18.登録証

「ああ、早速本題に入らせてもらうさ」


 エヴァンはそう言うとメフィストの被っていたフードを下ろした。


 フードの奥から額に角を生やし、真っ白な肌に真っ赤な瞳を持ったメフィストの顔が露わになる。


「ほう、こいつはとんだ別嬪だ。いよいよエヴァン様も身を固める覚悟ができたってわけか」


 メフィストの顔を見ても顔色一つ変えないニンベンにエヴァンはため息をついた。



「馬鹿言え。こいつのために魔族の登録証を用立ててほしいんだよ」


「なるほど、非登録魔族の登録証が入り用か。しかし生憎とそいつは無理なんだ」


 ニンベンはしげしげとメフィストの顔を見ながら無精髭の生えた顎をさすった。


「なんでだ?偽造屋ニンベンと言えば大司祭の徽章だって偽造できるんじゃなかったのか?」


「痛いところをつくじゃないか」


 ニンベンは苦笑しながら机に肘をついた。


「しかし無理なものは無理なんだ。この国じゃ魔族の登録証は王直属の魔族管理局が発行してる。その登録証の素材がちょっと特殊でね。通常じゃ出回らない魔導素材で出来ていて別の素材を使ってもすぐにばれちまうんだよ」


「じゃあこの町にきたのは無駄足だったってことかよ」


 エヴァンは天井を見上げて肩を落とした。


「いや、そうでもないぜ。要はその特殊な素材さえ手に入ればいいんだ。そうすりゃそいつで登録証を偽造するのは造作もないことさ」


「しかしそんなものどうやって見つけたらいいんだ?」


 エヴァンの問いにニンベンは肩をすくめた。


「そいつが問題でね。昔は魔族が横流ししてくれたんだが最近は当局の締め付けがきつくなってなかなか手に入らないんだ。現に今も在庫を切らしちまっていてね。こっちとしてもにっちもさっちもいかないんだよ」


 ニンベンはそう言うと棚から首輪を1つ取り出して机の上に放り投げた。


「その素材を見つけてきたらすぐに作ってやるよ。それまではそいつで我慢しててくれ」


「これは…?」


「奴隷の登録証だよ。当然偽造だがね。魔族の奴隷もいないことはないからしばらくはそれで誤魔化せるはずだ。安くしとくぜ、大銀貨5枚だ」


「ちぇ、足元見やがって」


 エヴァンは苦笑しながら銀貨を机の上に放り投げると登録証の首輪を受け取り、メフィストに渡した。


「ほれ、今のところはこいつをつけといてくれ」


「ちぇ、なんであたしがこんなものを」


 ぶつぶつ言いながらもメフィストは素直にそれを首に巻き付ける。


「よく似合ってるぜ。まずは魔族に話を聞くのが一番だと思うが最近この町は魔族との折り合いが悪くてね、なかなか連絡が取れないんだ。こっちでも何かわかったら連絡するよ。しばらくはここにいるんだろ?」


「ああ、泊まる所が決まったらまた知らせるよ。それじゃよろしく頼んだぜ」


 エヴァンはそう言うとニンベンに別れを告げて酒場の外に出た。



「それでこれからどうするんだ?魔族を探すのか?」


 通りを歩きながらメフィストが聞いてきた。


 今のメフィストはフードを下ろしているため、道行く人々の視線を集めまくっているが本人は一向に気にする様子がない。


「メフィスト、ちょっとは衆目ってものを…いや、まあいいか。とりあえずギルドに行ってみるか。まずは情報を集めないとな」



 2人は大通りを通り抜け、町の反対側にある大きな酒場へと向かった。



 【ネースタ・ネスト&ギルド】というその酒場は夜も更けているというのに大勢の冒険者でにぎわっていた。


 2人が入るとその喧騒がぴたりと止んだ。


 全員の視線が2人に向かって降り注ぐ。


 ギルドではよくある光景だったが、今回がいつもよりも輪をかけて注目を集めていることは火を見るよりも明らかだった。



「なんだあいつは?」


「見ない顔だな。それにあの男が連れている女、ありゃ魔族じゃねえか」


「しかも奴隷の首輪までつけていやがる。何者なにもんなんだ、あいつは?」


「ちょっと待て、ありゃエヴァンじゃねえのか?」


「エヴァン?確か数年前までこの町にいた冒険者か?」


「ほんとだ!ありゃ麦束エヴァンじゃねえか!最底辺冒険者だったあいつがなんで魔族なんか連れてやがるんだ?」


「麦束エヴァンが美人の魔族を奴隷にしてるだと?悪魔と取引でもしやがったのか?」




 冒険者たちの好奇の視線を無視しつつエヴァンはギルドのカウンターへと向かった。


「よ、メリダ、まだここで働いてたんだな」


「あ、エヴァンさん、久しぶり~。何してたの~?」


 カウンターで退屈そうに髪の毛をいじっていた肉感的な受付がけだるい声でエヴァンに挨拶をしてきた。


「ちょっとそこいらをぶらぶらしていてね。久しぶりにこの町にきたから寄ってみたんだよ。元気にしてたかい?」


「元気元気~、そっちこそ元気そうじゃ~ん。なになに~?エヴァンさんってば樫級になったの~?凄いじゃ~ん!」


 エヴァンがシャツに着けている認定証ライセンスを見てメリダが驚いたように体を乗り出してきた。


「まあね、最近上がったんだ。ついでだからこの町でもう少し上げておこうかと思ってね。何か依頼はないかな?できれば魔族が絡んでるようなのとかさ」


「魔族う~?その後ろにいる魔族と何か関係があるわけえ~?」


「いや、そういう訳ではないんだけど…」


 そこまで言ってエヴァンははたと口を閉ざした。


 ゆっくりと後ろを振り返る。


 十名ほどの冒険者が周りを取り囲んでいた。


「さっき魔族と言っていたな。詳しく話を聞かせてもらおうじゃねえか、エヴァン」


 ひときわ背の高い男が低い声でエヴァンを睨みつけた。

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