45.出会い

「はい、これが今回の討伐報酬ね」


 ニーナがカウンターにじゃらりと小金貨を積み上げた。


「今回はオーガとゴブリンの討伐だっけ?最近頑張ってるよね。エヴァンさんのパーティー話題になってるよ」


「本当かよ。参ったな。有名人は辛いね」


 そんなことを言ってはいるがエヴァンの顔は全く困った様子がない。


 あれから半年、時には農民を襲う大蛇を捕まえ、時には行商隊を襲う盗賊団を討伐というように幾つもの依頼をこなしているうちにエヴァン率いる5月団はアイラットのギルドの中で少しずつ知られるようになっていた。


「うん、美女ばかり侍らしたおっさんがいるって。なにか違法な魔術か薬物を使ってるに違いないって噂してる人もいるよ」


「なんだそりゃ!」


 エヴァンはカウンターに拳を叩きつけた。


「俺があいつらにどれだけ苦労していると思ってるんだ」


「そういえばメフィストさんたちは?今日は見かけてないけど」


「ああ、それなら今回はゴブリン討伐だっただろ?連中の臭いが服について我慢できないって先に屋敷に帰ったんだ。ったく、こういう雑用をリーダーに押し付けるとはどういうことだ」


 エヴァンはぶつぶつと言いながらカウンターの上に積まれた金貨に手を伸ばす。


 しかしそれはニーナがその手を阻んだ。


「半分はギルドに預けるという約束でしょ?私がサリアさんに怒られるんだから」


 そう言っていたずらっぽくウインクする。


「クソ、お前まであいつの仲間なのか!」


「まあまあ、一杯サービスするから一休みしてったら?」


「そうさせてもらうよ」



 こうしてエヴァンがカウンターに座ってエールを飲んでいると隣に立つ影があった。


「お隣よろしいか?」


 それは豊かに波打つブルネットを背中まで伸ばした美しい女性だった。


 全身をフルプレートの鎧で覆い、小脇に兜を抱えている。


 だたの冒険者ではないことは一目でわかる。


「もちろん、あなたのような美人ならいつだって大歓迎だ」


 しかしエヴァンはそんなこと意に介さずエールの入ったジョッキを持ち上げた。


「ではお言葉に甘えて」


 その女性はエヴァンの隣に腰を下ろすと同じようにエールを頼み、軽く掲げた。


「イヴェットだ。お初にお目にかかる」


「エヴァンだ。こちらこそよろしく」


 2人は軽くジョッキを打ち鳴らすとエールを空けた。



「ぶしつけだが早速本題に入らせてもらう」


 ジョッキをカウンターに置くなりイヴェットが切り出した。


「もうかよ。口説く隙も与えてくれないってか」


「それはまた今度にしてもらおうかな」


 イヴェットは微笑むとエヴァンの方を向いた。


 美しく切れ上がった鳶色の瞳がエヴァンを覗き込む。


「私はアズラスタン王立騎士隊北方警備部隊に所属している。エヴァン、君たちの噂はこちらでも耳にしているよ。難しい依頼を少人数で達成し続ける冒険者がいるのだと」


「そんなお偉い方々にまで届いてるのか。有名になるのも考えものだな」


「気を悪くしたのなら謝ろう。しかし今回はそんな君たちに折り入って頼みがあってやってきたのだ」


 促すエヴァンにイヴェットは軽く頷いて話を続けた。


「既に知っているかもしれないが今月は年に一度の蝕月だ」


「そういえば聞いたことがある気もするな。討伐依頼が増えてるのもそのせいだとか」


 エヴァンの言葉にイヴェットが頷く。


「蝕月はその名の通り太陽の力が弱まる月のことで、魔物が活性化することを意味している。そして二週間後に最も蝕が強まる真蝕が起きる。ここまで言えば私が何を言いたいかもわかると思う」


「…暴れまわる魔物の討伐を手伝ってくれ、ということだろ?」


 イヴェットが形の良い唇の端を吊り上げて頷いた。


「断る、という選択肢は期待してなさそうだな」


「もちろん報酬は弾ませてもらうよ。それにこれは君たちにとっても悪い話ではないのだぞ」


 イヴェットはそう言ってエヴァンに顔を寄せた。


 甘い、ジャコウネコのような匂いがエヴァンの鼻孔をくすぐる。


「エヴァン、君たちは思っている以上に注目されている存在なのだ。なにせアイラットにふらりとやってきて悪名高い悪魔の棲む家に魔族2人と住んでいるわけだからな」


 イヴェットは耳元で囁くように言葉を続けた。


「ここで私とコネを作っておくのはお互いにとって利となると思わないか?」


 エヴァンは苦笑しながら新しいジョッキを傾けた。


「そういうことね」


「そういうことだ」


 イヴェットはそう言うとやにわに立ち上がった。


「返事は急がない。だが真蝕までには色よい返事を期待しているよ。私を口説くならその後にしてもらおうかな」


 そして小銀貨を一枚置いて立ち去っていった。


「エヴァンさん、さっきの人と知り合いなの?」


 イヴェットが店を出た後でニーナが興奮したようにやってきた。


「いや、さっき知り合ったばかりなんだ。そんなに凄い人なのか?」


「凄いなんてもんじゃないよ!あの人はイヴェット・リニヤッド、大陸で一番魔物が多いと言われる北の森を守る北方警備隊で一番勇猛果敢と言われているのがあのイヴェット隊長率いるリニヤッド小隊なんだから!」


「へ~そんなに偉い人だったのか」


「この国であの人に憧れてない女子はいないよ!ああん、私もお話ししたかった!」


 ニーナが胸を抱えてぐにぐにと身をよじる。


「なるほどね。だったら確かにコネを作っておくのも悪くないか」


 エヴァンはそう呟くとぐいとジョッキを空けた。


「エヴァンさん!またイヴェット様と会うんだったらサイン貰ってきて!」


 血走った眼でニーナがエヴァンに詰め寄る。


「わ、わかった…検討させていただくよ」


 ひきつった笑みで答えるエヴァンだった。


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