35.ウェイトレスのニーナ

 アイラットの冒険者ギルド【アズラスタン冒険者ギルド本部】は東大通を一本入ったところにあった。


 王都だけあって今までのギルドとは規模が違い、百人を超える冒険者がひしめき、ある者たちは卓を囲んで陽気に騒ぎ、またある者は依頼が張られた掲示板を真剣な顔つきで眺め、別のあるものはギルドの窓口で受付と交渉を繰り広げている。


 魔族の冒険者も少なくない数がいるせいかエヴァンたち3人が入っても好奇の視線を向けるものはほとんどいなかった。


「いらっしゃ~い。っておじさんたち昨日も来てたよね?」


 テーブルに着いたエヴァン一行にメニューを持ってきた若いウェイトレスが好奇心に満ちた目で聞いてきた。


「おじさんって…まあいいけど。とりあえずエールを3つ持ってきてくれ。あと何か適当に摘まめるものも3人分」


「承り~。3人とも見ない顔だけどひょっとしてこの町にきたばかり?」


「まあね。できればこの町に腰を据えたいんだけどなかなか家が見つからなくてさ」


「あ~…、冒険者ならねえ…」


 ウェイトレスが困り顔で笑う。


「昨日から探してるんだけどからっきしだ。ったく、自由都市アイラットが聞いて呆れるぜ」




「…おじさん、本当に家を探してるの?」


 ウェイトレスは注文を受けたというのになかなか去ろうとしない。


「ああ、その通りだけどそれがどうかしたのか?あと俺はエヴァンだ。おじさんと呼ぶのは止めてくれ。なんか胸が苦しくなるから」


「あはは、ごめんね~。それでエヴァンさん…」


「5番テーブル、注文上がったよ!」


 ウェイトレスが話を続けようとした時、厨房から声が響いてきた。


「ごめん、ちょっと行かなくちゃ。エヴァンさん、またあとでね」


 ウェイトレスはそういうとそそくさとテーブルから離れていった。


「なんだったんですか?さっきのは?」


 サリアが興味深そうな目を向ける。


「さあな。デートの誘いでもするつもりなのかな」


「そんなわけないでしょ」


 戻ってきたウェイトレスがため息と共にエールのジョッキを置いた。


 そして何故かそのままエヴァンたちの卓に座る。


「自己紹介がまだだったけど私はニーナ。よろしくね」


「私はサリアです。天遍教の尼僧をしています」


「あたしはメフィスト。よろ~」


 自己紹介を済ませると4人はそろってエールを空けた。


「ぷは~、昼間から飲むエールは最高だよね!」


 口の端についた泡を吹きながらニーナが歓喜の吐息を漏らす。


「おいおい、仕事はいいのかよ」


「ああ今日はこれで上がりだからもういいの!それよりもエヴァンさん、さっきの続きなんだけどここで家を探してるのって本当?」


「ああ、でも全然貸してくれるところがなくってな。買うほどの金は貯まってないし、どうしたもんかね」


 エヴァンはテーブルにやってきた串焼肉を頬張りながらため息をつく。


 その様子を見ていたニーナが急に顔を近づけてきた。


「ねえ、貸してくれるあてがあるかもしれないって言ったらどうする?それどころか格安で売ってくれるかもしれない」


「…本当かよ?言っとくけど今まで散々断られてきたんだぞ?そんなこと言われてもすぐに信じる気にはなれないんだが」


「本当だって!私の叔父さんここで賃貸業やってるんだから。で、一軒空きがあるんだって!」


「…それ絶対にいわくある奴だろ」


 エヴァンの言葉にニーナの表情が止まる。


「…やっぱりな」


「ソ、ソンナコトナイヨ?フツウノオウチダヨ?」


「声が固まってるぞ」



 沈黙の後でニーナは大きなため息をついた。


「やっぱりわかっちゃうよね~。そこはいわくつきどころじゃなくってさ。誰も借りないままもう5年くらい経ってて叔父さんも困ってるんだよねえ~。やっぱり駄目か」


「いや、別に駄目とは言ってないぞ」



 エヴァンの言葉に再びニーナの動きが止まった。


 驚きで目を丸くしながらエヴァンの方を見る。


「それ…本当?」


「とりあえず見てからだけどな。こんな状態なら貸してくれるってだけで御の字だ」


「本当に!?ありがとう!」


 叫ぶなりニーナがエヴァンに抱きついてきた。


「じゃあ早速今から見に行こうよ!エヴァンさんたちならきっと大丈夫だよ!あ、ここは私に出させて!」


 去っていくニーナを見てサリアが顔を寄せてくる。


「本当に大丈夫なんですか?あれどう考えても普通じゃないですよ。見ず知らずの人間にいきなり物件を進めてくるとか」


「まあそれはそうなんだけど、とりあえず他に見つからない以上仕方ないだろ。まあとりあえず見るだけだし」


「おーい、エヴァンさ~ん、早く早くう!」


 扉の前でニーナが手招きをしている。


「ま、とりあえず行くだけ行ってみようや。ほらメフィスト、行くぞ」


 エヴァンは一心不乱に串焼肉を頬張っていたメフィストを抱えるように立たせるとニーナの元へと向かった。


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