第2話 有名の方向性が違う二人

「「 あ 」」


 廊下の向こうから現れた2人を目にした途端、わたし達は2人揃って、声を出した。


 どうして声が出たのか。

 それは2人とも学年の有名人だけど、それぞれ有名の方向性が違うからだ。


「お?」と、金髪の女子――プラちゃんが声を上げた。

「……」と、黒髪の女子は――ナルさんは無言だった。


 あまり見ない組み合わせの2人を前に、わたし達は互いに顔を見合わせ、視線で会話する。


『プラっちなら分かるけどさぁ~?』

『どうして……ナルさんまで?』


 ナルさんこと成瀬実莉。

 文武両道、才色兼備、品行方正などの四文字熟語を体現した優等生。入学式の時点で新入生代表に選ばれて、スピーチまでやって……同じ学年だけど、わたしからすれば雲の上の人。


 ていうか……わぁ、顔ちっちゃい! 肌きれい髪ツヤツヤだぁ~! 『あんな風になれたら』って思っていた人を目の前にして、わたしは憧れに目を瞬かせた。

 そして意外にも思う。――ナルさんも麻雀するんだ? 学校を代表する彼女の新たな一面に興味が湧いてくる。わたしは思い切って聞いてみようと口を開いて……


「うわっ、おっぱいデカ⁉」


 めっちゃでかい声で遮られた。


 めっちゃでかい声の主は、ポニーテールの金髪を揺らしながら、メンちゃんに近づいてきた。


「いや、改めて見たらすごいね⁉ さすが面食いのメンちゃん、このおっぱいで一体何人の男子の視線を釘付けにしたのかな⁉ 揉んで良い⁉」

「揉ませる訳ないでしょ、プラプラ遊んでただけの奴に! だから留年する羽目になるのよ!」

「ちょっ、それは言わないで⁉ あたし、自分のあだ名が嫌いなの! なにプラちゃんって! もっと可愛いのにしてよ、風花だからフウちゃんとか!」


 プラちゃんこと初古風花は、腕をぶんぶん振って、あだ名の抗議をし始めた。

 わたし達が決めたわけじゃないのに……学年の総意というか空気なのに。


「それを言うなら、うちだって嫌いだし! なんなの、面食いメンちゃんって! 人類みんな面食いでしょうが! 誰だって美男美女と付き合いたいでしょーが!」

「あたし学校に3年いるけど、あんたほどあだ名ピッタリの人見たことないよ⁉」


 わたしは、はたと気づく。そっか。この人、本当なら先輩なんだよなぁ。

 しみじみと、底抜けに明るいプラちゃんを見つめる。すごいなぁ……留年したのに何でこのテンションでいられるんだろう。本当にナルさんとは違う方向ですごい人だった。


「お先に失礼」


 そしたら、メンちゃんとプラちゃんの舌戦をすり抜けて、ナルちゃんは先に麻雀同好会の部屋に入っていった。


「あ、まってよ!」


 あだ名の不本意さで言い争ってる二人を置いて、わたしはナルちゃんを追いかける。


 わたしはこうして麻雀同好会の扉をくぐった。


                *


「それじゃあ、入部希望の二人には、軽い自己紹介と動機を話してもらおうかな」

 部屋の真ん中にある麻雀卓に頬杖をつきながら、沼田先生は微笑を浮かべた。

後ろの窓から差し込む陽の光が、先生の輪郭とサングラスを照らし出す。


 子どもっぽいのにどこかニヒルな微笑みに、わたしはドキリとした。

 そんなわたしのときめきなんてどこ吹く風と、メンちゃんは元気よく手を挙げて応えた。


「はーい、じゃあうちから! メンちゃんこと国枝京子でぇす。入会動機はー、ここの合宿旅行が豪華って聞いたから!」

「ちょっ、メンちゃん⁉」


 そんな明け透けに言って良いの⁉ 

 思わずギョッと目を剥いたけど、わたしの予想に反して、沼田先生は寧ろ天井を仰いで笑い始めた。


「正直な奴だなー。だったら、大方俺に勝った奴らが美味しい思いしたことも知ってるな?」

「モチのロン。ちなみにこの子は高級エステ受けたくて来たんだよー」

「メンちゃぁぁああああん!」


 わたしはメンちゃんの肩を掴んで、思い切り揺さぶった。


「なんでばらすの⁉ なんでわたしの動機をあなたが言うの⁉」

「最近お肉ついてきて焦ってるラブちゃんこと本条愛理ちゃんです。痩せて綺麗になりたいんだよね、わかるわかる。健気だねー可愛いねー」


 問答無用でメンちゃんの口を塞ぐ。

 そしてすぐに沼田先生に向き直る。

 とにかく違うって伝えなきゃって思って口を開いたけど、ワンテンポ早く沼田先生の言葉がわたしの耳に届いた。


「えー、なんで? じゅうぶん綺麗じゃん。エステ受ける必要ないでしょ?」


 鶏が卵を生んだみたいに、ポンっと飛び出た自然な言葉。本当に今のままでも綺麗って思ってて、本当になんでエステを受けたいのか全く分かってない声だった。


 そんな純度100%の疑問を沼田先生が言ってくれたことが嬉しくて、息が詰まった。もう飛び上がっちゃいたい気分を抑えようと、クッと力を入れて顔を伏せる。

「り、がと……ございます」


 うつむきながら、嬉しさが詰まった喉から何とか感謝の言葉を紡いだ。沼田先生は「どういたしまして?」と、さらりと受け取った。


 そしたら赤くて顔を上げられないのを良いことに、メンちゃんとプラちゃんが両側からよしよしと頭を撫でてきた。


 なに⁉ なんなのもうっ!

 二人に対して、やつ当たりに近い怒りをめらめら燃やす。

 すると沼田先生はわたし達二人を見ながら、プラちゃんを指さした。


「初古はこの麻雀同好会の最初の部員だ。二人とも分からないことがあったら、そいつに聞け」

「任せんしゃい! 二人とも、あたしのことは尊敬を込めて先輩と呼んでも良いんだぜ⁉」

「「 お断りします 」」

「息ピッタリで拒否らなくて良くない⁉ あたし泣いちゃうよ⁉」


 ショックを受けるプラちゃんを無視して、わたしはメンちゃんと軽めのハイタッチをした。阿吽の呼吸ってやつだね! そしたら沼田先生が首を縦に振って、わたし達に親指を立てる。


「正解だ、二人とも。そいつは所属歴長いだけで、あくまで同輩だからな。雑に扱え」

「沼先、ひどくない⁉」


 沼田先生から散々な扱いを受けるプラちゃんに、わたし達二人は思わず笑ってしまう。場が和やかになったタイミングで、沼田先生はパンと小気味よく手を叩いた。


「さて、せっかく居合わせたんだ。この流れで挑戦希望の一人にも自己紹介と挑戦の同期でも言ってもらおうか。――なぁ、成瀬?」


 そうして沼田先生は、今の今まで一言も発していなかった彼女を……親し気に、しかも下の名前で呼び捨てた。


 すると、ずっと左端で黙りこくっていたナルさんが、キッと凛々しい眼光をサングラスに突き刺した。

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