第46話 不運は甘んじて受けるべし

「なぜだ⁉ なぜ出てこない⁉ 

ダブルリーチを掛けて、なんで20巡も掛かるんだ⁉」

「――大三元アンド四暗刻」


 メリッサの肩がビクッと震える。

 瞳を最大限まで見開きながら、わたしを睨み据える。


「なぜ、それを知っている?」

「それが、あなたが狙っているダブル役満の正体」


「答えろ仔猫キティ! ワタシの手牌を盗み見たのか⁉ 一体ど」

「和了牌は、筒子の1」


 メリッサが蛇のような掠れた息を呑んで、絶句する。

 困惑と疑惑の暗雲が紅眼の内で渦巻き、覆い尽くす。


 わたしは口元を隠してこっそり安心の息を吐いた。

 そしたら、首を横に振って、わたしとメリッサを交互に見ていたナルちゃんが、訊ねて来てくれた。


「ら、ラブさん? あなた一体……なにをしたの?」

「なにをしたのって……わたしそんな大したことしてないよ?」


 わたしがやったことは精々、挑戦と敗北を重ねていっただけだ。

 ――――――あの深海の世界で。


 東場1局目。

 最初のゲームでメリッサが天和を出した時、わたしは既に思い知らされていた。

 ここから先、わたしがどれだけ頑張っても……積み込み《イカサマ》でメリッサに敵う訳が無いって。


 だからこそ本気で勝ちに行って、喰らいついて、挑戦し続けた。

 わたしは、弱いから。


 メリッサは、仔猫や仔犬みたいに弱い人が好きだから。

 一番最初に、あの海の世界に入って、メリッサを目にした時に分かったんだ。


 ――メリッサは、弱い人が一生懸命に頑張る姿が好きなんだって。

 それを見下ろして、最後に自分の本気で完膚なきまでに叩き潰すのが、大好きなんだって。


 それが『メリッサ』という怪物の嗜好なんだって。

 そういう大好きってものが、嗜好が『少ない』わたしだからこそ、メリッサの好きなことが何なのかはっきりと分かった。


 だからわたしは今まで『少なかった』分を取り戻すつもりで、一生懸命に挑戦と敗北トライ&エラーの回数を重ねていった。


 メリッサが本気を出してくれるように。

 


「ナルちゃん、わたしが積み込んだ筒子の1って持ってる?」

「え、その、そ、そういうことは言ってはいけないのでは……」


 ナルちゃんがきょろきょろと辺りを見回して、審判の猪狩伎さんに許可を求めた。猪狩伎さんは疲れ切ったように大きくため息をついてから、投げやりに言った。


「――普通の麻雀ならな。

 でも、とっくにそんな次元越えてんだろ、別に構やしねぇよ、もう」

「そ、そういうことなら。私の手牌には、えぇ確かにあなたの積み込みから頂いた一筒イーピンがあるわよ。一筒イーピン刻子コーツが……あっ⁉」


 ナルちゃんは気づいたみたい。

 麻雀で同じ種類の牌は全て4枚ずつ。


 メリッサの和了牌である一筒の行方は……メリッサが1枚・ナルちゃんが3枚。

 つまり、メリッサはもうこの先どれだけ牌を拾っても――――和了ることは決して出来ない。


「……なぜ」


 メリッサは額に手のひらをあてがって、崩れ落ちそうな頭を支えていた。

 項垂れ、垂れ下がる白髪の隙間から覗く紅眼が、わたしを映し込む。


「なぜワタシが一筒を選ぶと分かった?」


 そう、大三元と四暗刻を同時に出すのに、必要な条件は二つだけ。

 一つは三元牌の刻子を作ること。

 二つ目は、4組の刻子を鳴き(ポン)無しで揃えること。


 この二つの条件すっっごい難しいんだけど、メリッサは積み込みであっさり成し遂げたね。


 そしてメリッサにとって、最後の1組となる雀頭はどんな牌でも良かった。

 


 わたしがそれを封じ込められたのは……言ってしまえばすごく単純なことだった。




           「  」




 言った瞬間、猪狩伎さんが盛大に吹き出した。

 猪狩伎さんの爆笑を除けば、ナルちゃんはビックリして口を開けていて、メリッサは肩をブルブルと震えさせていた。


「あっ、強いて言うなら、あれ。

 最初の天和。あれでなんとなく……一筒が好きなのかなって」


 天和って最初に4面子雀頭の形になっていれば、役無しでも和了れる。だからメリッサの出した天和も面子は役無しだった。


 けど……他の3面子が適当な順子だったのに、なぜか最後の面子だけが、一筒の刻子だった。


 偶然だったかもしれない。特に意味は無かったかもしれない。


 でもあれだけ麻雀牌を操れる積み込みの腕を持つメリッサが、わざわざ刻子で揃えたことに、わたしは何かを感じ取った。


「あと……わたしも筒子好きだったから」

「……………そんな、理由で」

「うん、そんな理由。でも本当なら、本当の麻雀なら、そんな理由で充分じゃない」


 目蓋を閉じれば、わたしの脳裏には、この三か月ずっと麻雀同好会のみんなで麻雀を打ってきた光景が思い描かれる。この牌が好きだから。


 そんな理由で打って良い時間があったから―――――――わたしは怪物あなたと向き合えている。


「それじゃあ、メリッサ。わたしが和了るまで付き合ってちょうだい」

「本条ぉぉぉおおおおおおおお愛理ぃぃいいいいいーーーーーーーっっ‼‼‼‼」


 メリッサが咆える。振り乱すその白髪が、変化した白蛇に幻視見えそうなほど、鬼気迫る表情で牌を拾って捨てて――――摸打モウダしていく。


 わたしはメリッサの猛打を、受けて受けて受け続ける。

 目を逸らさずに、向き合う。


『不運は甘んじて受けるべし、されど向き合え』


 先生が、そう教えてくれたから。

 不運の化身メリッサが腕を掲げる。


 その指先に摘ままれた牌を、雀卓へ殴りつける。

 衝撃が雀卓へ奔り、山牌と河牌を浮き上がらせる。


 浮き上がった麻雀牌を、この目に映し込んでいって――――――――――メリッサの指から解き放たれた筒子の模様が、わたしの視界で華を咲かせる。


 その華の名は牡丹。わたしの一番好きな花。

 真ん丸な模様の筒子は、そんな牡丹の花のように見えるから。


「 ロン 」


 メリッサの手から離れた筒子を、大華を、手に入れる。

 その最後の一輪を生けることで、わたしの手牌は大輪の華々を咲き誇らせていく。

 その華の名を、静かに、告げる。


「 ―――― 大車輪 ―――― 」


 深淵の怪物が、大輪の華々に包まれながら…………バジジジジジンッッ‼‼ と、雷鳴伴う閃光に撃ち貫かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る