幕章(エピローグ)

幕章 大人達の会合


『いやぁ~びっくりびっくり。4人の内もしかしたらと思ってたけど……まさか本条がメリッサを負かすとはねぇ~~』

「あぁ、見事に足をすくわれた。

 中々、良い生徒を持ったじゃないか沼田セ・ン・セ」


『やめろよ、お前が猫撫で声出してんの、らしくなさ過ぎ』

「ほぉーう? 急に日本に呼びつけたかと思えば、空港で【汚職警官役】とか名乗る男に会わされ、杜撰な台本をやらされたワタシに掛けるべき言葉がそれかぁ~~」


『ハハッ、ごめんごめん。ウソだよ。あんがとね、色々と』


 どういたしまして、と返してから、ワタシはスマホの通話をスピーカーに切り替えた。そして、とある屋台のカウンターにスマホを立てかける。


 ――声が、低くなったな。


 フッと、自然と目を細める。

 思えば『沼田和義』となった仔犬とこんなちゃんと話すのは初めてかもしれない。寂しくもあり、嬉しくもある。昔は寂しさの割合の方が多かったが……あの少女と語らったお陰で嬉しさを感じ取れるようになった。


 しかし、隣で会話を聞いていたヤクザにとってはそうでもなかったらしい。


「……でも麻雀し始めてからはノリノリだったよな、この女」

『え⁉ 男の声した! 誰⁉』

「この街の裏を取り仕切ってるヤクザだよ。それとお前の代わりに本条愛理と成瀬実莉の面倒を見てくれていた。誰かさんよりよっぽど引率らしかったなぁ?」


 揶揄ったら、スマホから沼田の唸り声が聞こえてくる。

 ワタシは隣に座る例のヤクザ――猪狩伎天哉に肩をすくめてみせた。彼は呆れたように深いため息をついている。


「なにが引率だ、柄じゃねぇよ俺は……」


 おや、お気に召さなかったらしい。

 ワタシからすれば十分、面倒見良い方なのになぁ。


 そう思考していると、ふわりとラーメンの香りが鼻腔をくすぐる。

 カウンターの向こうから豚骨ラーメンの鉢が差し出された。ワタシは丁重に鉢を受け取りながら、


「この度は、街で好き勝手やってすみません――殿

「よせやい、今は隠居の身だ。気にせんどって。わいも久々に若いあまっこに喜んでもらったからよ。甲斐が出来たってもんだ」


「オジキィ! そーいう話は幹部おれにも通してくれよぉ! 俺、勘違いして本気でこの女にドス向けちまったぜ⁉」

「別に構やしねぇだろうよ。あんな廃ビルちょっとくらい貸してやってもよぉ。

まぁ、サツ動かしたのはやりすぎだったでねぇか?」


「いやぁ、まさか自分の身も省みず、いの一番に警察署に駆け込むとは。

 あの子達の行動力には驚かされましたね。――思えば、もうその頃からワタシはあの子達を気に入ってたのかもしれない」

『お? どうしたメリッサ。俺の育てた生徒に惚れた? それってつまりこのハイパーティーチャー沼田に惚れ直したと言っても過言ではないのでは?』


「過言だろう、どう考えても。でも……ふふっ、まぁ、たしかに。柄になくはしゃいでる自覚はあるよ。なにせ――同性の友達は、初めてできたものでね」


 いや、どちらかと言えば、妹に近いのかもしれない。

 いかつい名前や裏のビッグネームばかりが載っている連絡先の中に追加された『ラブちゃん』という項目を思い出して、ワタシはくすっと吹き出してしまう。


「それで? わざわざワタシの手を煩わせたんだ。あの子達を、あんな不運な出来事に遭わせた相応の理由があるんだろう?」

『いや最初は軽い思いつきだったよ? この欲深JKにサバイバルさせたらどーなんだろって』


「猪狩伎さん、このクソ男に何か一言くれてやって欲しいのだが」

「指詰めて退職届出せ」

『待ったまった! まだ続きある! あるから聞いてって!』


 仕方ない、聞いてやるか。

 ワタシはラーメンをすすりながら、沼田の語りに耳を傾けた。


 どうやら思いつきはしたが、実行に移す気は無かったらしい。だが、ウルティ・グランズ・サウスホテルに宿泊した時――――ターニングポイントが発生したのだ。


『あいつら、ホテルのお客さんから金巻き上げたんだよね。俺が教えた積み込み《わざ》を使って』

「例の老夫婦か……そこまで気にすることか? ワタシと散々、世界中のカジノで暴れまくったお前が言っても、説得力が無いぞ?」

『――俺はちゃんと腹決めてたぜ。そもそも短く太く生きるをモットーにしてたからな。突然、誰かに刺されたって仕方ねぇやって思うくらいには』


 ラーメンをすする手が止まった。

 いつになく真摯な沼田の声に、ワタシは意外に思った。


 嘘じゃないらしい。あれだけワタシの隣で笑い散らかしておいて、胸の中でそんな殊勝な心構えをしていたとは……愛い奴。


『でもあいつら、ンなことこれっぽっちも考えてなかったんだよ。

 帰りの車ん中で3人爆睡。1人は多少なりとも気にしてたが、五十歩百歩だね』

「ある見方では神経が図太い、ともいえる」

『ある見方では、他人の存在に対して反応が鈍い……ともいえる。麻雀同好会に入ってきた時からそういう匂いはしてたんだよなぁ~。心の根っこの部分で、自分が世界の真ん中ってか、主人公だと思ってる』


 曰く、成瀬実莉は、生まれ持った能力が優秀であるおかげで、自分が他者を【管理する】側だと考えていて。


 曰く、国枝京子は、生まれ持った美貌とプロポーションのおかげで、自分が他者を【選ぶ】側だと考えていて。


 曰く、初古風花は、生まれ持った自己肯定感によって、基本的に自分と他者を【切り離して】考えていて。


 曰く、本条愛理は――生まれ持った強欲によって、自分が他者を【一方的に理解】したいと考えている。


 沼田なりの分析結果に、ワタシは首をひねる。主に本条愛理についてだ。


 強欲? 彼女が? 

 あのふわふわと穏やかな彼女の印象と、どうにもワードが繋がらない。


『あの大人しい性格は、あいつ自身の能力が低いからそう形成されただけだ。

 もし本条が成海みたいに何でもできる系だったら……メリッサ、お前みたいになってたかもな』


 ふむ、言われてみるとそうかもしれない。となると、ワタシの前にやって来たのがあの二人だったのは必然なのかもしれないな。


 そしてそう思えるということは、沼田の教師眼は的外れでは無いということだ。


『まぁーそういうことだから、ちょいと痛い目見てもらおうかなと。【欲】が深いのは悪いことじゃないんだが……要らない不運も呼び込むからな。振り回し方を覚えないと、あいつら自身が沈んじまう』


 ――――ほぉ、意外とちゃんと『先生』してるじゃないか。

 仔犬パピーの先生っぷりに、ワタシが目を丸めていると「だが先生さんよぉ」と、横から猪狩伎が割って入ってきた。


「だからって今回の件は痛い目の範疇越えてたと思うぞ。

 半グレに拉致されかけたり、殴られそうになったりよぉ。たまたま俺が通りがかったから良かったものの……」



『 その節は、ほんっっっっとにありがとうございましたぁぁああーーーーっ! 』



 沼田の返事は潔いのだが、逆にその態度が腹立たしかった。


 一応、制服のポケットにGPSを仕掛けていたらしいが……国枝京子が服を買い替えた影響でGPSの反応が消失した時は本気で焦ったらしい。


「……やっぱ指詰めて退職届出せ、てめぇ」

『そんな殺生な! いや、あれだけはホントに計算外で……』

「まぁまぁ、そう言ってやらないでください猪狩伎さん」


 どうやらワタシが思っていたよりも仔犬は……沼田は先生に向いていたらしい。微笑でフォローを入れたワタシに猪狩伎は言葉をお冷と共に呑み込んだ。


「……あんたもだいぶ人が変わってんだよなぁ」

「ん? 何か言いました?」


 猪狩伎が首を横に振るのを傍目に納め、ワタシは最期に告げる。


「あぁ、ちなみにね。ワタシの部下があの子達を無事、空港に送り届けたよ。

 その前に警察署に寄ったらしいがね。明日には帰ってくるんじゃないかな?」


『おぉ、助かった。ありがとな。

 ……で、俺的に気になるのは警察署での話なんだが?』


「あぁ、その話か。それなら――――――――」


                            (前話に戻るor 了)


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ロン・ポン・チー!~JK4人、合宿旅行先で無一文にされたけど、麻雀で帰ります~ アンビシャス @besideDannbi

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