第43話 【深海】心象風景

 数局打ってきて、このめちゃくちゃな変則麻雀の特徴がだんだん分かってきた。

 本来の麻雀は各々の持ち点の奪い合いだけど、今回の麻雀は持ち点が0から始まる。そして、自分が和了あがったら、点数が加算される。


 現在、メリッサの持ち点は8万4千。ナルちゃんが6万点。わたしはまだ一度も和了って無いから0点。


 麻雀だったら、親を続けられる連荘レンチャンが重要なのは当たり前なんだけど、この麻雀において、連荘の重要性は桁違いに高い。


 メリッサは2回の連荘で万点稼いだし、ナルちゃんも連荘して6万点獲ってる。

追い抜くには、今打っている東場第2局3本場で、ナルちゃんが8翻=倍満以上を出さないといけない。


「っ~~!」

 わたしは思わず、ナルちゃんが今捨てた牌に釘づけになってしまう。


 索子の3。


 これをロンで取れば、わたしは和了あがれる。


 今のわたしの役は対々和トイトイ

 4面子雀頭が全部3枚揃った刻子で出来てる役だ。

 たった2翻の役だけど、永田町ルールで増えたドラが加わって、和了あがれば8翻=1万6千点ゲットできる。


 ……でも、いいの?

 わたしが和了っちゃったら、ナルちゃんが親じゃなくなる。

 それに子だからせっかくの倍満でも1万6千点しか手に入らない。


 迷う理由はそれだけじゃない……あの、電撃。


「どうした、仔猫キティ? 早く牌を拾い《ツモ》りなさい」


 山牌に手を伸ばさす、宙に手を彷徨わせるわたしを、メリッサが急かした。


 どうしよう、どうすれば、本当にいいの、わたしが和了っても。

 本当にこれが正しい判断なのか。


 疑心が頭の中で渦巻いて、重たくなってくる。

 ふと旋毛辺りに視線が刺さるのを感じた。うつむいていた顔を上げると、ナルちゃんがわたしを見つめていた。


(やりなさい)


 視線が、そう言っていた。

 わたしは唇をキュウッと引き結んで、


「ロン……1万、6千点」


 わたしの宣言を受けて、腕輪がわたしの手牌をスキャンして、役を承認する。

 瞬間、ナルちゃんの腕輪からバジィ‼ と雷光が弾けた。


「ぐっ……っ~~~~‼」」


 痛みに耐えて、ギリギリと奥歯を噛み締める音がこっちまで届いてくる。歯の隙間から苦鳴を漏らすナルちゃんに、わたしはじくじくと胸が痛んだ。


 これが、この変則麻雀の最大に厄介な特徴だった。


 点数的にはツモで和了っても、ロンで和了っても全く関係ない。

 問題は、電撃だ。


 ツモで和了れば、電撃の痛みは分散されて、メリッサにも浴びせられるけど、味方まで浴びてしまう。


 ロンで和了れば、点数分の電撃を1人に直撃させられるけど、今の様に味方の捨て牌で和了ってしまったら……。


「フフッ、そんな睨まないで欲しいなァ。ワタシだけに電撃を浴びせたいなら、ワタシの捨て牌でロンすることだね。さぁ、サイコロを振りたまえ」


 腕輪から電子音が鳴る。

 画面を覗くと、わたしの持ち点が1万6千点になっていた。

 サイコロを振ると、出目は7だった。

 種類問わず、数牌の7はドラということになる。


 更に元からドラの七索(チーソウ)は、1枚で2翻のボーナスポイントが貰えるダブドラに進化した。


 目を瞑って、深く息を吸って……一斉に手牌を崩し、3対の手が麻雀牌を掻き混ぜていく。




 牌同士が擦れ合いぶつかり合う音が――――とおく、遠く、海面の向こうへと離れていく。




 削って、尖らせて、鋭く、集中(もぐ)る。




 海中に潜った時みたいに、香りが鼻腔をくすぐることもなく、音が鼓膜まで届くことも無くなる。




 嗅覚と聴覚が消えても、わたしは集中もぐるのを辞めない。




 底へ……底へ……集中もぐれば集中もぐるほど、視界が隅から暗くなっていって、時を閉じ込めた水泡がわたしの後ろをすり抜けていく。



 そろそろだ。



 極限まで研ぎ澄まされていった肌の感覚……指先が――――とぷんと牌の中に沈み込んだ。




       『 やぁ、もうここまで深度を深めてきたか 』




 肌にまとわりつく水のうねりが、普段言ノ葉に包まれている筈の意思をダイレクトに伝えてきた。


 雀卓上の牌に向けていた視線を、上へ持ち上げる。



 ――――光も届かない、暗い、暗い、海底で……メリッサの白髪だけが幻想的な燐光を放っていた。



 


 美しき怪物は懲りずに何度も、自らの座す深淵へ潜り込んでくる無謀者わたしを、爛々と紅く輝く眼に納めて――――舌なめずりする。


『集中の深度ふかさは大したものだけど……さぁて、仔猫キティ? 

 今度は何時いつまでつかな?』

『そんなの、決まってるじゃない』


 メリッサの鮮血の双眸から逃げずに、わたしは決意に固められた意思を放った。


『 あなたに勝つまで 』



 深い海底の世界で対峙するわたし達の間に――――――ゴボボボボボンッッッ‼‼ と、何十枚もの牌が落とし込まれた。



 牌はくるくると水泡を伴いながら、錐もみ状に沈んでいく。



 わたしとメリッサは、ほぼ同時に動き出す。

 停留する海水を蹴りつけて、深淵に落ちていく麻雀牌を拾っていく。



 ――ここでどれだけの牌を確保するかが、『積み込み』の結果に関わってくる。



 《プールの石拾いみたいに、深海に沈んでいく牌を手にすることで、自分の山牌に『積み込み』することができる》。


 ここで負ければ……その時点でメリッサに天和を出されて、ゲーム終了だ。

 今、わたしが取らなきゃいけないのは、ダブドラの七索チーソウ


 視野の角度を広げて、わたしは七索を探知。ゴボンッ! と海水を蹴りつけて、鋭く研ぎ澄ませた指先で水圧を掻き分ける。



 あと……すこしっ! 腕をめいいっぱいまで伸ばして、指先が七索に届きそ



『 頂いていくよ 』



 紅い瞳に白い鱗の海蛇が颯爽と泳ぎくねりながら、七索を呑み込んでいった。

 くっ、そぉう! 噛み潰した悔しさが、泡となって口から零れる。


 頭を振ってわたしは引きずられないよう、次の牌を狙いに行く。重い海水を力いっぱい蹴りつけて進むけれど……圧し掛かる水圧がわたしの動きを緩慢にしていく。


 こんな中で、どうしてメリッサは――――あんなにも悠々と動けるの⁉

 万人の羨望を一手に引き受けた細い肢体をくねらせて、深淵の主――白蛇メリッサは次々と麻雀牌を呑み込んでいく。


 積み込みの腕は、メリッサの方が数段上だ。


『それでもっ、わたしは……っ!』


 メリッサに喰らいつく!

 時間的にも、もう限界。

 水圧で音が潰される世界の中で、わたしは咆えながら七索をつかみ取って―――――浮上した。


「ハァッ!」と、深い集中から帰ってきて、息を吸い込む。


 制服が水をずっしり吸ったのかと思うくらい重い疲労が、わたしの肩に圧し掛かって来た。


 積み終えた山牌から、各々4つずつ牌を手に取って、自分の手牌を並べていった。

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