第45話 曇る紅眼、輝く黒眼

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ、っあ」

「ラブさん⁉ しっかりしなさい、ちょっと!」


 雀卓に突っ伏したまま動けないわたしを、ナルちゃんが激しく揺さぶる。


 一気に深く集中もぐった疲労が、重力みたいにわたしの体全部を圧し潰す。

 頭は上げられなくて、肩はおろか胸にまで重く圧し掛かって、息が苦しい。


 そんなわたしの旋毛に目掛けて、メリッサは朗々と言葉を振り落とす。


「あぁ、あぁ、あぁ! ほんっとうに可愛いね、仔猫キティ! 

 いや……ワタシの仔猫(キティ)達と言った方が良いかな⁉ 

 とにもかくにも、今日はめでたい夜だ‼ 愛でたい夜だ‼」



 あぁ、そうだね。あなたにとっては、そうだね。



「敵わないと知りつつも! 友達のために立ち向かう、その健気さ! 

 老いぼれからたった3万ぽっち騙し奪っただけで! 罪の意識に震える純真さ!   

 あぁ、あぁ、あぁ、もうなんなんだい⁉ 

 どれだけワタシに愛おしいと思わせるんだぃ、君は⁉」



 あぁ、そっか。わたし達のこと調べたって言ってたもんね。

 おじいさんとおばあさんのことも知ってるんだね。



「愛おしい狂おしい初々しい凛々しい慎ましい奥ゆかしいつつましいいじらしい‼ ワタシのところに来たら、念入りに飼い殺す《愛でてあげる》からねぇ」


「何を言ってるんです! さっきから勝ちが決まったように話を進めて! 

 私達はまだ負けてないわ! そもそもっ、まだ開局すらしていな」


「ん? あぁ、それはあれだよ――――――始めたらワタシがすぐに勝ってしまうからだよ」


 そう、そうなんだよ、ナルちゃん。

 メリッサは……もう。


 雀卓を支えに、わたしはようやっと気力を振り絞って、顔を上げる。

 そしたら、メリッサの白い髪がゆらりゆらりと、意思があるかのように虚空に揺らめく。


 薄く柔く紅い唇を一文字に引き裂いて、メリッサは嗤いながら宣言する。


「  」


 腕輪が唸りを上げて、2千点分の電撃がメリッサの体内を迸る。

 髪の毛先から青白い電撃が漏電してのたくる様は……蛇。

 メリッサの白髪の、一房一房が白蛇と化したようだった。


 ダブルリーチ。

 配牌時には、既に和了あがりまで残り1枚となっている状態でのみ宣言できる特別なリーチ。


 開局した時点で、メリッサは和了あがりまで残り一歩だった。

 そして当然だけど、わたし達はメリッサの和了牌が何なのか分からない。


 捨て牌から推測しようにも、まだ河には何も捨てられていない……『スジ』を読み込むことすら出来なかった。わたし達に許されたことは、メリッサが和了あがるまで、ただ牌を拾って捨てるだけだった。


「本当ならダブルリーチなど掛ける意味は無いんだけどね? 

 そっちの物わかりの悪い仔猫キティのためにしてあげたんだよ。

 これで理解できたかな? もう、君達は、ワタシの物だ」


 ナルちゃんの目から、光が消える。

 今までわたし達を引っ張って、みんなを導いてきたナルちゃんが……メリッサに折られる。


「あぁ、あぁそうだそうだ。

 ついでに少し教えよう、ワタシが揃えようとしている役のことだ。

 フフフッ、ワタシは今とても機嫌が良いからね。

 ワタシが和了った時、君達に流れる点数は――――


 そう遠くない未来、わたし達に与えられる電撃の威力は……天和の2倍。

 あの痛みが、激痛が、文字通り倍増して、襲い来る。


「……ぁ、はは、ははは」

「ナル、ちゃ」


 ナルちゃんの頬がひくひくと引き攣って、乾いた笑みが肩を揺らす。

 あの痛みに耐えて、わたしを奮い立たせてくれた友達が、滲んで、見えなくなる。


 あぁ、わたしも……もう限界だ。頬を濡らすそれに触れると熱かった。


「さぁ、君達の旅を終わらせよう。幕を引くのは――――――ワタシだ」


 そこから先は、ずっと変わり映えのしない光景だった。

 順番に山牌から牌を拾って、河に捨てる。ひたすら、それの繰り返し。


 メリッサの和了牌が出るまで、このルーティーンは終わらない。

 山牌から牌を拾って、河に牌を捨てる。


 牌を拾って、牌を捨てる。


 牌を拾って、

 捨てて、

 拾って捨てて、

 拾って捨てて、拾って捨てて、

 拾って捨てて拾って捨てて拾って捨てて拾って捨てて、


 拾い捨てて、


 拾い捨てて拾い捨てて、


 拾い捨てる一連の動作……摸打モウダをひたすらに繰り返して。







「  リーチ  」



 


「…………ハ?」


 妖艶で美しくも悍ましい怪物の口から、なんとも呆気ない声が飛び出る。


 爛々とわたし達を愛そうと、食べよう《愛そう》と輝いていた紅眼が、捨て牌が積み重なった自分の河と対岸に座るわたしを交互に見比べている。


 わたしは、そんなメリッサを見て、ただ、こう思う。



 あぁ、やっと――――曇らせることができた!



 眦に溜まった涙を、指で擦って振り払う。


 そうして、わたしの瞳が、狼狽するメリッサを真正面から映し出した。

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