第23話 そしてメンちゃんは消えた

 最後の牌を求めて、私と猪狩伎は真っ向からぶつかり合った。


 淡々と、言葉ではない何かを交わす。


 猪狩伎はリーチをかけている。更には1・9の数牌を求めてることがバレてる私と違って、猪狩伎の上がり牌が何なのかは分からない。


 おじいさん達の捨て牌をロンすれば、猪狩伎の方が和了あがる可能性は高いのだ。


 それなのに、自分でも驚くほど平静に、落ち着いて打てていた。

 そうして山牌から牌をツモった時、唐突にさっきの女子トイレでラブさんに言われた言葉が甦った。


『同好会で麻雀してたナルちゃんの方が、楽しそうだったよ』


 麻雀の楽しさを、祖父の思い出を思い出させてくれた言葉だ。

 なぜ今、この時に?


 首を傾げながら、拾った牌に視線を落とすと……鶴の絵が刻まれた牌が視界に写り込んだ。


『どうして索子の1は鶴の絵なの?』


 麻雀同好会に入ったばかりの頃のラブさんの問いに、もう一度答える。


「さぁ、どうしてでしょうね?」


 一羽の鶴が舞い降りて、その役は完成した。


 清老頭チンロウトウ

 全ての面子が1と9の数牌、老頭牌で構成された役。

 出現率の低い役満の中でもひと際、姿を見せず、それ故に――――最も美しい役とされている。


「ツモ。オール1万6千点」

 合計4万8千点。小四喜ショウスーシーの借りは返せた、かな。


                *


「ほらよ、20万」


 点の清算その他諸々はお店側がやってくれた。そして猪狩伎は私達に50万を渡した時と全く同じ気軽さで、計20万円の入った封筒を手渡してくれた。


「…………」


 ごくり、と意図せずに喉が鳴る。差し出された封筒は分厚いという訳じゃない。精々が学習ノートの半分くらいの厚さ。


 それでも、私はどうしてか……すぐに受け取れなかった。


 これを受け取ってしまったら、これまでの猪狩伎との勝負が、あのぶつかり合った時間が、この金額分の価値しかないと認めてしまうことになりそうで――――――


「 いや、さっさと受け取れっての 」


 バチーン! と、猪狩伎がぶん投げてきた封筒が、私の顔面を叩いた。


「いっったぁぁーーーーい‼ 目が、目がぁぁーーーー⁉」

「だはははははっ、ム〇カ・リアル再現だぁー!」

「またそれか……ねぇ、ム〇カって誰なの? メンちゃ……あれ」


 ――――プラ、後で引っ叩くわ。

 私は目にうっすら涙を溜めながら、しゃがみ込んで、足元に落ちてた封筒を拾う。

 キッと投げつけてきた猪狩伎を睨み上げると、彼は頬杖を突いて苦笑していた。


「小娘が何を気にしてんだよ。こんなのはなぁ、実家に帰って来た叔父に小遣いねだるくらいのスタンスで丁度良いんだよ。悪いと思うならはしゃげ、小娘らしく」

「……あなたは、私の親戚じゃありません」


「当たり前だろ」

「だからこそ……ありがとうございました」


 最大限の敬意をもって、私は猪狩伎さんにお礼を言った。

 立ち上がって、腰を折って、頭を下げる。

 握りしめた封筒の幅に重みを感じながら。


 そうして顔を上げて振り返れば――うずうずと歯がゆそうにしているみんなの顔を見れた。えぇ、らしくしようじゃない。


 私は両腕を広げて、プラさんとラブさんを弾ける笑顔いっぱいで抱きしめた!


「帰れる……これで帰れるわよ、みんなぁぁあああ!」

「ぃぃぃいいよっしゃぁぁあああああああ‼‼」

「ありがどぉぉぉぉ、ナルちゃぁあああ!」


 数時間前、私達は無一文だった。

 ほんとうにほんとうに、何も持っていなくて、警察にも頼れなくて……だけどこれで、これでやっと!


「……あれ?」


 止めどなく流れる涙をそのままに抱き締め合っていたけれど、私はふと期待していた感触と反応が一つ足りないことに気付いた。


「ね、ねぇちょっと? 二人とも……メンさんはどこ?」


 欠落した感覚が声色を動揺一色に塗りつぶしていく。

 私の心臓は嫌な鼓動を刻みながら、二人の返答を待つ。そしたら、ラブさんがふるふると首を横に振って、


「そうなの、いつの間にかメンちゃんの姿が見えなくて。わたしもさっき気づいたばっかりなんだけど……」

「なんだよー、一人でトイレかー? あたしも連れてけよ水臭いなぁ~」


 あぁ、なんだトイレに行っただけなのね。ほうっと胸を撫で下ろす。私はてっきり一人でどこかに行ってしまったのかと…………。


「あれぇ? 嬢ちゃん達、気づいてなかったのかい?」


 すると、さっきまで同席して頂いていたおじいさんが目を丸めながら、さらりと語った。



「あの赤い髪の混じった嬢ちゃん。あんたが危険牌なのも関係なく打牌し始めたのを見るや、店の外に行っちまったぞ?」



「――――――へ」


 高揚していた心に冷や水を浴びせられる。


 思いもしなかった事実、もう起こってしまっている過去に、指が凍らされて……私は封筒の中身を床に散らばらせてしまった。

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