第1話 ラブちゃんは欲張りさん
「いいかい、ラブっち。女子高生がうつつを抜かすべきは麻雀なんだよ」
「そこは恋じゃないの⁉」
更衣室で、最近買った水色のブラジャーを褒めてもらえて、喜んでいた直後のことだった。ブラを飾る牡丹の花柄のレースを撫でながら、メンちゃんはしたり顔でそう言った。
「ていうかくすぐったい! やめて!」
頭を叩こうとしたら、メンちゃんは素早い身のこなしでわたしから離れる。メンちゃんは下着姿のまま、腰に手を当てて「ちっちっち」と指を振っていた。
「甘いねぇ~ラブっちは。身のこなし恋愛観も甘々だね~。だから3組のラブ&ピースなんてあだ名つけられるんだよ」
「そんな風に呼ばれたことないよ⁉ なにその駅前の募金活動みたいなあだ名⁉ というか、あだ名のことでメンちゃんに言われたくない。3組のTHE☆面食いに言われたくない」
「うちはきちんと基準を設けてるだけだよ」
メンちゃんは何食わぬ顔で男の子みたいな短い髪をパサッと広げる。すると内側だけ染められた
――ドキッと胸が高鳴った。
ボーイッシュなカッコ良い顔つきと、女の子なら誰もが羨む体つきとのギャップに、わたしはときめいてしまう。……仕草がいちいち様になるんだよなぁ、メンちゃんは。
「うぅ~」と唸りながら、わたしは着替えようとしていたブラウスで顔を隠す。
「ん~? どうしたラブっちぃ~。顔隠しちゃって可愛いなぁ」
「か、からかわないで……それより! 急に麻雀だなんてどうしたの?」
からかわれる前に、わたしは咄嗟にメンちゃんが振ってきた話題を振り直す。
「いやぁ、なんかハマっちゃってさぁ」と言いながら、メンちゃんはロッカーからスマホを取り出した。……いや、スマホより先に着替えようよ。
ちらちらと目に入る真っ赤なブラとパンティをなるべく見ないように、スマホを覗き込む。メンちゃんが見せてくれたのは、麻雀のゲーム画面。見かけるけど意味は知らない柄の入ったブロックの列が並んでる。
メンちゃんは楽しそうに麻雀について語ってるけど……長年、友達をやってきたわたしには分かる。こういう時って大体、彼との付き合いが上手くいってない時なの。
「また彼氏と別れたの? それとも他のカッコいい顔の人見つけた?」
「あんた、うちのことなんだと思ってんの⁉」
「3組のTHE☆面食い」
もしくはわたしの高校で一番モテる女子高生……って本人には言えないなぁ。わたしは心の中に留めておいて、肩をすくめた。
「しょうがないじゃん! あいつ、うちのおっぱい目当てだったんだもん! 別れて当然!」
「やっぱり別れてんじゃん⁉」
ついでに最短交際歴2週間を更新。ニューレコードだ。
今に始まったことじゃないけど、わたしはこの面食いの友達の将来が心配になった。それが顔に出ていたのか、「ジト目やめろー!」って、メンちゃんが叫んだ。
「いや違うの、ラブっち。確かに麻雀始めたのは男いなくて寂しかったからだけども」
「せめて彼氏って言って⁉
「言い方可愛いな⁉ でも、ラブっち、もう少しアンテナ張って流行に詳しくなろうよ。その様子だと、うちの高校で麻雀がプチ流行りしてるの知らないでしょ?」
「そうなの? でもなんで……」
「ふっふーん、ということは、やっぱりアノ噂も知らないわよね?」
首を傾げるわたしを見て、メンちゃんは誇らしげな顔で胸を張った。
そうして、ある噂について耳打ちした。
曰く、麻雀同好会の合宿旅行はとっても豪華だということを。
わたしは眉をひそめた。
「もしかして、それで麻雀始めたの?」
「いや、けっこうマジなんだって!」
「そもそも、この学校に麻雀同好会なんてあったの?」
「いや、うちらが入学した時は無かったよ。ほら、3学期に赴任してきた先生いるじゃん。あの人が作ったんだって」
あっ、沼田先生のことね。
話を聞いてピンときた。1年の3学期、確かに男の先生が赴任してきた。全校生徒の挨拶でサングラスをかけて出て来た印象が強くて、覚えている。
「そういえば、あの時、『特技は麻雀です』って言ってたね」
「そうそう。『バイト代搾り取られたい奴、後で職員室に来い』ってね」
わたし達はお互いに顔を見合わせて、花が開いたように笑った。
その時の朝会はすごく面白くて、他の生徒も大うけだったのを覚えている。
「そっか、じゃあ沼田先生が麻雀同好会の顧問なんだ? でも、それと合宿旅行が豪華になること、どう関係するの?」
「ふっふーん、これは校長とか他の先生には極秘なんだけどね…………」
メンちゃんはまた誇らしげに、わたしに耳打ちをする。
話はこうだった。
あの朝会の後、本当に勝負を仕掛けに行った生徒達がいたらしい。もちろんバイト代を捧げるためではなく、逆に先生から搾り取ろうとして。
特技に挙げるくらいだから、沼田先生はすごく強かったけど、結局麻雀は運が大きく絡む。常勝とはいかず、先生に勝ち星を挙げる生徒はごく少数だけど、いたのだ。
そのごく少数の生徒は、先生にその時欲しい物を買ってもらったらしい。
人気バンドのライブチケット等は序の口で、バッグとか靴とか高級レストランだとか、とにかく高校生じゃ手の届かない金額の品々を。
「ヤバくない⁉ きっと
「 怪しすぎるよぉ! 」
あまりの犯罪臭に、わたしは肩を抱いて身を引いた。けどメンちゃんの目を見て、まずいと感じた。――この子、すっかり本気にしちゃってる!
わたしはメンちゃんの肩を掴んで揺さぶった。
「それ絶対なにか裏があるやつじゃん! 駄目だよメンちゃん、騙されちゃ!」
「心配するなって、ラブちゃん。沼先、良い奴じゃん。なによりイケメン」
「言った傍から! 確かに沼田先生は良い先生だよ? 気さくだし授業もジョーク多めで面白くて、落ち着いている所もあって大人っぽいし……背高いし、足長いし、確かに夢中になっちゃうけど――――それでも外面の良さに騙されちゃダメ!」
「うちよりラブっちの方が危険じゃない? ころっと騙されそうじゃない? もう既にメロメロじゃない?」
ぎくっと肩が跳ねる。ギギギとさび付く首を捻る。
「そ、そんなこと……ないもん」
「ふーんラブっちあーいうのがタイプなんだー? けっこう欲深っていうか欲張りさんだねぇ」
「そんなことないもん!」
ニヤニヤと頬を緩めてるメンちゃんを睨む。そしたら不意にメンちゃんが手を伸ばした。
とっさのことで反応することもできなくて……滑らかな指先がわたしのわき腹を撫で上げた。
「ひぁっ⁉」
「……ラブっち、あんた肉付いてきたね」
指摘が稲妻の如く落ちてきて、頬がぎくりと強張った。
「な、なにを」
「隠せてると思っていたのかなぁ~?」
「は、話をずらさな……って、いつの間に後ろに⁉」
するりと傍らを通り抜けて、メンちゃんはわたしの後ろに立った。そこからのメンちゃんの動きは素早かった。
左腕を腋に通して、わたしの左肩をがっちり掴まえる。右腕がわたしのお腹に回ってきて、手のひらが腰からわき腹の間をゆっくり行ったり来たりする。
「はっ……うぁ⁉ ちょ、どこ触ってんの⁉」
「あら~、中々付いてるね~」
ピンと立てた長い人差し指が、最近気にしていた下腹に円を描く。押し当てられたおっぱいの潰れる感触や、肌の上を奔るこそばゆい感触よりも、体型のことを指摘されたのが一番――――恥ずかしいぃ…………っ!
じわりと目に涙が込み上げるのを感じた時、熱くなった耳に涼しい言葉(いき)が吹きかけられた。
「高級エステ、行きたくないで・す・か?」
恥ずかしさで渦を巻いていた頭の中が静まり返る。反対に胸の中からむくむくと膨らむ想い。メンちゃんはわたしの髪を耳に掛けて、続けてささやいた。
「沼田に勝った生徒の中にさぁ、高級エステ行った奴がいるんだけど、すごかったよ~? 見事なビフォーアフターでさ。残念ながら、画像は消されちゃったけどさ」
騙されるな、わたし。これはメンちゃんの罠だ。
あんな怪しい噂を真に受けちゃダメ。
「肉付いたって言ったけどさ、リンパ刺激して、
「………………」
むくむくと風船みたいに、想いが、願望が膨らんでいって……。
「ねーぇ、一緒に麻雀同好会入ろうよー。夏の合宿終わったら、辞めて良いからさ」
「…………夏までだからね」
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