第13話 チャルメラの音聞くと、お腹すく
とっぷりと日が暮れた頃に、私達は震える足で街に降り立った。
山の闇に慣れた目に、文明の灯火が痛いくらい沁みる。
誰が言うまでもなく、私達はとりあえず街を散策することにした。なんだか微妙な沈黙が流れる中、ラブさんが遠慮がちに口を開いた。
「ど、どうするの? これから」
「どうするたってなー。こん中で財布持ってる奴いる?」
プラさんが問いを振るが、既に分かり切った答えしか出ない問いだった。誰も何も言わず、それで返答は充分だった。
プラさんは大げさにため息を吐き、メンさんの胸元をじろりと見る。
「な、なによ?」と、両手を交差させて、今更ノーブラをガードする。
「いや、谷間にクレジットカードとか一万円札挟んでないかなって」
「しないわよ! 馬鹿じゃないの⁉」
してないのか……。
若干、期待していた自分が馬鹿だった。
どうやら疲労でまともに頭が回っていないわ。
眉間に手を当てていると、メンさんが不意に「あれ?」と声を上げた。そして信じられない発言をかます。
「なんでうちブラしてないの?」
「…………」
私とプラさんが絶句する中、ラブさんが素早く「気にしちゃダメだよ」と微笑んだ。その微笑みから何かを察したのか、メンさんは話題の方向性を変えた。
「だいたい仮にうちがお金持ってたとしたら、あんた達何する気だったのよ?」
「飯に決まってんでしょ⁉」と、プラさんの腹が鳴り、
「ベッドで寝たい……」と、ラブさんがさめざめと顔を手で覆い、
「いや、飛行機代が先でしょう⁉」と、私は信じられない想いで二人を見やった。
とにかく帰ることに集中すべきで、その他のことなんてどうでも……
「何言ってんの、あんた達。シャワー浴びて着替えるのが先でしょうが‼」
「何でよ⁉」と、私はメンさんの言葉に目を剥いた。
「今の状況的に身なりなんて一番どうでもいいじゃない⁉」
「何ほざいてんの、ナルっち! うちらの現状、乙女的にヤバいかんね⁉」
そう言って、メンさんは雨水と汗で一度ぐっしょり濡れ、今は夏の熱気で生乾きの制服を指さした。
客観視して、言語化してみたら、確かにひどい状況だ。気にしていなかったけれど、傍から見たら私達はおよそ「女」と認識されないレベルだろう。
「いや、でもそんなこと言ってられないでしょう⁉ 無人島に取り残された時にも、あなたは身だしなみを気にするんですか? しないでしょう⁉」
「ここ無人島じゃないじゃん! てか本土じゃん! うちら以外にも人いるじゃん! そんなんだからナルっちモテないんだよ!」
バチリと、頭の中で何かのスイッチが入った。
途端、どす黒い炎が胸の内で燃え上がる。
「今……異性の好感度は関係ないでしょぉぉおお⁉」
私はメンさんに詰め寄るが、メンさんは退かず、逆に前に出る。額と額がくっつきそうなほどの至近距離で、私はメンさんの瞳を睨み据える。
それは向こうも同じだった。
「ラブちゃーん。これちょっと止めないとまずいんじゃ」
「……もう……好きにしたら良いと思う……」
「あー、こっちも限界来てたかー」
そんなやり取りが聞こえてきた気がしたけど、メンさんが口火を切ったことで、二人のことは意識の外に追いやられた。
「最初っから気に入らなかったんだよ、うちは! ちょっと小顔で、ちょっとモデル体型に生まれたからって、綺麗になる努力もしないで!」
「私からすれば、あなたの方こそ理解できない。異性にモテることの何がそんなにすごいの?そんなのがステータスになるのは学生の間だけよ。それとも、何? 履歴書に、異性に告白された回数でも書くつもりなのかしら?」
「アハッ、履歴書て。さすが優等生だわー、価値観カチコチに凝り固まってるわー。ナルっちって絶対、お局様になりそー。つまんない奴!」
このっ、
カァッと目頭が熱くなって、激情しか込められていない言葉が胸から喉元までせり上がってきた。
とにかく怒りを発散させたくて、口を開こうとしたら――――私達の間にお鉢を持った手が割り込んだ。
お鉢の中から漂ってきた湯気が頬に当たり、食欲をそそる濃厚な香りが鼻腔に入り込む。
『一時休戦』と言わんばかりに、私とメンさんのお腹がほぼ同時にクゥと鳴いた。
お鉢を差し出したプラさんがニカリと屈託なく笑い、元気よく言い切った。
「ラーメン食っべよーう!」
彼女の背後から、チャルメラの音が後光のように響いてきた。
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