第47話 メリッサ・ヴィバレーの追憶
――脳髄の奥で弾けた雷光が、ワタシを……メリッサ・ヴィバレーを、あの時へと巻き戻す。
『うっおっ⁉ すげぇ美人、なぁあんた、俺が勝ったら一発抱かせてくれ!』
それがワタシとあのガキの、最初の出会いだった。
初対面の印象は最悪でしかなかった、というかアホだった。
なぜかって? ワタシのファミリーの金をイカサマで騙し奪って、縄で縛られて、これからワタシ直々に弾丸を撃ち込もうとしたのに――ワタシを抱きたいなんてほざく欲深だからだ。
あぁ、思い出すと奥歯の辺りが苦くなる。
なぜあのガキの嘆願を聞き届けたんだ? なぜ顔に被せてた麻袋を外してしまったんだ?
そしてなぜ…………あんなガキに麻雀で負けてしまったんだ。
『積み込み? あぁ、あんたがやってたあの牌をガチャガチャするやつそう呼ぶんだ? へぇ、面白いな、俺にも教えてくれよ』
だまれ、アホグラサン。
ワタシが教えたとしても、積み込み《それ》抜きで強いだろうが、アホ。
そう口汚く罵ってやったが、タイミングが悪かった。まさかもう一度元気になるとは思わなかった。まぁ良いさ、こんなもの
でもそうして縁のできた仔犬は世……中々どうして……かわいかった。
何度か二人でベガスやマカオ、ティグレを荒らしまわった時は久々に立場を忘れて楽しみ尽くした。
ずっとこんな日々が続けば良いと、ずっと仔犬は仔犬のままだと――――そう勘違いしていた。
『メリッサぁー。俺、そろそろ働くわー。日本に行きて―。ジャパニーズJKってのを見てみたいんだよね。戸籍とか諸々頼むよ』
『仔犬、ちょっとこっちおいで』
サングラスの破片が眼球に刺さるように殴ってから、仔犬は『沼田和義』になった。
あぁ、思い出すだけで苦々しい腹立たしい、あの男。
今まで音沙汰無しだったのに、急に連絡寄越してきて『面白いもん見れるぞ、手伝え』とか。
ふざけるな、誰が行くか!
そう思っていた筈なのに…………なぜワタシは日本にいるんだ?
生じた疑惑が気つけとなって、ぬるま湯のような意識の泥濘から目を覚ます。
視界がチカチカ瞬く。脳から眼球まで貫くような痛みを皮切りに、五感が稼働し始める。最初に正常な働きを取り戻したのは、聴覚だった。
「……あっ! 起きた、良かった……良かったぁぁぁあああ!」
目に涙を溜めて、
ここまで認識して、ようやくワタシは仔猫に膝枕されていることに気付いた。
――――わからない。
「なぜ……泣いているんだ?」
仔猫は涙ぐみながら、ワタシの頭を撫で続けていた。ワタシが彼女にしてきたことは決してこんな接し方をしてもらえる類のものではない筈だ。
決して……「生きてて良かった」と泣いてもらえるほどの関係じゃなかった筈だ。
「よかった生きてた……よかっったぁぁぁ~~~! もう嫌だよ、わたし!
ただでさえ賭け麻雀とかイカサマとかの罪悪感で潰れそうなのに、あなたの命なんて背負えないよぉ~~!」
「……なるほど、そういう心配か」
意外とちゃっかりしてるというかしっかりしてるというか…………背負う、ね。
なぜか私はその一言をすんなりと呑み込むことができなかった。
「ここに残ったのは君だけかい?」
「あっ、はい……いや、う、うん。ナルちゃんと猪狩伎さんはメンちゃんとプラちゃんを探しに行ったよ。わたしは――――あなたが、心配だったから」
「なぜ? さっきも言っていたな。ワタシの命を背負えない、と。
――理解できない。
賭博もイカサマも殺人もできるか、できないか。突き詰めれば突き詰めればその二択しかない。その方が単純だ、ワタシはそう考えてきた。…………向き合って何になると云うんだ」
半端に期待して、半端に向き合って、半端に共に過ごせば良い。
それこそ、ペットと飼い主のように。
愛でるだけ愛でる、それだけの関係に留まれば、いなくなっても次を探せる。
「そのほうが……楽だろう」
仔猫はぱちくりと、その円らな瞳を見開いていた。……ワタシとしたことが。
もぞもぞと膝の上で寝返りを打って、仔猫から視線を逸らす。
何を言ってるんだ。途中からカマかけじゃなくて、本当に問いかけてしまった。
10歳以上離れてる同性に訊ねて、何か答えが得られるわけでもな
「でも」
髪を伝っていた温もりが綿毛のように離れ、そっ……と仔猫はワタシの頬に手を添えた。
少しだけ、指先に力を込めて。黒瞳と紅眼が、向かい合うように。
「――あなたは、辛そうでしたよ?」
……黒には、嫌な思いしか無い。
恐ろしく、汚く、どこまでも沈んでしまえる
「楽って言ってて、もちろんそうなんだろうけど、でも……あの
仔猫はくりくりした瞳を慈しむように細めて―――――少しだけ、からかうように微笑んだ。
「わたしには、なんだかあなたは、自分のことを話したがってるお姉さんにしか見えなかったですよ? だからあなたのこと分かったというか勝てたというか」
「……驚いたな」
ワタシは少々、この仔猫を――いや本条愛理という少女を見くびっていたかもしれない。罪も、人も、どんなことにも向き合おうとする……強さと優しさを感じた。
大器だなぁ、これは。もしや沼田はこの子の器を見越して……そこまで考える奴ではないか。
じっとそう見つめていたら、首を傾げた少女が純朴な目で見つめ返してくる。
やめてくれ。そういうのは慣れてないんだ。
頬に添えられた指を外して、ワタシはまた少女から視線を外す。
「――君のような心を持ち続けていたら、ワタシは別の
「へ? えっと、何か言いました?」
とぼけた声と柔らかな吐息が耳に吹きかけられる。耳だけじゃなく胸の中までむずがゆい感覚を覚えながら、ワタシは腕をゆっくりと持ち上げた。
きょとんと、ワタシの手を見つめる少女。
ニヤッと笑ってから――――ワタシは少女の額を指で弾いた。
「あたっ!」
「気にするな。そのまま聞き流してくれ」
「なんですかそれ⁉ いきなり叩いて……あっ! そもそも! 沼田先生とどういう関係なんですか⁉ というか先生の前職って……」
「安心したまえ、奴はワタシの組織に属していた訳じゃないよ。まぁ、ワタシの寝室に入り浸ってくんずほぐれつしてた訳だが」
「ふぇえっ‼⁉ えっ、へっ⁉ く、くくんず、ってどういう……あ、ヤダ、やっぱり良いです知りたくない!」
「そりゃあ、きみぃ、こう丸と棒で……」
「その手の動きやめて!」
「ふふふ、からかいがいがあるじゃないか。好みも同じだしな」
「え、好み? ……あっ、やっぱり筒子好きなんですね」
「特に一筒はね。好きな花に似ているんだ」
「っ! あの、好きな花、せーので言い合いませんか!」
「? なんだい、いきなり。別に構わないが……」
「じゃあ、せーのでいきますね」
せーの、と少女が続ける。
ワタシはすぅっと息を吸って、そのまま少女の提案通り、好きな花を呟いた。
「「 牡丹の華 」」
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