36.悪魔の棲む家

「ここは…」


 目の前にそびえる屋敷を見てサリアが絶句している。


 それも無理のない話だった。


 町外れに建つその屋敷は明らかに異様な雰囲気を発していた。


 周囲は未開発の林に囲まれており、鳥の鳴き声すら聞こえない。


「こここ…これ絶対に不味いですって!」


 サリアが青い顔で叫んだ。


「まあ確かに何かがあるのは間違いなさそうだな」


 顎をさすりながらエヴァンも同意する。


「どうですか?やっぱり駄目ですかね?」


 ニーナの叔父であり家主でもあるドミンゴが汗を拭きながら聞いてきた。


 その汗が恐怖からくる冷や汗なのは火を見るよりも明らかだ。


「隠してもしょうがないので白状します。ここは元々とある貴族のお屋敷だったのです。しかしその貴族の奥方が発狂してしまい、自らの夫と幼い子供をめった刺しにして自らも命を絶ったのです」


「そ…それは…」


 サリアが目を丸くした。


「しかも悲劇はそれだけでは終わらなかったのです。その後に引っ越してきたとある商家の一人息子は悪魔を召還する儀式として十数人を地下室で殺害した後に異端審問で火刑に処され、その次に越してきた魔導士は魔導研究と称して幼い子供をむごい方法で殺した末に磔刑となっています」


 ドミンゴは話を続けた。


「いつしかこの屋敷は悪魔の棲む家として誰も寄り付かなくなってしまったのです。天遍教の司祭に悪魔祓いを依頼したこともあるのですが、屋敷を封印するのが精一杯だったようです」


「なるほどね。だから結界が張ってあるのか」


 エヴァンが手をかざしながら呟く。


「そんないわくのある屋敷ですから、無理にとは言いません。しかしもし住んでいただけるのでしたら破格の条件でお譲りしますよ。というか是非もらってください!もう限界なんです!」


 遂にドミンゴはエヴァンの膝に縋り付きはじめた。


「この屋敷を買ってしまったばっかりに他の物件まであらぬ噂を立てられてるんです!貰ってくれるのなら無料でもいい!いやこの際お金を出しますから!」


「私からもお願い!」


 ニーナも指を組んでエヴァンを見つめた。


「ここの契約が決まったら私にも歩合が入るの!」


「やっぱりそれだったか」


 エヴァンは苦笑しながらドミンゴを方を向いた。


「とりあえず中を見てみないことには。ここって入れるんですよね?」


「え、ええまあ。でも先ほども言ったように司祭が封印をしたのでまずはそれを解いてもらわないと…」


「ああそれなら大丈夫」


 エヴァンの言葉にメフィストがついと前に出た。


「やっとあたしの出番だね」


 そう言うと中空をじろじろと眺め、やにわに人差し指を虚空に突き出した。


 バン!と何かが破裂するような音と共にあたりの空気が一変する。


「とりあえずは剥がしたよ」


 メフィストが何でもないことのように答える。


「よし、じゃあいっちょ入ってみますか」


「ちょちょちょ、本当に行くんですか?さきほどのドミンゴさんの話を聞いてなかったんですか?」


 前に進もうとしたエヴァンのシャツの裾をサリアが掴む。


「絶対に危ないですって!」


「大丈夫だって別にこの屋敷が襲ってくるわけじゃないんだろ?入る位ならなんてことないって。怖いんだったら外で待っててもいいんだぞ?」


「べ!別に怖くなんかないですよ!」


 エヴァンの言葉にサリアが頬を赤らめる。


「わ、私は天遍教の尼僧ですから!このくらいへっちゃらですとも!でも用心に越したことはない、そう言いたいだけですから!」


 必死に強がっているが膝頭が震えているのがはっきりわかる。


「まあ別にいいんだけど」


 エヴァンは苦笑しながら一歩前に出た。


「とりあえず俺の後ろに隠れてるんだな。何かあったら守ってやるから」


「あ…悪魔憑きに守られる謂れはありません!」


 そう言いつつもサリアはエヴァンのシャツを掴む手を離そうとはしない。


「御達者で~」


「生きて帰ってきてね~」


 ドミンゴとニーナの声援を背に3人は扉の前にやってきた。




「さて入りますか」


 ノブに手をかけたエヴァンだったが、その瞬間に弾かれたように手を離した。


「おい、まだあるのかよ!」


「だから言ったじゃん。剥がしたのは1枚目だって」


 メフィストはそう言って前に出ると胸元から赤いキーピックを取り出した。


「この屋敷の封印は2枚あるんだよ。1枚目は人間が張ったしょぼい奴でこっちが本命」


 そう言いながらキーピックを鍵穴に差し込んでカチャカチャといじり出す。


「てことは…」


「そう。この結界は悪魔が張った奴」


「あ、悪魔あ?」


「あのおっさんも言ってたじゃん。悪魔が棲んでるって」


 青い顔で叫ぶサリアにメフィストが呆れたように答える。


「い、いや…あれは言葉の綾というか通称みたいなものだったのでは…」


「でもこれは間違いなく悪魔が張った結界だよ。たぶん人間は中に入れなかったから周りに結界を張ったんだと思う。でも…あたしの手にかかればこの程度…はい、お終い」


 メフィストの言葉と共にがちゃりと鍵の開く音が響いた。


 重い音と共に扉が開いていく。


 中は闇に包まれ何も見えない。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか、入ってみますか」


「いやだから悪魔だって」


 エヴァンとメフィストは知り合いの家に入るようにためらうことなく足を踏み入れた。


「ひいい…」


 青ざめた顔でサリアが後に続く。


 3人が入ると扉は再び音を立てて閉まった。


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