46.サリアの出会い
エヴァンがギルドでイヴェットと会っていたその頃…
屋敷で身を清めたサリアはアイラットにある天遍教の教会の前に来ていた。
「おや、下俗僧とは珍しい。この教会にご用ですかな」
通りがかった天遍教の司祭がにこやかな顔でサリアに挨拶をしてきた。
天遍教では修練所を終了して晴れて聖職者となった者は3年間世俗で過ごすことが決まりとなっている。
世俗で暮らす間は下俗僧と呼ばれ、教会からの支援を受けずに暮らさなくてはならないのだ。
「実は…」
サリアは少し言い淀んだ。
ここで教会の力を借りるということは下俗期間を終えた際の評価が落ちることを意味する。
それでも今のサリアは教会に来ずにはいられなかった。
「司祭様に懺悔したいことがあるのです」
「…どうやらただならぬ思いがあるようですね。私でよければお聞きしましょう」
サリアは小さな懺悔室で司祭と向き合っていた。
「私は下俗僧を務めるサリアと申します。実は…私の知り合いが魔に魅入られているんです」
サリアはぽつりぽつりと懺悔を始めた。
「天遍教の聖職者としては許せない存在のはずです。一刻も早く異端審問にかけるべき…なのですが、私は迷っているのです」
司祭は静かな顔で聞き続けている。
「魔に魅入られたということは悪道に堕ちたということ…ですがその者は人助けをしているのです。彼に助けられた市井の者は百人を下りません。その行為によって報酬を得てはいますが、過度に要求したり名声を求めるといったこともしていないのです。彼に助けられた者たちはみな一様に感謝しています」
サリアの脳裏にはエヴァンの顔が浮かんでいた。
「わ、私もどうしてもその者が悪だとは思えなくなってしまったのです。その者は…私にとって矛盾した存在なのです。彼のことを考えると私はどうしたらいいのか分からなくなってしまう!わ…私も魔に魅入られてしまったのでしょうか?」
「サリアさん」
司祭は静かな声で語りかけた。
「天遍教の教えを言っていただけますかな?」
「は、はい。天は遍く我らを照らし、我ら人はその僕として地の遍く衆生を救うものなり、です」
「よろしい」
司祭は満足げに頷いた。
「我々の目的はあくまで衆生の救いなのです。魔を倒すことはその本願ではありません。むしろその逆なのです。我らの本懐は魔と呼ばれるものすらも救うことにあります」
司祭はそう言うとサリアに微笑みかけた。
「魔に魅入られたものが人を救う、大いに結構ではないですか。それはその者にまだ善性があるという証拠です。ならばあなたがその者を救えばよいのです。それが天遍教のあるべき姿です」
「は、はい!」
目から鱗が落ちた気分だった。
「ゆめゆめ天遍教の教えを忘れぬように。それがあなたのよすがとなるはずです」
「はい、ありがとうございました!」
サリアは大きく返事をした。
まるで急に頭の中が晴れ渡ったようだ。
自分の行動は間違っていなかった、そう思えた。
「本当にありがとうございました!おかげで迷いがなくなりました!」
サリアは教会から出る時に改めて頭を下げた。
「迷いもまた修行です。それではごきげんよう」
司祭はにこやかに手を振ると踵を返そうとし、そこで歩みを止めて目を見開いた。
「これはこれは、聖騎士殿。一体どうされたのですか?」
サリアが驚いて振り返ると頭上高く一頭の白馬がそびえていた。
金銀で飾り立てた煌びやかな装具を身につけ、豪華な鞍には同じく一点の曇りもない鎧に身を包んだ騎士が跨っている。
肩まで伸びた金髪を風にたなびかせ、思わず見惚れてしまうほど眉目秀麗な騎士だったが、どこか冷たい空気を漂わせている。
聖騎士、サリアも聖剛山の修練所で何度も耳にしたことがあった。
天遍教の聖地であるブランドールでもっとも強く、敬虔な戦士だけがその名を冠することができる最高位の騎士だ。
その勇名はブランドール国外にも響き渡り、悪魔を討ち滅ぼすためならば天遍教のネットワークを使って大陸中に赴くとも言われている。
聖剛山で
「貴殿がアイラット教会司祭のウィルベルト・ホンリフ殿か。私はブランドール王立聖騎士団所属のマクシミリアン・アイスバーグと申す。此度は貴殿に協力を仰ぎたく参った次第だ」
マクシミリアンと名乗るその聖騎士は馬から降りるとウィルベルトに歩み寄った。
側にいたサリアには眼すらくれない。
「聖都の騎士様が私のような一司祭にどのようなご用でしょうか?」
「この町に悪魔の棲む家と呼ばれる屋敷があるはずだ。そこへ案内してもらおう」
「悪魔の棲む家!?」
驚いて思わずそう口にした時、マクシミリアンは初めて気づいたかのようにサリアに視線を向けた。
「下俗僧か。世俗で修業中の者が何故教会にいる」
「わ…私は…」
「この方は私に懺悔をしに来たのです」
天井人に話しかけられ、まともに言葉すら出せないサリアにウィルベルトが助け舟を出した。
「ふん、そういうことか。だがお主、悪魔の棲む家を知っているような口ぶりであったな。何か知っているのか?」
マクシミリアンの視線がサリアに突き刺さる。
この人はあの屋敷に何の用が?
サリアの頭の中を嫌な予感が染めていく。
「どうなのだ。知っているのか」
「い、いえ…私は…何も…すいません、これで失礼します」
サリアはお辞儀をすると小走りで走り去っていった。
(嘘をついてしまった嘘をついてしまった嘘をついてしまった!聖騎士様に嘘を!)
頭の中を後悔が渦巻いている。
それでも屋敷に向かって走る足を止めることはなかった。
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