44.ランクアップ

「うっそ、これ本当にエヴァンさん3人でやったの?」


 カウンターに積み上げられたグレーターウルフの魔核を見てニーナは目を丸くした。


「信じられない…これだけの数は中位冒険者なら10人以上のパーティーでも損耗率1割以上と言われてるのに…どんな魔法を使ったの?」


「まあまあ、それはまたいずれの機会にでも。それよりも早いところ換金してくれないか?あまり目立ちたくないんだよ」


 エヴァンはあたりを窺いながらニーナに耳打ちした。


 すでに周囲の冒険者たちが興味深げな視線を送ってきている。


「オーケー、それにしても凄いね。エヴァンさんって実はランク以上の実力を持ってるんじゃないの?」


「ま、まあその辺もおいおいってことで」


「はいはいっと、冒険者はなにかと訳ありだもんね。深くは聞きませんよ。じゃあちょっと待っていて」


 ニーナはそう言うと奥の部屋から革袋を持ってきた。


「グレーターウルフの討伐報酬は1頭当たり小金貨1枚で魔核は全部で23個あったから23枚ね」


 そう言いながらカウンターの上に小金貨を積み上げていく。


「でもそのうちの1頭はグレーターウルフの上位種、アークウルフだったからこれには更に小金貨1枚、合計24枚が今回の報酬。で、受け取りはどうする?全部持っていく?それともギルドに預ける?」


「そうだな…じゃあ全額持っていくと…」


「半分は預けます」


 エヴァンが金貨に手を伸ばそうとすると横にいたサリアが身を乗り出してきた。


「なんでだよ。久しぶりの収入なんだからたまには豪勢にいこうぜ」


「そうだそうだ!」


「お黙りなさい!」


 エヴァンとメフィストが抗議の声をあげたがサリアは頑として聞き入れなかった。


「あなたたちの金銭感覚はあまりに酷すぎます!あればあるだけ使ってしまったら将来どうするんですか!」


「でもぉ」


「でもも鴨もありません!」


 サリアはカウンターに積まれた小金貨のうち12枚を手にすると残りをニーナに押しやった。


「残りは5月団名義で預けます。それから…」


 そう言ってエヴァンとメフィストをじろりと睨む。


「この2人が下ろそうとしても渡さないように」


「はいはいっと、じゃあ手形を用意するからちょっと待ってて」



 ニーナはそう言いながらカウンターの上に認定証ライセンスのプレートを3枚置いた。


「3人とも大幅ランクアップだよ。エヴァンさんは2階級アップして猟犬級、サリアさんも2階級アップで銀狼級、メフィストさんに至っては5階級アップで樫級でーす!おめでと~」


「やったー!」


「…」


 メフィストは無邪気に喜んでいるがサリアは浮かない顔だった。


「申し訳ありません、でもこれは受け取れません」


 そう言って認定証ライセンスをニーナの方へと押しやる。


「私は今回何もしてませんから、全てエヴァンさんの功績なんです」


「そうは言っても、パーティーで挑んだ依頼はパーティーメンバー全員の成果になるのが決まりなんだけど…」


 返されたニーナも困った顔をしている。


 エヴァンがサリアの肩に手をやった。


「まあまあ、受け取っておきなって。サリアだって十分活躍したじゃないか」


「でも…」


「俺たちはグレーターウルフを討伐した。そしてこれはそれによってもたらされる結果の1つなんだ。得るのはなにも自分の望んだものだけじゃないってことだ。時には身の丈に合わないと思う評価を得ることだってあるんだよ」


「それは…」


 サリアは言葉を詰まらせた。


 これこそ帰路でエヴァンが言ったことなのだろうか。


 自分は力には責任が伴うと言った。


 しかし目の前にある認定証ライセンスはとても自分に相応しいとは思えない。


「大丈夫、今は重荷に感じるかもしれないけどそのうち慣れるさ」


 サリアの逡巡とは裏腹にエヴァンはあくまで暢気だ。


 これが本当の実力を持った者の持つ自信なのだろうか。


 エヴァンがサリアに耳打ちしてきた。


「ランクアップしておくとより報酬の高い依頼が受けられるんだ。受け取るだけ受け取っておけって」


 この人は…


 サリアは頭を抱えそうになるのを必死にこらえた。


「わかりました!これも私の責任の1つです!謹んでいただきます!」


 サリアはやけくそのように叫ぶと認定証ライセンスを掴んだ。


「今の私はこのランクに相応しいとは思っていません。でも絶対にそうなってみせます」


「そうそう、その意気だって」


 エヴァンがサリアと肩を組む。


「離れてください!暑苦しい!」


 そう言いつつ振りほどこうとはしないサリアだった。


「よーし、じゃあかえって祝杯だ!フォラスも待ってるしね!」


 メフィストがエヴァンの反対側の肩と組んで叫んだ。





    ◆





「か、帰ってきたんだ」


 エヴァンたちが屋敷に戻るとフォラスがぱたぱたと足を鳴らしながらやってきた。


「ああ、ただいま。ふう~やっぱり自宅が一番だな」


 エヴァンは応接間のソファに体を沈めるなり大きく息をついた。


「ちょっと、年寄りくさいですよ」


「しょうがないだろ~、年寄りなんだから」


 サリアの苦言を軽く流しながらシャツのボタンを外して胸をはだける。


「あ~もう動きたくねえ」


「お…お風呂湧いてるよ」


「マジで!いやっほう!これを待ってたんだよね!」


 フォラスの言葉にメフィストが飛び上がって服を脱ぎながら出て行った。


「ああっもう…!」


 眉をしかめながらサリアが脱ぎ散らかした服を片付けている。




「た…楽しかった?」


 フォラスがおずおずとエヴァンに尋ねてきた。


「うーん、どうだったろうな。まあまあってとこじゃないか?」


「な、なんか…みんなちょっと変わった気がする」


 フォラスがサリアの方を見ながら呟く。


「わ…私も今度はついていって…みようかな……駄目…?」


 エヴァンがフォラスの頭に手を置いた。


「ああ、頼りにしてるぞ!」


「えへへ…」


 フォラスがはにかみながら微笑んだ。


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