最終話 帰路の果てに、わたし達は!

「この度は、あたくしの考え足らずのノリに任せた行動で、ラブちゃん達に多大な迷惑を被らせたことを、ここで詫びます。平にご容赦くださいますようおねが……」


「分かった! 分かったから、プラちゃん! 頭上げてくれないかなぁ⁉」

「ほんっと、プラっちあんたTPOを考えろバカっ‼」


 東京駅から郊外へ向かう、中央線の特快車両の中。

 プラちゃんは座席の上で土下座して、隣に並んで座ってるわたし達に謝っていた。


 う~~~ん、周りの視線が痛いなぁ~~っ⁉

 なんとかメンちゃんと一緒に顔を上げさせると、プラちゃんはえぐえぐとベソをかいていた。


 わたしはそんなプラちゃんを抱き締めて、とんとん背中を叩いてあげる。


「そんな謝らなくて良いよぉ~。街を観光できたし、普通の合宿旅行よりいっぱい思い出作れたもん。全部、プラちゃんのおかげなんだよ」

「……ほんと?」


「ほんとほんと」って耳元で繰り返すと、プラちゃんはゆっくりと体を離した。

 目元と鼻が赤くなってるけど、もう涙は止まったみたい。

 

 落ち着いたプラちゃんの横顔を微笑ましく見つめていると、わたしの右隣に座っていたナルちゃんが、ぽつりとつぶやいた。


「……これで全員、ラブリーハグに攻略されてしまったわね」

「待って⁉ 聞き慣れてない筈なのに、自分のことのように思える単語が聞こえたんだけど⁉」

「さぁ~すがラブちゃんだねぇ~、3組のラブ&ピースだねぇ~。うちら全員ラブちゃんに抱き締められちゃった。キャッ」


 えっ⁉ そんなはず…………あった。

 よくよく振り返ってみると、確かにわたしみんなのこと一度はハグしたことになってる!


「で、でもラブリーハグは辞めてよ! なんかベアーハグみたいじゃん!」

「んじゃあ、バブみハグじゃない?」

「そんなのヤダぁ!」


 あぁ―――――楽しいなぁ。

 わたしはまるでこれから合宿旅行に行くんじゃないかって、勘違いしそうになる。


 でも、電車の向かう先は、行きとは反対。

 電車の車窓から夕陽が燦然と差し込む。橙色に彩られた街並みが、だんだん、だんだん見覚えのあるものに変わっていく。


 あぁ、そっか。


「――――帰ってこれたんだなぁ」


 不思議と達成感は湧いてこない。

 みんなとの旅行が終わる……そんな現実感だけがひしひしと迫ってくる。


「……ねぇ、あのさ、みんな……あの、おじいさんとおばあさん……許してくれて良かったね」


 たどたどしく、わたしは話題を紡ぐ。

 みんなの反応はない。


「びっくりだよね。

 メリッサさんに空港に送ってもらう前に警察署寄ったら、ばったり」

「……道に迷ったから聞きに来たんだよねーあの夫婦さぁ」とメンちゃん。


「……そうなの。

 わたし達が前に警察署行った時も、お巡りさんに道聞いてただけって」

「私、初めてあの夫婦と話したけれど……良い、人達だったわね」とナルちゃん。


「……うん。取っちゃった3万円返したら、笑われちゃったね」

「……そだなー。気にしなくて良いのに、って笑われたなー」とプラちゃん。


「そうそう。旅先の損はお土産話になるからって……言ってくれて」


 途切れ途切れに紡いでいた口が、脳裏に現れた人影によって閉じていく。


 わたしを照らす夕陽の温もりが、わたしの頭を撫でたおじいさんと、わたしの頬を挟んだおばあさんの手の温もりを甦らせた。


 みんなも多分、この旅で出会った人達のことを考えているんだと思う。

だから静かなんだって。


 わたしは、わたし達は――――――色んな人の優しさに支えられて、今ここに居られる。


 わたし達はそれぞれお互いの顔を見合わず、ただ電車の揺れに身を委ねていた。

 そして、遂に、学校の最寄り駅に到着する。

 誰も席を立とうとする気配が無い。


「――いこっか」


 そろそろ扉が閉まってしまう頃合と、わたしの一言でみんな席を立って、一番後ろにいたナルちゃんが降りた途端に扉が閉まった。


 階段を登って、ホームを抜ける。駅前のビル群、旅先でも見かけたコンビニやチェーン店、見慣れた駅の様子に、わたしは過ぎ去った旅の始まりを思い出して……。



「        よーいドン」



 え? と思った時にはもう遅い。


 俯いたプラちゃんの木の葉のようなつぶやきが、スタートの合図。

 ナルちゃんが、メンちゃんが、プラちゃんが一斉に駆け出した! 


 ナルちゃんの長い黒髪が、プラちゃんの金のポニーテールが切った風に揺らめく。ショートの黒髪が弾む度に赤髪インナーカラーが見え隠れするメンちゃんが、肩口からわたしを振り返った。


「ほらぁー! 早く来なさい! 学校まで走るわよぉーーーー!」

「先着順イコール報復順ということで良いかしら?」

「おふこーす!」

「えっ、えっ、えっ⁉ ちょっ、ちょっと待ってよー‼」


 置いてかないでぇぇーーーーーー‼


 郷愁とか感慨とか達成感とか現実感とか、そういった諸々が、リズミカルに吐く息と一緒に吐き出される。


 肩で風を切って、見慣れた登校の景色を視界の隅で横切って、校門をくぐった!


「わーーっはっはっはっはぁーーーっ! いっちばーーーん!」

「くっ! バカが早いわ!」

「頭軽いからだ! その分ウェイトが軽いんだ!」

「ウェイトってそういう意味なの⁉ 知識量も含まれるの⁉」


 おバカな会話を大声で繰り広げながら、広い校庭を4人の女子生徒が縦断する。

 このまま校舎に飛び込んで職員室に直行か、と思いきや……校舎の玄関から現れる人影。


 夕陽を照り返すサングラス、大人の重みを全く感じない軽薄な笑み、憎たらしいことにスタイルは一級品という、そんな男性高校教師が、諸手を上げてわたし達を歓迎した。


「良く帰って来たなぁぁーーーー! お前らがこうして無事に旅行を終わらせて俺はうれし」


 ――――ダンッ、と教師の数歩手前で、金髪女子生徒が、跳躍。


 ここまでの助走が長い滑空時間を生み出し……プラちゃんが飛翔とんだ。


「 くたばれ、沼田キィィイイーーーーーーーーック‼‼」


「 ぐぁあぁぁああああああああ⁉ 」


 1着のプラちゃんが強烈な第一撃を放つ。みぞおちに突き刺さった飛び蹴りが、先生の身体をクの字に折り曲げ……ホントに折れ曲がって吹き飛ばすけど――――――――


「 逃がさないわよ 」


 ナルちゃんはそう言い放ってから、きれいな一本背負いで沼田先生をぶん投げた!


「――――ぶほぉっ⁉」

 背中から強く打ちつけられ、口から息の塊を吐き出す先生。


 そのまま地面に倒れ伏す先生のお腹に目掛けて、3着が膝を振り下ろしながら倒れ込んだ!


「 くらえぇぇーーーーーー!」

「ぎゃぁあああああああああ⁉」


 メンちゃんのエルボードロップがクリーンヒット、相手は死ぬ。いや、ていうか、


「 ほんとに死んじゃうよぉ⁉ 」


 わたしが思ってた一発と全然違う! 

 パンチ以上の技が連続で叩き込まれてたんだけど⁉


 ていうか、なんでみんな格闘技使えてるの⁉


「はぁーい。じゃあ最後の一発行くよぉー」

「ラブさん! スパッと良いやつを期待してるわ!」

「ラブリーハグだ! ぶちかませ、鯖折り!」


 三人が倒れている沼田先生をずるずると無理矢理立たせて、勝手なこと言ってる。

いや、ここまでされてる相手に今から一発入れなきゃいけない身になって⁉


 わたしは踏みしめるように、一歩一歩歩み寄って、沼田先生の前に立った。

 反応が無い……まるで屍のようだ、と思っていたけど。


「ごふ……っ! あ、あぁ、本条か」

「はい、本条です」

「――――宿題は、できたか?」


 掠れ気味の声に灯る意思が、『答え合わせ』を望んでいる。

 わたしは目蓋を閉じて、宿題の内容を思い起こす。


 ――――人が最も欲深になる時、つまり人がイカサマをする時とは、どんな時か。

 あの時は、何のことだか分からなかったけれど……今なら答えられる。


「 不運と向き合ってでも、やりたいことができた時です 」


 不運の先にある、キラキラした何かを手にしたくて、人は手を伸ばす。

 そして、わたしの場合は……。

 もうキラキラを手にした手のひらを、わたしは笑顔で勢いよく振り上げた。



「わたしの場合は―――みんなでおうちに帰りたいと思った時です!」



 パァーーーンッ‼‼ と先生の頬を引っ叩いた音が、夕陽に向かって響き渡った。

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