幕章 猪狩伎天哉の眼光
幕間 ヤクザから見たJK
あぁ、駄目だなこいつ。とんだ期待外れだ。
それが俺ことから見た、成瀬の孫娘である成瀬の印象だった。
この世に『絶対』は無いという真理の凝縮が、賭博であり、ゲームであり、麻雀だっていうのによぉ。なんかで歪めてまで勝ちたいかねぇ。
俺がイカサマを覚えたのは、こーいう『自分は絶対に勝てる』と緩んだ面晒してる奴の頬っつらをぶっ叩くためだ。
力があることは認める。
牌効率を優先した、良い打ち筋だった。
だが、そこまでだ。
お行儀が良すぎる。お利巧ちゃん過ぎるんだ。
成瀬清涯、あのクソジジィほどじゃあない。
買い被り過ぎたなと、少し後悔した。
案の定、東場が終わった途端、心配したお友達に連れて行かれた。
ありゃ戻ってこねーな。
煙草を吹かしてから、俺は同卓していたおやっさんに詫びを入れた。
「二人ともすまねぇな。つまらねぇ博打に付き合わせちまって」
「別に構わんさぁ。天ちゃんには世話になってるしなぁ。タチの悪りぃ地上げ屋に潰されかけたうちを助けてくれたしよ」
「ワシぁ、で若い娘っこ拝ませてもらったし、満足してらぁよ。やっぱ肌がちげーな、肌が!」
「この、スケベじじぃ」
ギャハハハと笑い合う。
どうやら気にしてねぇようで安心した。灰皿に煙草を押しつけたタイミングで、義則が何となくといった面で聞いてきた。
「そーいやぁ、俺ら二人もデカデカピンで払わにゃあかんのか? あの子にツモで和了られたから気になってよぉ」
「安心しろぃ。おやっさんらの点はデカデカの換算にはしねぇよ」
一人から金をぶん取るロンとは違って、ツモは全員から金を巻き上げる。
もし、あの小娘がツモでれば、おやっさん達の支払いは俺が受け持つと伝えた。
そんな心配は要らないけどな、と心ン中で付け足したが。
ほどなくして、目元に何かを拭った跡をつけた小娘が雀卓に近づいてきた。
戻って来たか。予想が外れて俺は少し意外に思った。
若干、さっきと印象と変わっていた気がしたが、対局に変化はないだろう。
そう高をくくってた俺の頬っつらに――――――小娘の打牌が突き刺さった。
ゴリゴリの危険牌をガンガン河にぶち込んでいく小娘を、もうお利巧ちゃんとは呼べなかった。
なんだよ……やりゃあ出来んじゃねぇか‼
小娘の全ツッパに応える。
1と9を集めてんのは分かってる。つーか隠す気ねぇなコイツ!
俺の中でなんかが高揚していく。
真正面からのぶん殴り合いに、脳髄が興奮で沸き立つ。
こんな泥臭くて、ド素人みたいな打ち筋で和了れる筈がねぇ。
なのに、この小娘の全ツッパは、どこか心惹かれる美しさがあった。
その美しさに惹かれて、何か目に見えねぇモン――――
攻め切れねぇ。南場の2局が流れる、否、流された。
そして南場3局。
牌を混ぜていると、不意に小娘の手と触れ合った。その刹那、すぅっと掌に得体のしれない喪失感を覚える。
「ッ⁉」
目を剥いて顔を上げると、小娘じゃなく清涯のじじぃが対面に腰を下ろしてた。
化けて出て来てんじゃねぇよ。
苦笑する俺に清涯が何か言っている。けれど声が聞こえねぇ。
「ナルちゃん大丈夫?」
小娘の友達の声が聞こえた途端、俺の視界からじじぃが霞みてーに消えた。
視線を手牌に逸らして耳を澄ます。声音からして、どうやら小娘も今の間の記憶は飛んでるらしかった。
あーあ、負けたわ、これ。
根拠は無いが、思考とは別に備わってる本能が悟っている。あのじじぃがただ化けて出てきただけで満足するわきゃねーんだ。完全に運に見放されちまった。
煙草の一本でも吸いたい気分だぜ、まったく。
「ポン」
ここまでずっとメンゼンだった小娘が初めて鳴いた。一萬の刻子が公開される。
その時点で俺は孫娘にデレデレのじじぃが何をしたのかを理解する。
国士無双も九蓮宝燈も昔、出したことはあるが、それだけは出したことがない。伝説の役満を目にする光栄。それこそ、運の女神に見放された俺への褒美だと。和了の邪魔をすんなっつー啓示を受けた気がした。
だとしたら、女神さんよ。運を司る女神さんよ、一つだけ聞いてくれ。
くそったれ。
「リーチ」
唾を吐き捨てるみてーに、点棒を支払う。
そう簡単に和了らせねぇぞ、成瀬実莉!
闘争心を漲らせる。すると、実莉が俺の視線に気づいた。フッと頬を緩めて――危険牌をぶち込んできやがった。
山牌を拾う。河に牌を捨てる。繰り返す。こねぇ。最後の一枚が。
それでも、まだ。終わってない。
まだ、まだまだまだ!
やろうや!
視線が合う。
俺の訴えが、実莉に届いた気がした。『よろしくお願いする』と言われた気も。
……良―い女だなぁ、清涯じいさん。
勢いは緩めていない。
だが、だんだんと打牌の交わし合いが静謐に包まれていく。
湖に沈んでくような感覚に落ちていく。ずっとこんな時間が過ぎていくと思いかけた瞬間、実莉が何かつぶやいた。
「さぁ、どうしてでしょうね」
柔らかな、微笑みを浮かべていた。そうして、手牌を倒して宣言する。
「ツモ。オール1万6千点」
真っ白になった頭ン中に、泡ぶくみてーに浮かびあがる言葉があった。
――――美しい。
こいつの麻雀は美しかった。
マイナス分を取り返し、実莉はさらに意気込んでいた。
事情に興味はねーが、そんなに金が要るのか?
なんとかプラス分を儲けようとして、したが、 銀治のじいさんが和了ったから南場3局はあっさり終わった。
そうして南場4局。
実莉はリーチを掛けている。山牌は残り一枚。俺が拾って、捨てれば、ゲームは終わる。
1局目からずっと
手牌を見やる。見事にバラバラな手牌。
さっき逆らった罰かね、女神様。雀頭にしてた筒子の1を指でつまむ。
掌の中にある牌を見つめる。
ふと、頭ン中にさっき化けて出てきた清涯のじじぃの口元が浮かぶ。
声は無かった。だが、唇の動きを思い出す。
『手ぇ出すなよ』と、あの時、じじぃの霊は言っていた。
――――出さねぇよ。
カカッと思わず乾いた笑みが漏れる。
やたら嬉しそうな顔だった。
*
「ほい、20万」
貸してた50万を預かってから、20万を封筒に入れて渡してやる。
なのに、この小娘ときたら受け取らねーでいやがる。
なに遠慮してやがんだ、アホゥ。
俺は封筒を小娘の顔に投げつけてやった。
キッと睨まれる。おー怖い怖い。
なにを気にしてんのか知らねーが、俺は苦笑交じりに軽口を叩いた。そしたら、「あなたは、私の親戚じゃありません」とか返してきやがった。真面目かっての。
「当たり前だろ」と言ってやる。
そしたら、小娘は封筒を握り締めて、俺に頭を下げた。
きれーな
「だからこそ……ありがとうございました」
小娘の声、いや雰囲気から固さが取れた気がした。
初対面の時とはえらい変わりようだ。いいねぇ、ガキは。眩しくて見てらんねー。俺はサングラスの奥で目を細めながら、小娘達が抱き合って大喜びしてる様を見つめていた。
…………うん?
違和感を覚えて、もう一度、小娘一行の人数を数える。いや数えるまでも無い。
四人の中で一番でけー胸した赤メッシュの小娘がいなかった。本人達も気づいたようで、ウロウロと周囲を見回してる。
「あれぇ? 嬢ちゃん達気づいてなかったのか? あの赤い髪の混じった嬢ちゃん。あんたが危険牌を打牌し始めたのを境に、店の外に出て行っちまったぞ?」
おやっさんに言われて気づいたようで、それからの三人の焦燥はすごかった。
特に実莉の。
涼しい顔して、意外と情あるんだなとぼんやり思う。
実莉と金髪の子が、慌てて雀荘を飛び出した。
ふわふわの黒髪の子も後を追って――――急に、ドアの前で振り返った。
「あの…………」
なんだ? 急に立ち止まって。
少女の不可解な行動に、首を傾げる。
向こうはあわあわと扉と俺を見比べていたが、なにか決心したようなツラを浮かべると、急に頭を下げてきた。
ペコリという音が出そうな、丁寧なのにあどけないお辞儀をして、少女は伝えた。
「――――ありがとうございます。勝たせてくれて」
感謝の言葉を。
俺は目を見開いて、それからすぐっずかしくなる。
バレてた! マジでか!
この子は、最後に俺がわざと
なんだよ。この子とも打ちたかったな。
ひとしきり笑い終えてから、俺は黒髪の少女を手招きした。
「良いもんやるから、黙っといてくれ」
時間が無いのは分かってるが、それでも渡しておきたいもんがあった。
このゴロツキだらけの街でも、きっと役に立つものを。
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