第2章 老頭牌に宿る美鶴 ※ナルちゃん視点
第11話 フライアウェイ! 壊れるJK
私達4人は、最初「怒り」を糧にしていた。
沼田和義への怒りが足を前に進ませていた。
けれど田んぼのあぜ道を抜けて山道に入る頃には、私達はもう怒ることすら出来なくなった。
舗装路が通っていて助かった。ひたすら辿っていけば、いつかは街に辿り着く筈だし、車が通りかかればヒッチハイクも可能だ。
「……来ないね、車」
「……黙って歩きなさい」
とにかく歩き続けるしかない。
それしか帰る手段がないから。
ただ淡々と山道を登り続けてる。
時間は憎たらしいほどゆっくりと過ぎ去っていく。
夏合宿の楽しい思い出が蘇りかけ、私はぶんぶんと首を振って追い払う。
考えるな、成瀬実莉!
過去を振り返っても、未来に想い馳せても、駄目!
でないと頭がおかしくなる!
『人』として生きていく上で大切な何かに、ヒビが入っていく感覚だけがあった。
私は懸命に抗ったけれど…………
ひと足早く限界が来たのはメンさんだった。
「こんなもん着けてられっかぁぁぁあああああ‼」
突然叫ぶや否や、彼女は水色のブラジャーを外し、空に掲げた。「暑い暑い暑い」と連呼しながら、ブラジャーをぶん回す。ぶるんと揺れたメンさんの巨乳に、プラさんがブッと噴き出す。
「イエーイ!」と、だんだん楽しそうに振り回していくメンさんを、ラブさんが心配して声を掛ける。
「どうしたの⁉ どうしちゃったのメンちゃん⁉」
「もうアハッ、がまんできなッハハハ!」
キャハーと飛び跳ねるメンさん。
もう完全にはっちゃけていた。完全にイッチャっていた。
テンション爆上がりのメンさんは腕を振りかぶり、
「イェェェェェェェェエェイ‼ フラァイアウェェェエエエイ‼」
自らのブラジャーをぶん投げた。
ブラジャーは山道のガードレールを飛び越えて、パサリと木の枝に引っ掛かる。緑の景色に水色が加わった。
「あぁっはははははは‼ ブラが、ブラジャーが飛んでったぁ‼」
「何してるの⁉ ちょっ、ほんとに何してるの⁉」
お腹を抱えるプラさん。ラブさんがブラジャーとメンさんを交互に見やるけれど、当のメンさんは晴れやかな顔だった
「すーずしー‼ 解っっ放かーーーーん‼」
蒸れて仕方なかったんだろう。
ブラから解放された喜びから、メンさんは両手を伸ばして、グルグルグルと回り始めた。ブラウスの中で山のような乳房が暴れる暴れる。
「あっははは‼ おっぱ、おっぱいむっちゃ揺れてるー‼」
「ダブルアクセル! トリプルアクセル! 旋風脚!」
「あっひゃっひゃっひゃっ‼」
「戻ってぇ! お願いだから二人とも正気に戻ってぇぇぇ‼」
爆笑するプラさんとメンさんに、まだ正気を保っているラブさんが語り掛けるがもう無駄だ。彼女たちは沙汰の外に行ってしまった。
私はラブさんの肩に手を置く。
「諦めなさい。あの二人はもう駄目よ」
「そんなぁ……」
肩を落としたラブさんは、壊れてしまった二人の背中を悲し気に見つめる。
「さ、そんなことより今は先に進むわよ」
立ち止まっていては帰れるものも帰れない。
私は落ち込んでいるラブさんに手を差し伸べる。すると、ラブさんは少しだけ表情を明るくして、私の手を取り――――手の甲に一粒の水滴が弾けた。
「「 え 」」
とこぼれたのも束の間。
激しい雨が降り注ぎ、雨粒が石礫のような勢いで、私達を頭から打ち据えた。
「ゆ、夕立……」
なんでこのタイミングで!
目も開けてられない程の豪雨の中、目も当てられない程ずぶ濡れになったラブさんを見る。前髪で隠れて表情を伺えない。私はおそるおそるラブさんの顔を覗き込む。
「あ、あのラブさん?」
「……さん」
「え?」
「 おがあざーーーーーーーーん‼ 」
「ラブさん⁉」
壊れたラブさんは雨空を仰いで号泣していた。しきりに「おかあさん」と泣き叫んで、泣きじゃくる。
「わたしはいまぁ! 九州にいまぁぁす! おかぁさぁぁぁああああああん‼」
「ラブさん落ち着いて⁉ 居場所を報告しても、あなたのお母さんここには来れないから!」
どうしようどうしようどうしよう、どうすればいいの⁉
友達が泣いたことも、それもこんなにギャン泣きしてる状況に出くわしたこともないから、慰め方が分からなかった。
とにかく彼女を泣き止ませようとして抱きしめる。肩に手を回して、反対の手で頭を撫でながら一緒に歩き始める。
「お、落ち着いて。ね? 絶対に、みんなで帰るから。だから……」
猫型ロボットが四次元ポケットをまさぐるように、必死で自分の語彙の中から彼女を励ます言葉を紡ぐ。
そんな苦労も知らず。
「冷てェーーーーー‼」
「雨だァーーーーー‼」
先を歩く2人の笑い声が響いてきて、私はこめかみ辺りからブチンと音が鳴った。
「お前らぁ‼ いい加減にしろぉぉぉーーーーーー‼‼‼」
十七年間生きてきて初めて、自分にこんな大声が出ることを知った。
それから私達、いや私は必死だった。
豪雨の中、ラブさんの手を引きながら、スマホを手に入れようとスティーブ・ジョブズの霊を召喚しようとするバカ2人を蹴っ飛ばして前に歩かせた。
まともなのは私だけだ。私がしっかりしなければ。
そんな想いが逆に励みになって、足に入る力が増した気がした。
「…………まちだ」
雨足が遠のいたからこそ、ラブさんのか細い呟きが耳にするりと入り込んできた。
前しか向いていなかった私はそこで、ラブさんの視線を追う。その先に広がっていたのは――――ビル群と道路を通る車の群れだった。
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