第40話 電撃麻雀(物理)

 永田町ルール。

 日本の政治家がやってるとかやってないとかで噂の、あのルールをメリッサは取り入れた。和了った時の枚数分だけ、ボーナス点が貰える牌、ドラ牌。


 1枚持ってたら1翻、刻子で揃えたら3翻貰える、この特別な牌をドカドカ追加するのが、長町ルールの特徴だ。


 表示ドラ・赤ドラに加え、索子の7(国会議事堂に似てるかららしい)が固定でドラ扱いになる。更に開局前にサイコロを振って、その出目によってドラになる牌が増えまくる。


 親になったメリッサが2つのサイコロを振ると、出目は6と4だった。


「計10か。なら、三元牌全てがドラだァ」


 表示ドラ・赤ドラのみの、普通の麻雀では、ドラは全部で8枚。

 けれど、たったいま永田町ルールでドラの総数は24枚と3倍近くに膨れ上がる。


「1人6枚はドラを持ってる計算になるねェ。つまり役無しで和了っても、跳満は確実という訳だ。そんな計算通りにいく筈が無いけ」

「ちょっと良いかしら?」


 機嫌良くしゃべるメリッサを遮って、ナルちゃんが手を挙げた。

 そして、それぞれの麻雀卓の手元にある、点棒を入れておくボックスを指さした。


「点棒が無いのだけど。これじゃあ、どうやって点数計算するのよ」

「あぁ、それか!」と、メリッサがパァッと顔を輝かせる。


 よくぞ気づいたとでも言わんばかりにメリッサは、さっきよりも上機嫌になった。


「今回のゲームに限り、点棒は必要ない」

「……はぁ?」

「こらこら、そんな顔しないで仔猫キティ。美人が台無しだ。良いかい、想像してごらんよ」


 メリッサは何故かわたしの方に目配せをしてきた。

 そして、今回の麻雀に参加するわたしとナルちゃん、雀卓から一歩離れた所で腕を組んでる猪狩伎さんを見回す。


「このワタシが、金に困ってるように見えるかい?」


 うっわ。


 お金が無くて、家に帰れないから賭け麻雀で飛行機代を稼いだわたし達からすれば、メリッサの今の言葉は正しいけどムカついた。


「その沈黙とジト目は肯定と受け取ろう。

 で、ワタシが君達から10万だか20万だかの小金を毟るのは、あまりに無意味で退屈だ。よって、勝負は点数の多寡で決定するのだが――――


 小金って……ナルちゃんやメンちゃんが必死に稼いだお金を……っ! 

 湧き出た苛立ちが沸々と熱湯のような憤怒に変わろうとしてる。


 そんなわたし達を置いて、メリッサは嬉々として自分の点棒ボックスから腕輪を取り出した。腕時計くらいの大きさで、ちょうど時計盤のある位置にデジタルの画面が着けられていた。


 銀色のデジタル時計と見間違えそうなそれは、スキャン機能があるようで、和了った時の手牌から何翻=何点ゲットできたかも自動計算してくれるらしい。


「マイク機能も着けてあるから、ツモやロンなどをする時ははっきりと大声で宣言して欲しい」


 ナルちゃんはどうもこの腕輪を付ける意味に納得がいかないようだった。

 確かに点数で優劣をつけるだけなら、紙にでもメモ書きすれば良いだけなのに、なんでわざわざ? 

 

……迷った末にわたしは腕輪を嵌める。わたしに続いてナルちゃんとメリッサが右手首に腕輪を嵌めた。メリッサは全員に腕輪が嵌められたのを認めると、芝居がかった仕草で腕を広げた。


「さてさて、点数なんて紙にメモすれば良いと考えてる諸君に教えよう! この麻雀において点棒の代わりを為すもの。それは――――痛みだ」

「へ?」


 腕輪からキィィィィィッと、変な音が鳴ったと思った途端。

 ――――迸る閃光が指の爪を全て吹き飛ばした。


「「いっっ、っぁぁああああああッ‼⁉⁇」」


 突如として降って湧いた激痛に、喉が擦り切れるくらいの悲鳴が飛び出た。

 肩で息をしながら、わたしはふるふると指を見る。


 吹き飛んだって思ってた爪は何事もなく、わたしの指先を覆っていた。


「今、

 これから始める麻雀は、点棒の移り変わりが起こる度に、点数に応じた強さの電撃が流れる‼ 点棒いらずの、良いルールだろゥ⁉」


 ヒュッ、と鞘から短刀が抜かれる。痛みで霞む視界の向こうでも、猪狩伎さんから烈火のような怒気が噴き上がってるのが見えた。

 刀身に真っ赤な殺意を乗せながら、猪狩伎さんは無音で腕を振りかぶった。


「待ちなさい!」


 メリッサの首を刎ね飛ばす筈だった短刀が、寸でのところで静止する。怜悧な刀身を月光に煌めかせながら、猪狩伎さんは呼びかけたナルちゃんを睨んだ。


「なんで止めた?」

「わたし達の友人を助けられなくなるからよ‼ 冷静になりなさい‼」


 激怒している極道に叱り飛ばすナルちゃんを見て、わたしは信じられなかった。


 痛くないの? どうして、そんなに平気でいられ。

 湧き上がる疑問がフッと消える。膝の上に置いたナルちゃんの手がぶるぶる震えている。


 わたしはその震えを目にして……猪狩伎さんにはっきりと告げる。


「大丈夫です。猪狩伎さん。わたし達ならっ、平気だから……おねがい」


 猪狩伎さんはしばらくこの場にいる全員を睨みつける。でも、わたし達の視線を注がれ続けたからか、渋々と言った様子で短刀を鞘に納めた。


「よろしい。ならば、最後の確認だ。ルールは永田町、試合数は1度っきりの東南戦。言うまでもないが気張れよ? なにせ……これは君達の残りの人生が懸かったゲームなんだから」


 ……残りの、人生?

 そう言われて、わたしは今までの人生を思い返す。

 一言で言うなら……わたしが送ってきた人生は、『少ない』人生だった。


 欲しいとか成りたいとかそんな欲が少なく、だからこそ飛び切り恥ずかしい失敗も心の底から悔しいと思える挑戦も少ない。我儘なんてほんとに数えるくらいしか。


 そんなわたしが今朝、我儘を言った。とても、とても、酷い我儘。

 チクチクと痛む罪悪感に耐えられなくて、言ってしまった我儘を――――みんなは、叶えてくれたんだ。その先の、残りの人生が苦しくなる筈なのに。突っぱねるべきわたしの我儘を、みんなは聴いてくれたんだ。


 それなのに、そんなみんなの人生を、将来を、全てを……奪う?


「――――させるもんか」

 これが最後のゲームだなんて。


 メリッサの言う通りになんて、させるもんか‼


 配牌が始まる。

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