第12話 ホテルのサービスは要チェック

 前しか向いていなかった私はそこで、ラブさんの視線を追う。その先に広がっていたのは――――ビル群と道路を通る車の群れだった。


 東京ほどじゃないけれど、先人が築き上げ、人々が息づく街が雲の切れ間から差し込む陽の光に照らされていた。


「「 街だぁあああああ‼‼ 」」


 メンさんとプラさんも気づいたようで、ガードレールから身を乗り出して、思い切り叫んだ。


 気づけば、私達は峠に差し掛かっていた。進むことに必死過ぎて気づかなかった。


「……ひぐっ」


 思わず嗚咽が込み上がる。


 この先に街なんて無いんじゃないか。あったとしても、こんな山を二つも三つも超えた先にしかないんじゃないか。


 誤魔化し続けた、考えないようにしていた不安が解けて、どんどん瞳が潤んでく。


 あ、だめだ。泣く。泣いちゃう泣いちゃう泣いちゃ……。


 ドンっと腹部に加えられた衝撃で、盛り上がっていた涙が飛び散った。


 バランスを崩しかけて、とっさに踏ん張る。

 何事かと思ったら、ラブさんが私のお腹に顔を埋めていた。何の真似かと聞く前に、メンさんとプラさんも走ってきて私に抱き着いてきた。


 何事⁉ 

 困惑よりも早く、三人の思い思いの言葉が届いてきた。


「ナルさんありがとぉ!」

「もう駄目かと思った……」

「ナルさんがいてくれて良かった……よがったよぉぉお」


 おいおいと泣く三人を見てたら、涙が引っ込んでいってしまった。

 私はため息をついてから、頬を緩める。やっぱり、私がいないと駄目なんだから。


「ほら、離れる! 街まであと少し! 残りは下り! さっさと歩き」


 ――――ブォォォオオン、と後方からエンジンの唸りが聞こえてきた。


 私が振り返るより先に、ラブさんが私の肩を掴んで道路の端に寄せてくれた。白の二段バスが所狭しと走り去っていく。


「……あっ! ヒッチハイク!」と、呆けていたメンさんが気づく。ちゃんと話聞いてたのね。


「すみませぇぇええん! 乗せてくださぁぁぁい!」


 止める間もなくプラさんとメンさんは手を振りながら全力ダッシュし、バスを追ういかける。

 無理だ。追いつけない。声が聞こえていれば止めてくれる可能性もあるけれど……望み薄ね。

 私はラブさんの方を向いて、「ありがとう」と言った。すると彼女は照れ臭そうに微笑んだ。


 可愛らしい。


 少し良い気分になったところで、私は下り坂を歩いていく。

 二人はどこまで走っていったのだろうか。まぁ、歩いていけば追いつくだろう。

 そう思っていたら後ろをついてくるラブさんが「そういえば」と声を掛けてきた。


「さっきのバス、ホテルのバスだったね」

「そうなの? 一瞬で見えなかったわ」

「うん。ホテルの名前書いてあったよ。あのホテルからバス通ってたんだね~」

「ふぅーん。まぁ、あのホテルならその位のサービスあってもおかしくな」


 ビタリと、足が止まる。


 待って。

 待て待て待て。

 考えてはいけない。

 けれど、答えはほぼラブさんが言っていたため、思考を止める間もなく、私の頭脳は気づきたくない真実を浮かび上がらせた。


 ずばり、『置き去りにされた時点でホテルに引き返していれば、街まで楽に行けたのでは?』という……真実が。


「ああぁぁああああああああーーーーーーーーーーーーっっっっ‼‼‼」


 ヒビが入っていた理性が完全に砕けた。


 私は絶叫しながら、峠道を猛然と駆け降りて、メンさんとプラさんを追い抜いた。


 こうして私達4人は山を下りるまでに全員壊れた。

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