはずだ。それに何故急に魔族が奴に同行している?」


「調べる必要があるよねえ」


「ああ、もし奴が良からぬ方法で力を手に入れ、それでダンジョンを攻略したのだとしたら…それは正さなくてはいけない。我らの雪辱もそれで果たされることになるだろう」


「任せて~。あの魔族と同行しているなら私の魔力探知で追跡できると思う」


「馬で逃げてたとしても僕の運動能力強化を使えば追えるよ。ついでに隠形で姿も隠しておいた方がいいだろうね」


「よし!」


 ザックロンは大きく頷くと立ち上がった。


「今すぐエヴァンを追いかける!場合によっては討伐もあり得るぞ!」

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