第4章 laugh tale 笑い話にするために ※ラブちゃん視点
第34話 仔猫と拳銃
パンッ、と弾けるような音が空気を塗り替えた。肩が跳ね上がって、真っ白になった頭の中に疑問だけが滲み出てくる。
――――なんのおと?
響くけど、とても軽い音。なのに、その音が聞こえただけで、胸元にまで蟻が群がってくるような不安が呼吸をし辛くする。
数歩。
たった数歩離れた所で、メンちゃんとプラちゃんが固まってる。ホールを見て、固まってる。なに、なにをみたの? 二人はなにをみて……いま、わたしたちになにがおこってるの?
「どうしっ」
二人に質問する前に、隣にいたナルちゃんの手がわたしの口を塞いだ。間髪入れずに、ナルちゃんはわたしごと、横に開け放たれていた宿泊部屋に飛び込んだ。
そこから先は、ぜんぶ、一瞬だった。
「うぉぉぉぉぉおおおお⁉」
「ひゃぁぁぁぁああああ⁉」
メンちゃんとプラちゃんの悲鳴と、ドタバタと激しい足音が聞こえる。ナルちゃんは、わたしを宿泊部屋のドアの裏に押し込んで隠した。
そしたら、プラちゃんが持っていたはずのチェキが部屋に勢いよく転がり込んできた。ナルちゃんはチェキを――この場に人がいる証拠を咄嗟に拾ってから、ドアの裏に隠れる。
ナルちゃんの胸の中で、わたしは二人が廊下を全力ダッシュする音を聞く。
――――逃げて!
何からなのか分からないけど、わたしはとにかくメンちゃんとプラちゃんがホールで見つけた恐ろしいものから逃げおおせることを祈った。
目蓋をギュッと閉じたら、隙間から涙が滲んでこぼれる。
にげて、無事でいて、にげて、とにかくにげて。
とにかく祈る。祈って、祈って、祈って、祈ったわたしの耳朶に。
パァンッ‼ とさっきよりも近く、さっきよりも大きく、あの音が届いた。
すぐ近く、ドア一枚隔てたところで音が鳴ったことで、わたしはようやくその正体が銃声だと悟った。
「やめ」
パパァンッ、と銃声が二重に響き渡って、わたしの掠れた声を掻き消した。
「…………っ‼」
飛び出そうとした瞬間、ナルちゃんが力尽くでわたしを壁に抑えつける。声にならない悲鳴がナルちゃんの手のひらでくぐもる。
頬を伝ったわたしの涙がナルちゃんの手を濡らす。それでも、ナルちゃんは手の力を緩めなかった。下唇を噛んで、必死に声を押し殺していた。
ずるい、よ。
わたしは力なく腕を垂らす。
うつむくわたしの額と重ねるように、ナルちゃんが項垂れた時だった。
「……なんで邪魔をした。メリッサ?」
ドアの向こうで、陰鬱な低音が響いてきた。声に反応して首をもたげると、ドアの隙間から、向こうの様子が垣間見えた。
「っ!」
目を見開いて、ドアの隙間に額を埋めるくらい前のめりになる。
ナルちゃんが押し返すけど、わたしは構わずドアの隙間から廊下の状況を窺った。
メリッサと呼ばれた白い髪の女の人が、男の人の腕を捻じり上げている。掲げられた手には煙を漂わせる銃口が握られていて、天井に二つの穴が開いていた。
「目撃者は消す。
どんな奴でも。まさかお前ともあろう奴がガキ殺るのを躊躇うってのか?」
生きてる……二人はまだ、生きてる!
メンちゃんとプラちゃんの顔が思い浮かんで、わたしはパッと顔を上げた。噛み締めていた唇を放して、ナルちゃんもほっと息をついていた。
きっとわたしもだろうけど、密着してるナルちゃんの体から強張りが解けていくのを感じる。安心して、緩んだ胸の内が――――次の一言で凍りつくことになる。
「あと二人いるねェ」
突然胸に穴を開けられた。そう錯覚してしまいそうなほど、わたし達は女の人の言葉に竦み上がる。
「なに?」
「逃げた二人とは、また別の二人ねェ。
だからあんまりパンパン撃たないでくれるゥ?
始末よりもォ、捕まえて居所吐かせましョ? ほら、行った行ったァ!」
「……お前、なんか勘違いしてねぇか? 俺はお前の部下じゃな」
「 勘違いしているのはどちらだ 」
ギシリ、と空間が軋んだ。
ドアが、廊下が、廃ビル全体が悲鳴のような音を立てて軋む。まるで、女の人の気迫で建物そのものが掻き毟られているようだった。
「人避けも十分にせず、一般人を立ち入らせ、要らない殺しと処理をさせられる羽目になってるんだぞ? とてもじゃないが
ドアの隙間からじゃ、女の人の、腰まで伸ばした白い髪しか見えない。
それで良かったと、わたしは心の底から思う。ギシギシと恐怖で圧迫される心でそう思う。
あの女の人の顔を、真正面から見なくて良かった。
「だが、本社からの指令でね。
貴様如きでも、対等かつ丁重に相手しなければならないんだ。
でなければ、誰がこんな東洋くんだりまで足を運ぶものかよ」
建物全体を揺らした。そう思わせるほどの怒気を、真正面から叩きつけられた男の人は恐怖の色をありありと浮かべて、後退りする。
「わ、わかった。すまない、こちらの失態だった」
「……良いかィ? 殺さずに捕らえてくるんだ。そっちのほうが仕事柄、得意だろゥ?」
圧迫感が霞となって消える。
威圧から解放されて、膝から力が抜けてわたしは崩れ落ちそうになった。ナルちゃんが咄嗟にわたしの股に足を差し込んで止めてくれた。
あ、あぶっ……ごめんナルちゃん。ありがとう!
声を出さずにそうっと、壁に背を擦りつけながら、元の態勢に戻る。
とにかくまだ廊下の様子を見なきゃ。あの男の人は本当にいなくなったの?
ドアの隙間を覗こうとして――――――コンコン、とドアをノックされた。
表から裏へ。向こう側からこちら側へ、声を投げかけられる。
「もしもーしィ。そこにいるのは分かってるよォ、可愛い
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