第3話 麻雀初心者、モチベーション満タン
ずっと左端で黙りこくっていたナルさんが、キッと凛々しい眼光をサングラスに突き刺した。
「名を呼ぶ時は『さん』を付けなさい、沼田和義! それが教師と生徒のあるべき姿よ!」
「やだね、敬称で呼ばれたきゃ、俺を一度でも負かしてから言うんだな」
からかい混じりの口調で肩をすくめる沼田先生に、ナルさんは「くぅっ」と歯噛みしていた。わたしはその光景にホントにびっくりした。
だってわたしがいつも見かけるナルさんの姿は、先生を始めとした大人達からいつも『さん』付けで呼ばれ、敬われている姿だったから。
はぁ~っと憤慨で熱くなった息を吐いて、ナルさんは渋々と、わたし達の方へ向き直った。
「成瀬実莉。生徒からは『ナルさん』とも『ナルちゃん』とも呼ばれています。好きな方で呼びなさい。挑戦の動機は……こ、この男に……麻雀で……負かされているからよっ!」
顔を真っ赤にして、言葉を詰まらせるナルさんに、わたしは目を瞬かせた。
信じられない。
ナルさんが麻雀をやっていたことにも驚きだけど――――沼田先生の麻雀の腕は、あのナルさんをここまで負かす程なの?
でも、どうして麻雀にそこまで……。
そう思っていたら不意に――――ナルさんの視線がぶつかった。
「……なに?」
「えっ、いや」
体に1本の線が通っているような、凛とした雰囲気が鋭い眼光となって、わたしに突きつけられる。刃物の切っ先を目の前にしたみたいで、思わずたじろいでしまう。
「優等生は麻雀やっちゃいけない?」
「ちがっ、そんなこと思ってないよ。ただちょっと意外だっただけで……」
なんだか誤解させちゃったみたいで。だから両手を振って、そういう意味で見ていた訳じゃないことを伝えようとしたら。
「てゆーかさぁ」
後ろからメンちゃんが挑発的な目で、ナルさんを見据えた。
「自分で優等生って言っちゃうって、どんだけ自意識過剰なんだっつーの。それにラブっちは別に麻雀やるな、なんて言ってないじゃん。ただイメージ違うねってだけで。なのに何突っかかってんの?」
チクチクと棘の生えた言葉に、わたしは血の気が引く思いだった。どうしよう、メンちゃん完全に喧嘩腰だ。こうなったメンちゃんは相手が「ごめん」て言うまで、止めない。今までの彼氏達がそうだったから、分かるのだ。
どうしようどうしよう、なんとかメンちゃんを落ち着かせなきゃ。そうしてオロオロしてる間に、ナルさんは首を傾げる。
「何を言ってるの?」
そしてキッパリと、当然のように言い切った。
「 私が優等生じゃなかったら、一体どんな生徒が優等生なのよ? 」
純度100%の疑問が、再び飛び出てきた。
ナルさんは人差し指を1本立てて、「そもそも」と前置きする。
「優等生とは優れた生徒という意味。では、『優れている』とは一般的にどういう意味か? それは『勝ち続けている』という意味よ。入学以降、全国模試では一位を勝ち取り続け、どんなスポーツでも挑戦すれば優勝し続けた。そう、勝つことでしか優秀さは証明できないのよ」
「……はぁ」
メンちゃんはぽかんと口を開けていた。明らかに毒気を抜かれていた。
「なのにっ」
すると今度はナルさんの方がギリッと歯を噛み締め、わなわなと肩を震わせた。そしてここまでずっと暇そうに麻雀牌を弄っていた沼田先生を指さした。
「私は麻雀で沼田和義に負けた! 麻雀において、彼の方が私より優秀だと証明されてしまったのよ⁉ こんなおかしなことってある⁉ よりにもよって、小さい頃から祖父と打ってきた麻雀で‼」
気付けば瞳に閉じ込められていた氷のような闘志が燃えて、炎のような灼熱を帯びていた。
そのままナルさんは毅然とした態度で、改めて沼田先生に宣言する。
「だから私は、私を好きでいるために! あなたを麻雀で負かす‼」
「はっはっはっ、勇ましいねぇ~。やれんならやってみなー優・等・生?」
こうして沼田先生の大人げない煽りで、ナルさん劇場は閉幕した。
わたしの後ろで、プラちゃんとメンちゃんがひそひそ語り合っているのが聞こえる。
「成瀬のあだ名が『ナルちゃん』なのって……」
「うん、ナルシストからとって『ナルちゃん』だね」
あだ名不遇コンビが苦笑してる。
でもわたしは。
「すごいなぁ……っ!」
素直に尊敬した。
――自分を好きでいるために。
なんて眩しい言葉だろう。
自分に自信なんて無いし、自慢できる取り柄も熱中できる趣味も無いわたしとは、あまりに遠すぎて、何より輝いて見えた。
「? どうも」
ナルさんは少し困惑気味に、首を傾げた。
まるでわたしがそう言うのが当たり前すぎて、なんでわざわざそんなこと言ったんだろうって考えてるみたいだった。
わたしはナルさんの手を取って、ギュッと包み込む。
「やっぱりナルさんはすごいよ! わたし応援する! 初心者だけど、わたしも頑張って麻雀覚えるね!」
すると、変なことが起こった。
ナルさんの髪がブワッと膨らんで、顔がポッと赤くなったのだ。そしてわたしの手を振り払うなり、回れ右をしてわたしに背を向ける。
えっと、どうしようわたし何かしちゃった? わたしはおそるおそるナルさんの顔を覗き込んでみる。
「あの、ナルさん?」
「――あなた名前は?」
そっぽを向かれたまま、名前を聞かれる。
あれ?
さっき自己紹介した(正確にはされた)のに……聞いてなかったのかな。
おっちょこちょいなとこもあるんだなぁって思って、クスっと笑ってしまう。
「本条愛理です。あだ名はラブちゃん……です」
……皆に呼ばれるから麻痺してたけど、わたしのあだ名も中々ひどいなぁ。
「そう」と呟いてから、ナルさんはこっちを向いた。セミロングの髪を、指にクルクル巻き付けながら、
「精々、頑張りなさい」
と言った。
頬が少しだけ赤くなってたのが気になるけど、わたしは「うん」と力強く頷いてみせた。
なんというか、今のわたしはかつてない程にやる気が出ていた。
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