第29話 深謀怒号友情JK


「んなっ」と、メッシュが動揺しているのが背中越しに伝わってくる。


 対して、ナルっちは落ち着き払った態度で、ゆったりとそらんじる。


「春木拓斗。長崎産業大学、経営科の2年」

 唇に人差し指を当てて、にっこりと首を傾げた。


「住所は……言わなくて良いか。じゃあ学籍番号でも言ってあげようかしら」

「な、なんでそれを」

「――さっさと二人を放せ、下衆野郎。社会生命終わらせたいの?」

「このアマっ!」


 あっ。

 逆切れした耳ピアスが腕を振り上げて、ナルっちに向かっていく。


 あぶない。

 そう叫ぼうとしたけど、喉からは掠れた音しか出なかった。加速する耳ピアスの拳がナルっちに迫る。


 拳がぶつかる刹那、ほんのわずかしかない隙間に――ラブっちがその身を滑り込ませた。


 ビタッと、拳が止まる。


 まるで拳銃のように、


「この人、誰だか分かる?」

「はぁ? ……っ⁉ き、鬼龍会の猪狩伎天哉いかりぎてんや⁉ なんでそんな大物とお前が一緒に写って」

「お父さん」


 男達の間に流れる空気が、凍った。

 ラブっちは睨み据えたまま、念を押すように区切って言い放つ。



「わたしのお・と・う・さ・ん」



 何言ってんの⁉ 


 うちはとんでもない嘘を目の当たりにして、心ン中で叫んだ。


 ていうか訳わかんない。

 なんでラブっちとあのヤ〇ザがツーショット写真チェキ撮ってんの⁉ 

 でも効果は絶大で、耳ピアスとメッシュから明らかに『強気』が失われていた。怯えと恐怖を漂わせながら、何か話し合っているけど、中身のない会話だった。


「呼んでも良い?」

「い、いや」


「挨拶する?」

「いやいやいやいや!」


「だったら、早く離れてよ‼ わたしの友達から離れて‼」


 火の玉みたいな怒気を放って、ラブっちはダンッと思いっきりアスファルトを踏み鳴らす。


――ラブっちは滅多に怒らない。


 なのに……今、ラブっちは自分を奮い立たせて、男達に立ち向かっていた。

 ラブっちの怒気を受けて、メッシュはうちとプラちゃんを突き飛ばした。バランスを崩して、こけそうになった瞬間、ナルっちがうちらを抱きとめる。


 すぅっと、ラブっちが大きく息を吸う。

 その際に、うちは見た。


 握った拳が震えているところを、力強く踏ん張ってる膝が震えているところを。


「次、わたしの友達に手を出したら、もうこの街で生きていけなくしてやる‼ 

 追いかけて追いかけて、どこまでも追いかけて絶対に、山に埋めてやるんだからぁっ‼‼」


 吐き慣れてない怒鳴り声も、よく耳をすませば、震えていた。

 ラブっちの渾身の怒号に男達の顔色は、闇の中でも見えるくらい青ざめていた。


「せーのっ」


 後ろからナルっちの掛け声が聞こえたと思ったら――――バガァン‼ とバンの車体が蹴りつけられた。


 バンに備え付けられていた振動センサーが蹴りの振動を検知して、深まり切った夏の夜空に物凄い音量のアラームが響き渡った。


 それが止めだった。


 男達は、鼻が潰れた春木を抱えて、一目散に十字路から逃げ去っていった。

 男達の背中が完全に闇の中に消えていく。それを確認し終えた途端、ラブっちがカクンと膝から崩れ落ちた。


「ラブっち! だいじょう」

「このバカ女ぁ‼」

「ひでぶっ⁉」


 駆け寄った途端、ぼかんと頭にラブっちの鉄拳が叩き下ろされた。


「この面食い! 頭スカスカぁ! メンタルちょいぶさぁ! ふわふわおっぱぁい!」

「プラっちも言ってたけど、あんたらにとっておっぱいは悪口なの⁉」


 我慢できずにツッコんじゃうけど、それに反応することなく、ラブっちはわんわん泣きながら、うちを殴り続ける。


「どうせ、ナルちゃんが負けると思って、『うちがどーにかしなきゃー』とか思ったんでしょ⁉それで一人で突っ走ったけど、オジサンばっかりで嫌気がさして、ちょうど良いイケメン見つけてホイホイ付いていったんでしょお⁉」 

「お、おっしゃる通りです!」


 ぽかぽかって効果音つきそうな、弱っちい衝撃が心にクる。正にラブっちの言う通りで、ぐうの音も出ないんだけど……うちには分かんない。


「なんでラブっち、そんなことまで分かるの?」

「分かるよぉ!」


 ぽかぽか殴りの手を止めて、ラブちゃんはワッと叫んだ。


「何年、京子ちゃんの友達やってると思ってるんだよ、バカぁ‼」


 思いの丈をぶつけられて、目を見開く。

 さっきまでのポカポカよりも、桁違いに強い衝撃が胸を貫いた。


「なんで一人で行っちゃったの⁉ 心配したじゃん! すっごい、すっごいすごい心配したんだよ⁉ 何かあったらどうしようって気が気じゃなくて、案の定連れ込まれそうになってて!」

「ごめん」


「プラちゃんが駆け出してくれなかったら、ナルちゃんが冷静でいてくれなかったら、わたし……わたしっ」

「ごめぇん」


 耳元で謝りながら、うちはラブっち……愛理を抱きしめる。

 もう大丈夫だよ。うちは無事だよって伝えるために。

 もしくは心配かけさせてごめんって許してもらうために、ギュウっと抱きしめた。


 肩が温かく、濡れていく。

 それだけ愛理が、うちの大切な友達が、うちを大事に思ってくれてる証だった。


「お二人とも、盛り上がっているところ大変申し訳ないのですけれど」


 いや、微塵も申し訳ないって思ってないっしょ。

 そんな口調で、ナルっちは淡々と現状を伝えて、うちらに行動を促した。


「ひとまずこの場所から離れましょう。警察が来てマズいことになるのは私達も同じだから」

「いや、あたしらもかーい! つーか南側が治安悪いのってマジなんだねー」

「なのに、大抵の娯楽施設や観光スポットがこちらに集中してるのが本当に理解できないわ」


 プラっちが「それなー!」と笑ってから、うちらに向き直る。


「という訳だから、二人とも立てるー?」


 無言でうなずくと間髪入れずに、ラブっちが「大丈夫だよ」と伝えた。

 こうしてうちらはひとまず、十字路から離れた。

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