第33話 奈落の〇口

 縋りついたプラっちの背中が愉快気に揺れるのを感じて、うちはプラっちの頭をしばいた。


「いつまで笑ってんのよ!」

「だって! だってさぁ~」


 無事に合流できたものの、背後からプラっち達が現れたもんだから、うちらはたまらず甲高い悲鳴を上げてしまった。その時の怯え様がツボに入ったみたいで、プラっちは先導中もこうして思い出し笑いをしていた。


「ラブさん。掴まっても良いと言ったのは私だから、こういうことは言いたくないのだけれど……もう少し早く歩いてもらえないかしら」

「むりぃぃぃぃ」


 後ろを振り返ると、目を瞑ってナルっちの腕にしがみつくラブっちが、ナルっちの歩みを遅れさせていた。


「まぁ、2人には悪いけど、あたしは嬉しいよ。やっぱ麻雀同好会は4人揃ってないとな~」


 プラっちは部屋に差し掛かる度に、フラッシュを炊いて、部屋の全体像を撮影する。決して部屋には入らず、廊下側から1枚写真を撮るだけだ。


「なんで、そんな部屋ばっか撮ってんの?」

「いや、なんか面白いの映らないかな~ってね。人生に一回くらいは心霊写真撮ってみたく」

「「 ない! 」」


 うちとラブっちは声を揃えて、強く否定する。そんなもん撮ってたまるか! 

 でも、プラっちの意志は思いのほか固くて、廃ビルの部屋を制覇する勢いだった。


 そもそも、このビルは元々何の建物だったんだろう? ホテルかと思ったけど、たまに体育館並みに広い部屋もあるし。そんな意図不明な廃ビル探索も終わりが近づいてきた。


 最上階のフロアに着いた。

 そこはこれまでのフロアとは明らかに毛色が違っていた。


 まず、廊下に敷かれてるのがふかふかのカーペット。歩く度に埃が立つけど、品質の良さはあのグランドホテルのカーペットと良い勝負だった。


 宿泊部屋と思しき部屋の広さも内装も、これまでのフロアの部屋とは一線を画していた。


「やはりこのビルは元々ホテルだったようね。さしずめ、ここはVIPフロア」

「そうなの? でも、ホテルにしては変な部屋あったじゃん。あのバカ広い部屋」


 シャッターを押す手を止めずに、プラっちは宿泊部屋を順繰りに撮っていく。

 目が闇に慣れてきたのか、ナルっちが髪に耳をかける様子が見えた。


「おそらくホールじゃないかしら。各フロアに1つずつ、あの大部屋があったことを考えると、厳格に客をランク分けしていたみたいね」


 唇に指を当てて、探偵みたく推測してる。それがすごく様になっていて、そのまま彫刻にしても良いと思えるくらい綺麗だった。


「これまでの傾向から鑑みて、次の部屋がこのフロアのホール。つまり、最後の一部屋ね」

「プラちゃん! 早く撮ってきて! それでもう早く帰ろうよぉ!」

「おーし、名残惜しいけど仕方ない。行っくぜぇぇぇぇ‼」

「ちょっ、いきなり走んな!」


 さっさと肝試しを終わらせたいラブっちの想いに応えて、プラっちが廊下を駆け出した。そしたら、こいつの背中にしがみついていたうちも走ることになる。


 手を離せば良いだろうけど、それが出来ればうちは最初からプラっちに縋りついていない。


 つんのめりそうになりながら、プラっちの廊下ダッシュについていく。暗い廊下の向こうで一部分だけ月光が漏れている箇所がある。


 おそらく、そこが最後の大部屋だろう。開けっ放しにされているドアの前に躍り出て、プラっちは達成感と共にチェキのしぇったーを押し込んだ。


「よっしゃ、これでコンプリートだぜ!」


 バシャリ‼ と、今の今まで気にならなかったシャッター音がやけにうるさく聞こえる。


 フラッシュの閃光が広いホールの一部を照らし出す。


 一部だ。部屋全体じゃない。だからこそ、うちは思ってしまう。


 


 ジャケットを肩に掛けたスーツ姿の男と、腰まで伸びた白い髪の美女が互いに向かい合っていた。

 でも今は、二人とも対面の相手ではなく、うちらに視線を向けている。


 男は怪訝そうに眉間にしわを寄せて、女は意外そうに赤い瞳を真ん丸にして。


 そんな二人の足元には――――――


「なんだお前ら」


 淀んだ目の男が、うちらに向かって腕を伸ばした瞬間。

 風船が破裂したような音が、爆音量となって耳をつんざいた。


「 え 」


 プラっちの、呆けたような声が聞こえる。

 ツン、と鼻を刺すような匂いが流れてくる。

 どこか嗅ぎ覚えのある匂いだなって思って……3日前のことを思い出す。


 花火の匂い、火薬が燃える匂いだ。


 その匂いが流れる方へ視線を向ければ…………廊下の壁に深々と穿たれた弾痕が、目に飛び込んできた。


「……え?」


 再び正面を向くと、奈落の穴を思わせる銃口が、うちらを真っすぐ見据えていた。

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