第2章:独角党

15.街道にて

「そろそろ次の町だな」


 エヴァンはそう言いながら街道に馬を止めた。


「なんで止めんのさ?さっさと行こうよ。もうお尻が痛くいから早く休みたいんだけど」


 エヴァンの後ろでメフィストが口を尖らせている。


「まあ待てって。行くのは良いんだけど少し困ったことがあるんだよ」


 エヴァンは馬から降りると大きく伸びをしてからメフィストを指差した。


「問題は…ずばりお前だ」


「は?あたし?なんで?」


 エヴァンに手を貸してもらいながら馬から降りたメフィストが怪訝な顔をする。


「次の町はネースタといってクロゼストよりもかなり大きい町なんだけど、魔族に対して厳しい町なんだ」


「だからあたしは魔族じゃないっての!」


「まあ落ち着けって。魔族が駄目なら当然悪魔も駄目に決まってるだろ。問題なのはだ、ネースタの町は魔族に化けても入れないってことなんだ」


「なんで?尻尾を隠すだけじゃ駄目っての?」


「ああ、駄目だ。なんせ魔族がその町に入るのには登録証が必要だからな」


「なにそれ?」


 不思議そうな顔をするメフィストにエヴァンが話を続けた。


「聖魔大戦で魔族と戦った名残でな。俺たちが今いる国は人族の国だから魔族が住む時は登録証がいるんだよ。クロゼストみたいに小さい町だとなあなあで済ませられる場合もあるんだけど、ネースタの町は厳しくってな」


「ふーん、だったらそんな町無視して別の町に行けば?」


「それがそうもいかないんだ。ここから先はそういう町ばかりでね。それにこれからのことを考えたらネースタの町にはどうしても入っておきたいんだ。しかしどうしたもんかな…」


 街道沿いの草むらに寝ころびながらエヴァンは困ったようにため息をつき、2人はぼんやりと空を眺めていた。


 やがてそこへ幾つもの蹄と重々しい荷馬車の音が響いてきた。


 エヴァンは体を起こして音の主を見つめ、驚いたような声をあげた。


「あれは行商人だな。おいおい、ずいぶんと物々しいな。ひいふうみい…何人護衛をつれてるんだ?どんだけ物騒なところを通ってきたんだよ?」


 それは1台の幌馬車とそれを囲むように進む護衛隊の集団だった。


 全員武器を携え、大声で下品に笑いながら馬を進めている。


 それは護衛というよりはならず者の集団と言っていいほどに物騒な雰囲気を漂わせていた。


「ふむ、ありゃただの行商人じゃねえな」


 街道を通り越していくその集団を見ながらエヴァンが呟いた。



「ひょー!美人の魔族じゃねえか!よお!そんなおっさんなんかおいて俺たちと来ねえか!?」


「今日はでっかい稼ぎになるからよ!俺たちと楽しもうぜ!」


「俺たちみんなで朝まで楽しませるぜ!いや、俺たちの仲間にならねえか?股が閉まらなくなる位可愛がってやるからよ!」


 その護衛はメフィストを下品に囃し立てながら通り過ぎていく。


「エヴァン、あいつらを殺さないか?連中だったら間違いなく地獄行きだぞ」


「止めなさいって。面倒くさい。あんな奴らは無視するのが一番だって」


 2人の前を通り過ぎていく幌馬車後部の垂れ幕が風でたなびく。


 その隙間の奥に鈍色の塊が覗いていたのをエヴァンは見逃さなかった。


「やっぱり前言撤回だ。追いかけるぞ!」


 言うなりエヴァンは立ち上がって馬を引いてきた。


「いきなりどうしたのさ?」


「あれは奴隷商だ。荷台の中に奴隷を連れていた。あれは使えるぞ」


 そう言うとメフィストを馬に引っ張り上げ、手綱を振って駆けだした。



「おーい!待ってくれえ!」


 エヴァンとメフィストは幌馬車の集団を追い越すとその前に立ちはだかった。


「んだあ、てめえは!?邪魔だ!さっさとどきやがれ!」


 先頭にいたひときわ凶暴な顔つきの男が怒気を含んだ声で凄んでくる。


「まあまあそう言わずに。あんたら奴隷商とその取り巻きなんだろ?ちょっと話があるんだよ」


「奴隷?なんのことだかわからねえな。そんなことよりさっさとどけってんだ!邪魔なんだよ!」


 男はしらばっくれるように怒鳴りたてたがエヴァンは平然と言葉を続ける。


「いやいや、誤魔化さなくていいって。あんたらが奴隷の密売買をしてるのは見ればわかるから。そんなことよりも俺たちもその中に入れてってくれないか?」


「ああっ!?中に入れてくれだあ?てめえ、気が狂ってんのか?」


「あんた達もネースタの町に行くんだろ?実は俺たちもなんだけどちょいと訳ありでね。門兵に見つからずに中に入りたいんだよ」


「ああん?ネースタに行きてえだあ?」


 男は胡散臭そうにエヴァンとその後ろのメフィストを見回していたが、やがて貪欲そうににやりと笑った。


「はん、おおかたその後ろの別嬪が不法在住魔族ってことなんだろ」


「おっしゃる通りで。頼むよ、金なら払うからさ」


 エヴァンはそういうを革袋を取り出して振ってみせた。


 ジャラジャラと硬貨の音が鳴り響く。


「ほ~う、なかなか気前が良いじゃねえか。なあ、こんなこと言ってるんだがどうするよ!?クブカの旦那!」


 男は首を後ろに捻ると御者台に座っていた小太りの男に向かって叫んだ。


 口髭を生やしたその男は微かに頷くと人差し指を1本立てた。


 それを確認した男が凶暴な笑みと共にエヴァンに振り返る。


「喜びな。連れていってやるってよ」


「そいつは助かる。なに、ちょっと荷台に隠れさせてくれればそれでいいんだ」


 礼を言いながら前に進もうとするエヴァンだったが、男がその前を抜身の剣で塞いできた。


「悪いな、連れていくと言ったのはてめえの後ろにいる姉ちゃんだけだ。お前は大人しく有り金全部置いていくんだな。そうすりゃ命だけは助けてやるよ」


 気が付けば周りは武器を手にした男たちに囲まれていた。


 みな一様に下品な笑みを浮かべてエヴァンとメフィストを見ている。


「やっぱそういうことになるよね」


 エヴァンは諦めたように息をついた。


「諦めるんだな。この時間は誰も通りやしねえよ」


 勝利を確信した男がエヴァンの頬をピタピタと剣身で叩く。


「そいつは良かった」


 エヴァンがそう言った瞬間、男の肘が逆に折れ曲がった。


「は?」


 自分の身に何が起こったのか認識する前に男の顎が勢いよく跳ね上げられ、そのまま馬上から転げ落ちて昏倒する。


「て、てめ…!」


「何しやが…」


 周りにいた他の護衛たちが警戒心を総動員させた時にはもう遅く、数分後にはみな地面に這いつくばっていた。


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