第39話 お膳立ては整った!
「やぁやぁ、意外に早く戻って来たねェ」
時刻は22時。
廃ビル最上階のホールで、わたしは初めて白い髪の女――メリッサと正面から対峙した。
彼女は、わたしが出会ってきたどんな人よりも美しかった。
女性としての曲線美を極めたボディラインは露出度がまったくない純白のスーツを着ていても、尚ドキリとするほど色っぽい。
なのに表情だけが、わたし達より年下かなって思うくらい、子どもっぽくて無邪気だ。
「とても友達想いなんだねェ、
細く艶やかな指先で腕時計をつつくと、メリッサは「キャハハ」と勝手に笑いだす。そして唐突に顔から笑みを消して、ここに無い筈の物に頬杖をついた。
「で、戻って来たからには覚悟してるんだろう? まさか、戻ったら何かすると言われてないから安心して戻って来た、なんて言わないよね?
ワタシから友人を取り戻すなら、相応の対価は払ってもらうよ? ……無事に帰れるとは思わないことだね」
ギシッと、ホールにあったら不自然な物が軋みだす。
相対してるだけで骨が軋むようなあの威圧を前に、わたしは唾を飲み込んだ。
込み上げる恐怖がまたわたしから声を奪おうとするけど……怖がってなんかいられない。わたしは一歩二歩と歩き出し、彼女が頬杖をしている物を見つめた。
「どうして、ここに麻雀卓があるの?」
廃ビルに似つかわしくない、調達したばかりと云わんばかりの麻雀卓がそこにあった。卓を囲む4脚の椅子も、明らかに高級そうな、ふかふかで背もたれのついた椅子だった。
その内の1脚に腰掛けていたメリッサがわたしを一瞥する。
ドロリとした鮮血のような目が、ルビーのようにきらきらと輝き出して、「フヒッ」と嗤った。
「麻雀同好会なんだろう? 君達4人の未来を決めるには、ピッタリのゲームじゃないかァ?」
「っ! なんでわたし達が麻雀同好会だって……」
「ワタシの情報網を舐めてもらっちゃァ困る。ワタシはね、知りたいと思ったことは大抵知ってしまえるんだよ。君のお母さんとお父さん、けっこう童顔だね。美人は親譲りという訳だ」
足場が突然無くなったような、落下のような感覚を覚える。
歯をかたかた鳴らしながら、わたしは悟る。
――わたしは、わたし達は、本来なら関わるはずのない、関わっちゃいけない人に目を付けられてしまった。
だからこそ……っ!
歯の震えごとギチリと噛み潰して、わたしは麻雀卓に両手を叩きつけた。ホールに騒音が鳴り響く。呆けた顔をしたメリッサを睨み据えて、わたしは疑問を撃ち放つ。
「何を賭けるの? 勝ったら何をくれるの、負けたら何を奪われるの?」
だってこんなに力のある人が、お金なんかを欲しがるなんて思えない。
わざわざ家族のことまで把握してるとチラつかせてきた以上、絶対にこの人は……わたし達のかけがえのないモノを奪うに決まってる。
メリッサは唇を引き裂いて、妖艶に微笑む。
「君達が勝てば、友人2人はすぐに返そう。けれど負けたら――君達4人はワタシの好きなように使わせてもらうよ」
「……足りない」
「なに?」
メリッサが眉をひそめる。わたしはすぅと息を吸う。あの時――――メンちゃんを拉致しようとしたあの男達と対峙した時のように。
キッと目を鋭く吊り上げる。
「街中に放ってる警察の追手を取り下げて。
何を言ったか知らないけど、濡れ衣なんて被る暇ないの。
……自分達がやってしまったことだけで手一杯だから。
それと、二人を解放したら、わたし達4人を家に帰らせて。あなたのお金で。そして……金輪際、わたし達とわたし達に連なる全ての人に手を出さないで」
メリッサは言った。『わたし達を、好きなように使う』って。
それは、わたし達の体も、尊厳も、人権も全て渡すということ。向こうがそれだけのデメリットを要求するなら……こっちだってメリットを上乗せしてやる。
あの時みたいに強気で行け。一歩も退いちゃ駄目だ。
――止まって、足の震え……! そう祈っていたら、メリッサは「フヒッ」と吹き出した。
「ヒヒッ、ハハッ、キャッハハハハ‼ 良い闘志じゃないか‼ 啼くだけじゃなく、咆えるようになって嬉しいよ、
良いだろう、その条件を呑んでやる。ただし、そこまで言ったからにはワタシが決めたルールでプレイしてもらうぞ!」
快諾には、快諾で返す。
わたしは力強く、頷いた。
「と、いうことだから――いい加減、出てきたらどうだ? 時代遅れの化石極道」
次の瞬間、暗闇の中から短刀が浮かびあがり、メリッサの首筋に切っ先を突き付けた。見ただけでその滑らかさを指に感じさせる、彼女の柔肌がプツッと裂ける。
でもメリッサはまるで意に介さず、自分の背後を取った猪狩伎さんを振り返り、見上げた。
「別の入り口から入ってきたことは知ってたよ。ただ、存外おとなしいカチコミだね。鉄砲玉というより
「見ねぇ顔だな? 大陸系か? まぁ、何はともあれ……オジキの断りも無しにサツまで動かしやがって。やんちゃが過ぎたな」
「ハハッ。いつまで支配者を気取っているんだか、鬼龍会は。そんなだから
「――――首に風穴開けられたいらしいな」
「まって、猪狩伎さん!」
月光を浴びて、怜悧に煌めく短刀の先端が赤く熱く濡れる。
猪狩伎さんは待ったをかけるわたしに向き直り、
「愛理ちゃん。なんで勝負に乗った? 君が気を引き、俺が仕掛けて、実莉と俺の舎弟が2人を探し出す。そういう手筈だっただろ」
猪狩伎さんが軽々に勝負に応じたわたしを咎める。
ホールには出入り口が2つある。1つはプラちゃんが撮影した入口。その奥にあるもう1つの入り口から、わたしは入った。
猪狩伎さんは手前の入り口から侵入して、メリッサの背後を確保。取り押さえて、メンちゃん達の居場所を聞き出すというのが事前の打ち合わせだったけれど……。
「事情が変わったの。この人はわたしの家族まで把握してる。わたし達が無事に帰れたとしても……おかえりを言ってくれる人がいなかったら」
「フヒャハッ! 一般人の方が賢明じゃないかァ。まだ甘いがねェ。ワタシが素直に、この廃ビルのどこかに2人を捕らえていると思ってるの?」
メリッサはスマホを取り出すなり、軽く掲げた右手でタタタッと操作する。
画面の向こうにメンちゃんとプラちゃんが映った。
「メンちゃん! プラちゃん!」
体育座りで暇そうに体を揺らしてる2人を見て、思わず呼んでしまう。でも、こっちの声は聞こえてないみたいで、2人の会話だけ筒抜けだった。
『さざなみぃ~ダンスッ!』
『るーるる、るるる、るーるるー』
『メンちゃん、それ鉄子の部屋やん』
『波の……音が……遅れて……聞こえるよ』
『遅れてないよ、普通に聞こえるよ』
「――ワタシが言うのもなんだが、神経図太いねェー。君の友人」
「あー。いや、これただ現実逃避してるだけですね」
恐怖がカンストしたのか、一周して逆に平気になったのか、暇すぎたか。とにかく耳を澄ましてみると、2人のいる部屋から波の音が聞こえてくる。
「分かっただろ? 2人はこの廃ビルにはいない。居場所を知ってるのは、ワタシだけだ」
「指の2、3本落としゃあ、居場所を吐く気になるだろ」
「はぁ、想像力の足りない猿だな。ワタシがあの部屋に何の仕掛けもしてないとでも?」
「猪狩伎さん、短刀を捨ててください」
しばらくの逡巡の後、猪狩伎さんは短刀を鞘に納めた。
鎖骨を伝って胸元にまで垂れた血を指に絡めて、メリッサが舐め取る。
「部下を帰らせて、成瀬実莉をここに呼べ。
貴様にはワタシ達の麻雀の審判役をやってもらう。嫌とは言わないだろう?」
「当然だ。――イカサマしやがったら、
猪狩伎さんが短刀の鯉口を切る。メリッサは短刀を横目に「フヒッ」と嗤った。
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