第27話 優しく、一瞬で握り潰す
「んふふふふ~~~」
うち、ご満悦。
オッサンズからそれぞれ1万円払われて、2万円を団扇のようにそよがせる。
「くっそ~~、まさかテンピンで諭吉が飛ぶとはなぁ」
「
半荘ってのは、麻雀でいう一試合みたいなもの。試合は、東場4局・南場4局で構成されてるのがほとんどだ。
「んふっふ~、悔しがって2回も3回も半荘するからだよ~」
「うるせぇいやい、小娘め!」
「まぁ、ちと高い小遣いやったって思えば良いかな?」
オッサン1は清々しい顔で悔しがり、オッサン2はもう後悔を落ち着かせていた。
うちが「ありがとーおじいちゃん」って可愛い声で言ったら、オッサン1に頭を叩かれた。雀卓を囲んで朗らかに笑い合っていると、春木くんがスマホ片手にトイレから戻って来た。
「おい、春木。お前早く国枝ちゃんに負け分払えよ。お前が一番多いんだからな」
オッサン1がニヤニヤと頬を持ち上げる。
そうなんだよね……さっきのは特にツイてたから、ついついテンション上がっちゃって……。気づけば春木くんをめっちゃ負かしてしまっていた。金額にすると――2万円くらい。
汗がだらだら流れて、春木くんの方を見れない。
どうしよう、払わなくても良いよって言ってあげたいのはやまやまなんだけど……取り巻く事情がそうさせてくれない。
「あ、あの春木くん。ごめ」
「国枝ちゃんごめんなんだけど」
春木くんはうちが言おうとした言葉を先取りして、パンと手を合わせて拝んだ。
「手持ちが今なくてさ。今コンビニとかで引き落としてくるから、ちょっと待っててくれないかな?」
……ふぇ?
てっきり怒っているかと思って、拍子抜けする。けれど、すぐに現実に追いついて、うちは食い気味で申し出を出した。
「いえ、だったらうち付いていきますよ! 一緒に行きましょ?」
オッサンズの負け分は貰ってるし、マナー的にも雀荘を抜けても大丈夫だろう。
そう思って見やると、オッサン1は「しっしっ」と追い払う仕草で、オッサン2はニコニコ手を振ってる。
多分、というか明らかに、うちが春木くんに気があるのを察してる様子だった。
「それじゃあ、オジサン達……ばいばい」
またね、と口にしかけて、つぐむ。
そうだ、うちらここには旅行で来たから……もう一度ここに来れる保証なんて無いんだ。どうやら別れを惜しむくらいには、うちもオッサンズを気に入ってたみたいだった。
二人に見送られ、春木くんにドアを開けてもらう。
雀荘を出る前にオーナーにも会釈する。
ドアが閉められる直前、「またのお越しを」と聞こえた気がした。
春木くんのエスコートで階段を降りて、ビルから出る。夏の夜はすっかり深まっていて、夜風が少し涼しかった。
「さて、それじゃあ駅に行きましょうか」
ここからだと駅まで5分くらいかな。遠目から駅の灯りがまだ灯っているのが見えた。そうして駅の方に向かおうと足を進めたら、
「あ、わざわざ駅に行かなくて大丈夫だよ」
そういって春木くんは駅から反対の方向を指さした。真っ暗な道だけど、その先の十字路に差し掛かったところに、一本の街灯が心もとない光を放っていた。
「あそこの十字路曲がった所にコンビニがあるんだ。そこのATMで下ろすから」
「えっ……と」
あれ、夜って、こんなに暗かったっけ?
雀荘巡りで駅前をウロついてたけど、ぶっちゃけ東京の街並みとそこまで変わらないと思ってた。でも少し駅から離れただけで、どこまでも沈んでいけそうな夜の闇がとっぷりと広がっていた。
これが、東京と地方の違いってやつなのかな。
底の無い闇が、すぐ傍らにいる感覚。
気づけば、冷たくなった左腕を押さえてた。
そんなうちを見て、春木くんはくすっと微笑む。
「だいじょーぶだよ、ほんとに曲がってすぐだから。そんなに不安がらなくてもいーじゃん?」
「あ、ちがっ、ちがうの! 別に春木くんを疑ってる訳じゃなくて! その、意外と暗くて」
春木くんの声音に少し棘を感じて、慌てて否定する。あくまで暗いのが怖いのであって……彼自身に恐れを抱いてる訳じゃない。
うちの本心を察してくれたのか、春木くんはモデルみたいな笑顔を浮かべて、手を差し出してくれる。
「手、繋げば怖くないでしょ」
「――はい」
差し出された手を握る。指、長い。柔らかく包み込んでくる手のひらは温かくて、冷えていた左手に血の気が戻ってくる。卵でも握るように、そっと優しく包み込む。うちの歩くペースに合わせて、ふんわりと手を引かれる。
こんな手の握り方、されたことない。
大切にされていると、頭じゃなくて心で感じ取れる。
ヤバイ、本当に好きになりそう。いやというか自然とエスコートしたり、さらりと手を差し出したりするなんて、もう振る舞いからしてカッコいい!
夜の闇なんてもう気にならないくらい、うちの心は春木くんに夢中になってしまっている。つーか逆に真っ暗で良かったかも。ニマニマしちゃう頬とか、飛び跳ねそうになる足を見られずに済むから。
「ねぇ、国枝ちゃんってさ、旅行か何かでここに来たの?」
「え、正解。なんでわかったんですか?」
「いやぁ、仕草というか雰囲気が何となくこの街の人っぽく無くてさ」
「へぇ~、やっぱりそういう街独特の空気感とかあるんだなぁ。じゃあ! 逆にうちがどこから来たか当ててみてくださいよ」
「おっ、そうくるか。んー京都とか?」
「ぶっぶー。ちゃいますよー。なんで京都って思ったんですか?」
「違ったかー。いや、自分のこと『うち』って呼んでるからさ」
「アハハ! 今時は東京でも『うち』って呼ぶ子いますよー」
「なるほど、東京から来たのか」
「しまった、墓穴掘っちゃった!」
あー楽しいなぁ。
これでお金払わなくても良いよって言えたら、何のわだかまりも無いのに。おしゃべりが楽しくて、あれだけ怖かった真っ暗な道はもうすぐ歩き終えそうだった。
十字路の街灯の光が届き始めて、今まで見えなかった春木くんの横顔が見えそうになる。
「あの、春木くんさえ良かったらなんだけど、連絡先交換しない? 東京に帰った後も、うちとやり取りしませんか?」
キャー言っちゃったァ‼
心臓がバクバクうるさすぎて鼓膜にまで届く。でもスゴクない⁉
これで連絡先交換できたら、旅行先から始まる恋的な? すごいロマンチックなことが始まりそうで
「それは別に良いかな」
浮かれた心をバッサリと両断される。
ショックで真っ白になった頭に――――タイヤが路面を強く噛む音が鳴り響いた。
「え?」
街灯の真下で、急に停車してきた真っ白なバンが照らされている。
凍りつくような怖気が雷みたいに頭のてっぺんから爪先まで駆け落ちる。
思考が現状を把握するよりも、心が恐怖を感じるよりも早く、逃げようと後ずさりをしたら。
優しく握ってくれていた春木の手が、ぐしゃりと卵を握りつぶすように、うちの手首をきつく締めつけた。
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