第30話 旅先の女子会

 しばらくしてからホテルを見つけて、入ってみるとファミリールームが一室空いていた。


 ファミリールームは、つい昨日のホテルと比べたら、豪華さも設備も圧倒的な隔たりがある。けれどまぁ、4人で泊まる分には申し分ない広さだったし、


「「 札束ビーンタ、じゃんけんポン! 」」


 バカ騒ぎをするには十分すぎた。


 うちがパーで、ナルっちがチョキ。

 避けようとしたけど、ナルっちの20万ビンタが素早く、うちの頭を引っ叩いた。


「あー、またうちがパシりー⁉」


 ベッドに倒れ込むうちに、容赦なくみんなのリクエストが突き刺さる。


「はいはーい、あたし叙々苑の焼肉弁当!」

「わたしシュガーボールとガトーショコラぁ」

「今週のサンデーとマガジンとジャンプを買って来なさい」

「あんたらそれ深夜に買うもんじゃないわよ⁉」


 ていうか、ナルっちマンガ読むの⁉ 

 うちが稼いだ10万円が徐々に減っていく。こんなペラペラだったら、仮にナルっちを叩けたとしても味気ない。


「くっそ~、テンピンでこつこつ貯めてきたのにぃ~」

「ご苦労様。でもまぁ、私は? デカデカピンで勝ちましたけどね? あなたは負けると思ったらしいけれど。勝ちましたからね?」

「ぬぐぐぐぐ」


 うざいけど、何も言い返せない。でも、言われっぱなしなのは癪だった。


「その、例のデカデカピンの勝負で言いたいことあるんだけどさぁ」

「あら、なにかしら?」


 セミロングの髪をなびかせてドヤるナルっちに、かねての恨みをぶつける。

 それは賭けの頭金として犠牲になった、朝倉晴馬くんの手乗り写真集のことだ。


「写真集売る必要なかったよね?」


 ドヤ顔が石化する。冷や汗を流して、視線を逸らし始めるナルっち。

 誤魔化されんぞ、うちは。


「嫌がるうちから無理矢理奪い取って、ブックオフで6万円に変えて」

「うぐ」

「いざ行ってみれば、あのいかついオッサンがぽーんて50万出して、6万のことガン無視」

「うぐぐぐぐ」

「返せ! うちのバイブル買い返せ!」


「まぁまぁ、双方落ち着きんしゃい。ポテチでも如何?」

「それ、さっきうちがパシりで買ってきたやつじゃん!」

「マカロンおいしー」


 実質、合宿旅行4日目みたいになってて、みんなの深夜テンションはカオスだった。


「あ、メンさん。春木拓斗の学生証いります?」

「いらねぇー! てか、なんで持ってんの⁉」

「くすねてたのを忘れていたわ」


 車のナンバーだけじゃなく、あいつの個人情報までどうやって知ったのかと思ったけど、学生証取ってたのね。

 納得しつつ、渡された学生証をゴミ箱にシュート。


「プラちゃんはやっぱりおバカ。この深夜に叙々苑だけでなく……カップラーメンまで!」

「そういうラブちゃんもけっこうお菓子食ってるけどね。ほら、どうだ良い匂いだろう?」

「あぁ! フタをパタパタしないで、誘惑しないでぇぇぇ。一口ください」

「がっつり誘惑に負けとるがな」


 プラっちとラブっちは深夜飯を食べてるけど……良いのか、あんた達。二日前の高級エステの効果打ち消してるぞ?


 お腹のお肉の心配をしてたら、ふいにラーメンを完食したプラっちが唐突に腕を掲げて、


「はーいそれじゃ、ポッキーゲーム大会やろうぜー‼ 勝った奴は負けた奴のおっぱい揉む!」

「なんで急に⁉」

「話題変換、雑過ぎっしょ⁉」

「……ポッキーゲームって何かしら?」


 流石は、その場のテンションと思いつきだけで生きてきたプラっち。何の意味も意図もなく、うちらはただただ笑って、騒いだ。


「んひゃあ⁉ ちょっ、ラブさっ、だめっ、わき腹はだめ!」

「嘘でしょ、なんでこんなにくびれてるの⁉ なんでこんなにスベスベなの⁉」

「うわ、おもた⁉ 柔らかいより先に重たい⁉」

「プラっち、それマジ禁句だから……なっと!」

「ぐほぁ⁉ ちょ待て、馬乗りはあかん。あかんて、メンちゃん。ゆるし――アッハハハ!」

「はぁーはぁー……覚悟はよろしくて? ラブさん」

「その手の動き何なのナルちゃん⁉ 目が怖いよぉ! あやまる! あやまるから……」

「問答無用!」

「やぁぁぁぁーーー‼」


 ……ポッキーゲーム大会というかほぼくすぐり大会だったけど、

 大会は窓の外が明るくなるまで続いて、みんな死体のようにベッドの上でぐったりしていた。


 静まり返った中、うちは肩で息しながら体を起こす。深夜テンションが終わって、客観視すると「うわぁ」って声が出てしまった。


 ベッドに広げてたポッキーは粉々に散乱してて、バスローブをはだけさせた女子4人が息を荒くして寝っ転がってる。


「……部屋に入って最初、お風呂入ったのが失敗だったなー」


 第三者が見たら、100%誤解される光景に、もう笑うしかない。疲れが肩にのしかかってきて、うちはまたベッドで大の字になった。


 …………静かだな。唐突に訪れた静寂に、うちは歯噛みする。静かになると、一人で考えることになって、考え出したら胸の奥がじくじくと痛んだ。


「ねぇ、みんな……寝た?」


 返事は無い。

 うちは起こさないように、そっと体を起こす。ベッドの上をはいはいで進むと衣擦れの音が鳴った。うちはすかーすかーと寝息を立ててるプラっちの傍らまで近づく。


 髪をほどいていると女の子っぽくて、プラっち可愛いな。そんなことを思いつつ、うちはプラっちがいつもポニーテールを結ってる位置に、指を入れる。


 ――良かった、跡にはなってない。


 男達に髪を掴まれて苦痛に歪んだ顔が、安らかな寝顔と重なる。


「ごめん、ね。初古……せんぱ」


 喉の奥から切なくて熱いものが込み上げて、ちゃんと口が動かない。わなわなと震えたまま、うちはベッドで体を丸めてる成瀬……ちゃ、んにも声を掛ける。


「成瀬っ、ちゃん。ごめっ、ん……。う、うちさずっとあんたが、羨ましくてさぁ。愛理に尊敬されてさ、綺麗でなんでもできてさ、だから張り合ってないと……うちのいる意味無い気がしてさぁ」


 いっつも感じ悪いこと言って、ノリ悪いこと言って、ごめん。

 でも愛理、同好会に入ってからどんどん成瀬と打ち解けていって……とられたみたいで、嫌だった。それを嫌って思ってる自分自身もキモくて嫌いだった。


「成瀬ちゃんが勝つって、最後まで信じきれなくてごめん……いっつもトゲトゲしたこと言ってごめん……こんなことを、寝てる時にしか言えなくて……ごめぇぇん」


 ずっと心の底に溜めてきたものがボロボロと目から溢れる。

 どうしよぉ……謝ったらすっきりすると思ったのに――――謝ったら、こんなにも止まらなくなるなんて。


 どうしよう拭いても拭いても後から出てくる、このままじゃ目腫れちゃう。腫れたら、泣いてたってバレ。



「――――以上が、メンちゃんの言いたいこと全部です。二人とも聞いてた?」



「へっ⁉」

 谷間から心臓出るかと思った。声のした方を向いたら、愛理――ラブっちがもぞもぞと体を起こしていた。


「いやぁ素直じゃないのは知ってたけどさぁ。寝た後に心配されても……あっは!」

「あなたに『ちゃん』付けで呼ばれるの、違和感しかないわ。もうやめてちょうだい」


 残りの二人も続々と体を起こす。

 へ⁉ え、どういうこと⁉ 寝てなかったの、あんた達! しどろもどろするうちを、みんなはニマニマとにやけながら眺めている。


「寝たふりでもしないとメンちゃん謝らないからねー。でもこれでわだかまり溶けたよね?」


 うちは得意げに小首を傾げるラブっちのほっぺたをこねくり回した。何したり顔してんのよ。ナルっち達にも恨みがましい目を向けたけど……もーいっかぁ。


 ラブっちを胸元に引き寄せて、うちはぬいぐるみみたいに抱っこする。そしてラブっちのふわふわの栗髪に顔を埋めながら、


「……二人とも、迷惑かけて、ごめん」


 わぁ~~、わぁ~~~~耳まで熱っつーーーーい! ちらっと顔を上げると、二人は一瞬顔を見合わせてから、言葉を重ねた。


「「 いーいーよー 」」


 ぷっと吹き出す。


「なにそれぇ」

 そうして笑ってしまったのだった。

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