29.地下の決戦

「馬鹿め…たったの3人でこれだけの人数を相手にしようというのか」


 リディウスが不敵に笑う。


「あ、2人ね。あたしは戦う気ないから。というか戦闘力皆無だし」


 メフィストが手を上げる。


「俺はやるぜ!死んでもてめえらは道ずれにしてやる!」


 ドルゴが吠えながら戦斧を構える。


「愚か者共が!貴様ら全員皆殺しだ!」


 リディウスが手を上げた。


 鋭い風切り音と共に矢が放たれる。


 しかしその矢がエヴァンたちの身体に届くことはなかった。


 エヴァンの左手が不意にかすんだかと思うとその瞬間には全ての矢がその手に握られていたからだ。


「なにっ!?」


 リディウスが驚愕の表情を見せるよりも早くエヴァンの左腕が再び掻き消えた。


 数瞬の後にバルコニーからばたばたと射手が落ちてきた。


 全員額から矢を生やして絶命していた。



「とりあえずこれで飛び道具は片付いたな」


 呆気に取られている独角党に向かってエヴァンは何でもないことのように手を振ってみせる。



「こ…こいつ…何者なんだ…?」


「矢を素手で捕まえやがった…しかもそれを投げ返して射手を仕留めるなんて」


 独角党の間にざわめきが広がっていく。


「お、おい…あれを見ろ!あの女魔族べした、あいつ…尻尾が生えてないか!?」


「本当だ!あいつ…悪魔なのかよ!」


「ってことは…あの男、悪魔と契約したってのか!?」


 メフィストの尻尾を見て独角党が更に浮足立った。


 それも無理はないことだった。


 悪魔と契約した者は超常の力を得る、そう言われていたからだ。



「騒ぐな!」


 リディウスが吠えた。


「悪魔がどうしたというのだ!戦闘力はないと言っているではないか!ならば気を付けるべきはあの男1人だ!これしきのことで怯むな!」


 叫ぶなり手を前に突き出して印を結んだ。


魔魂封縛呪カースバインド!」


 上位魔族にのみ可能な無詠唱による魔法発動だ。


「精神体を封印する魔法だ!さしもの悪魔もこれでは動けまい!」


 リディウスが高らかな声で宣言した瞬間、展開していた封印が砕け散った。


「…は?」


 突然のことにリディウスは呆然と口を開けたまま固まった。



「うーん、難易度としては中の下…いや下の上かな。もうちょっと骨のある奴ない?」


 手をプラプラと振りながらメフィストが答える。


「…ば、馬鹿な…上位魔族にのみ仕える高等封印魔法だぞ…」


 リディウスは歯ぎしりをして詠唱を唱えた。


「ならばこれはどうだ!精神凍結地獄陣アストラルコキュートス!」


 リディウスを中心に青白い魔法陣が展開されていく。


 余波で周りにいた部下がバタバタと倒れていくのも気にしていなかった。



「ん~、悪くないけどちょっと単純すぎるかなあ」


 しかしメフィストは退屈なパズルでも解くようにその魔法陣を分解していく。


「…んなっ!ク…クソ…!」


 リディウスは驚愕の表情を浮かべたがそれでも魔法の展開を止めなかった。


「ちょうどいいや、そのまましばらく時間稼ぎしといてくれ!」


 エヴァンが飛び出した。




「ぐあっ」


「ぎゃっ」


「ひぎっ」


 瞬く間に独角党の一味が切り倒されていく。


「き、貴様っ!なぜ私の魔法陣の中で動ける!」


 リディウスが目を丸くした。


「この位なら気合でなんとかなるからなっ」


「き、気合いだとおっ!?」


 それはリディウスにとって信じられないことだった。


 精神凍結地獄陣アストラルコキュートスは精神の動きを完全に止める超高等魔法だ。


 上位魔族ですらまともに受ければ指一本動かせなくなるこの魔法は普通の人間であればそのまま心臓の動きも止めてしまうはずだった。


 いくら悪魔が半ば解いているとはいえ普通の人間に耐えられるわけがない。


「貴様ぁっ!一体何者だ!」


 リディウスは魔法を解いて細剣を抜くとエヴァンに襲い掛かった。


 凄まじい速度で突き、払い、切りつけていくがエヴァンはその全てを受けきっている。


「ボス!」


「手前らの相手はこの俺だ!」


 加勢しようとした独角党の生き残りの前にドルゴが立ちはだかった。


「家族の敵、ここで討たせてもらうぜ!」




 その一方でリディウスは驚きを隠せないでいた。


 魔族と言えば膂力や反射速度、判断力でも人間を大きく上回る存在だ。


 その魔族であるリディウスがただの人間のはずのエヴァンに押されつつあった。


「な、何故たかが人間に上位魔族であるこの私が…ぐああっ!」


 叫んだリディウスの腕が断ち切られた。


「き…貴様ぁ!魔族である私を傷つけるだと!その剣、ただの剣ではないな!」


 切り飛ばされた腕を掴みながら大きく後退するリディウス。


「まあね」


 エヴァンが握る聖剣アブソリウムが淡い光を放っている。


「ま…魔力を剣に付与するだと?そ…そんなことができる人間は天の加護を受けた聖騎士しかいないはず」


「惜しいな。もう一声だ」


 エヴァンはリディウスが撃ちだした魔力弾を剣で真っ二つにした。


「あり得ない!こんなことができるのは…勇者しかいないはずだ!」


「そう、俺がその勇者エヴァンだよ。今は元勇者だけどな」


「馬鹿なあああ!貴様は既に死んだはずだ!なぜ勇者が悪魔と一緒にいるのだ!」


 その言葉を言い終わる前にリディウスは肩口から両断されていた。


「話せば長くなるんだよ。多分あんたが聞く時間はもうないと思うけどな」


 エヴァンは剣を鞘に納めながら呟いた。


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