第31話 罪科の在処

「ねぇ、やっぱり……自首しに行こう?」


 ホテルのチェックアウト寸前、散らかした部屋の掃除や荷物の整理をしていた時だった。

 ラブっちが俯きがちにそんなことを言い出したのは。


「ちょっ⁉ 何言ってんの、ラブっち!」

「あなた自分が何を言ってるのか分かってるの⁉」


 うちとナルっちは初めて意見が一致して、声を張り上げた。だってそうでしょ? 

警察に行ったら、うちら間違いなく罪科コブ付きになっちゃう。うちらまだ高校生なんだよ? 


 ぶっちゃけ将来とか高校卒業した後とかぜんぜん想像できてないけど、そんな将来が苦しい道のりになることだけは簡単に想像できた。

 警察に行くって、罪科コブを作るって、そういうことなんだ。


「――――不運は甘んじて受けるべし……されど向き合え」

「え?」

「沼田先生が、言ってたの。わたし、車の中で少し先生と喋ってたから……わたし、ずっと考えてたの」


 そう言って顔を上げたラブっちの目には、何度も考えて積み重なった、思考の地層があった。


「わたし、別に麻雀をしたことは悪くないって思ってるの。

 だってわたし、今までなんにも挑戦したことなくて、部活にも入ってなくて……だから麻雀同好会に入れて本当に良かったって思ってるの。

 最初は打算混じりだったけど、一から麻雀習うの面白かった。みんなと麻雀するの楽しかったの。今回の合宿旅行だって、ホテルで過ごした日々を思い出したら、どれも輝いてて……き、昨日は大変過ぎたけど、ナルちゃんのおかげで乗り越えられて、そしたらなんだか、その、感慨深いというか良い思い出になったというか……ごめん 本当にごめんね、ナルちゃん。こんなこと言っちゃって」


「べ、別に気にしないで。私も……同じような気持ちですから」

「いや、うちは無理だよ? そんな気持ちなれないよ?」

「まぁなぁーー! メンちゃんのやつはマジ事案一歩手前っていうかさぁーー!」


 うちはプラっちの後頭部をしばく。

 溌溂と言うところじゃないでしょうが、空気的にも内容的にも。

 ラブっちは一言一言、絞り出すように自分の考えを紡ぐ。


「で、でもね。このままホテル出て、飛行機に乗って、帰っちゃったら…………これからっ、先……大人になって、今日のこと思い出して、『楽しかったなぁ』って、『良い思い出だなぁ』って思う時――――イカサマでお金を奪ったってことも思い出しちゃうんだよ」


 ブラウスに皺ができるくらい強く、自分の胸を握り締めて、苦しそうに告白する。


「警察署に来てた、あのおじいさんとおばあさん……本当に良い人だったの。

 わたしが地和出しても、『良かったね』って手を握って、『良い旅になるね』って微笑んでくれて……。

 わたしはそんな人達から! お金を騙し奪ったの! それなのに、このままおうちに帰ったら、大人になったわたしはっ、絶対『楽しい思い出』なんて思わない! 『忘れなきゃいけない』思い出になっちゃうの! 少なくともわたしはそうなの!」


 言葉を紡げば紡ぐほどうるうると目一杯に涙が溜まって、ラブっちは嫌々と首を横に振った。雫がキラキラと飛び散って、消える。


「いやなの……みんなとの楽しかった旅の思い出が、そんな風になっちゃうなんて……いや」


 沈黙と一緒に、ラブっちのしゃっくり混じりの泣き声が、部屋の空気の中に溶け込んでいく。なんて言えば良いか分からない。うちが今感じてるそれこそが、ラブっちが今まで抱え込んで考え続けてきた苦しみなんだ、と今更思い知った。


 いや、うちの場合は……分かっていて、このことを考えるのをやめていたのかも。蓋をして、見ないようにして。時間が過ぎればなんとかなると……そう思い込みたかったのかもしれない。


 それは多分ナルっちも同じこと。うちと同じく押し黙ってるのがその証こ。


「――――うん! じゃあ行くかぁ~、警察」


 さらりと、溌溂としたプラっちの声が、沈黙の空気に風穴を開けた。

 うちとナルっちが何か言う前に、プラっちは泣きじゃくるラブっちの頭に手を置いた。


「いっぱい考えたんだよなぁ。それで前科つくの怖いけど、振り絞って言ったんだよなぁ」

「えらいなぁラブちゃんは」と、ヒマワリのような笑顔でプラっちは頭を撫でた。優しい手つきでラブっちの黒髪を撫でながら、あははと笑い混じりに断言した。


「それに聞いたら確かにあたしもやだなぁ~~! 語り合って楽しくなるような、そんな思い出の方が良いに決まってんもんなぁ~~! ……二人も、こっちで出会った人達のこと、思い出す度に苦い想いしたいか? 違うっしょ?」


 うちらに向かって言われたプラっちの言葉は、あまりに的確だった。だってそれ聞いた途端、うちの脳裏には雀荘のマスターやオッサンズの顔が浮かんだから。


「……私も猪狩伎との勝負を、そんな思い出にしたくないわ」


 ナルっちはしばらく口をパクパクとしていたけど、ため息をついて観念するように言った。


 うん、なんかうちらの間の空気が固まってきた。

 あ~ぁ、これでうちらも前科者かぁ……ん?


「ねぇ、待って。確かにさ、事の発端はあたしらのせいだよ? でもさ――――沼田の野郎に何の非も無いっての? それ違くない?」


 沈黙が下りる。

 でもそれはさっきの重苦しいやつとは違って、4人それぞれ納得がいった証拠の沈黙だった。


「よし、それでは沼田和義は確実に道連れにしましょう」

「ぜったいにぶっとばす右ストレートでぶっとばすぜったいにぶっとばす右ストレートで……」

「わぁープラっちが殺意の波動に目覚めちゃってる~~~」


 まぁ、そう言ううちも帰ったら絶対にあのグラサン叩き割ってやろうと思ってるけど。この中で優しいのはやっぱりラブっ……


「ねぇ、メンちゃん。腰の乗ったパンチってどうやって打てると思う?」


 おぉっと、麻雀同好会の良心が消えた。

 これは血の雨降るぞ、沼田。うちは東京で一人ぬくぬくしてるであろう沼田に、念を送った。

 マジ覚悟しろよ、と。


 なんか最後やたら血気盛んになったけど、全員の目的が一致した方がやっぱり動きは早い。ベッドのシーツまで整えてから、うちらはホテルをチェックアウトした。

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