第42話 女マフィアは虐めたい

「ひっっ、きっぁぁああああああッ‼⁉⁇」


 体の内側で暴れ狂ってる痛みを出そうと、喉が張り裂けるくらい叫んだ。


 横倒しになった視界の中で『發』と『中』が散らばっている。


 気付けば、わたしは麻雀牌を飛び散らせて、雀卓に突っ伏していた。


 あまりの激痛でこうなる数秒間の記憶すら、腕輪から瞬いた青白い火花に吹っ飛ばされている。


「フヒッ、ヒャハッ、キャッハハハハハ‼‼ 

 さすがに4万8千点となると、すごい電流だァ。

 まぁ、ツモで和了ったから威力は二分されてるがね!」


 返事どころか、声すら上げられない。

 肩で息を繰り返す。額から脂汗が吹き出る。


「たぃ……いたいいたいいたいぃぃ」と横から、か細くなったナルちゃんの声が聞こえてきた。


「こンのッ‼ イカレ女がぁッ‼‼」


 猪狩伎さんの咆哮が聞こえた。


 メリッサに向かって躊躇なく突っ込んでいき、怒りを込めた短刀がメリッサの首に届く――――よりも早く、メリッサがその名を呼んだ。


「ハスキー。ドーベル」


 闇の中から出てきた黒スーツの男2人が、猪狩伎さんをその場でたちまち取り押さえた。


 メリッサの部下と思しき2人の男は、顔の上半分をマスクで隠していた。

 雀卓に腕をついて、体を起こす。


 こうしてはっきりと目に映しても、その男達はまるで幽霊みたいに存在感が無かった。とても血の通う、生きた人間と思えない気配を放っていた。


「本気でワタシの背後を取ったとでも? 落ち着きたまえよ、ほら見てみろ。

 もう彼女起き上がってるじゃないか。痛みは一瞬だし、あくまでゲームなのだから安全性は考慮してるさァ」

「ふざけてンじゃねぇぞぉっ‼‼ これのどこがゲームだ‼ ドタマカチ割って」


「おいおい、それをするのはワタシがイカサマをした時だろう? 

 私情で刃を振るうなよ、あくまで貴様はこの場の公平性を保つ駒なんだからねェ」

「公平性だぁ? 犬2匹けしかけといて、デケェことほざくんじゃねぇ‼」

「自衛の術というやつだよ。

 頸動脈をなで斬りにされる寸前まで、けしかけなかったんだから、寧ろ感謝して欲しいくらいだ。で、どうだい? ゲームを続けるかい?」


 もう話は終わったと言外に伝えて、今度は電撃を浴びたわたし達に向き直る。


 やだ。やだ、やだ、やだ!

 ふるふると、首を振る。腕輪を外そうと、かりかり引っ掻いていたら、視界が潤んでいく。


 脳の奥底にまで焼き付いた痛み。あんなのを、また味わうなんて。

 痛いのはいや、やめて、いやぁぁ……。

 声が出なくて、涙目で訴えかける。

 

 すると、メリッサの頬がどんどん紅くなっていって、ゾクゾク震える肩を抱いた。

「は、ぁ……あっ」と艶っぽく息をつくと、メリッサは息を整えながら語りだす。

「やぁっぱりぃ、かわいいねェ、仔猫キティは。

 ふふふっ、それじゃあ一つ良いことを教えよっか。……ワタシに負けたからって、君達が悲惨な想いはしないんだよ?」


 今までの声が演技だったと思うくらい、優しく蕩けるような声を出すメリッサ。


「確かに誤解させるようなことは言ったよ? 残りの人生をもらうとか、君達をワタシの好きなように使うとか。

 でも、それは緊張感をもって、素晴らしいゲームにするための演出さァ。

 ワタシの下に来れば、4人で仲睦まじい日々を送れる。分かるかい? 

 こんな痛い想いをしなくても、その腕輪を外して、ゲームをリタイヤすれば……友人は助かるんだよ」


「……ほん、と?」

「あぁ、本当だとも」


「会わせてくれるの? メンちゃんとプラちゃんに……また会えるの?」

「会うどころか、ずっと4人で過ごせば良い」


 メリッサが自分の腕輪の一部を指さす。よく見ると、そこには見えにくいけど、スイッチがあった。腕輪を外すスイッチだ。


 赤い瞳がわたしの涙を見つめ続ける。


「合宿旅行の日々は楽しかったろ? それがずっと続くんだ、ワタシの下に来れば」


 いつの間にか、涙は止まっていた。

 指が震えてるのはなんでだろう。

 でも、スイッチを押すのに支障は無い、支障は無い。


 勝たなきゃって思ってたけど、メンちゃん達が助かるなら……それで良いんじゃないの?


 元々、わたしは、楽しく麻雀を打ちたかっただけで……こんな、こんな、怖い思いして、痛い思いしてまで、麻雀なんてやりたくない。


 息がしづらい。呼吸が荒い。震える指先をスイッチに運んで……ボタンに指の腹を乗せる。



 もう――――――楽になりた




「 そんなもの、願い下げのくそったれよぉっ‼‼ 」



 カァン! と、卓に牌が打ちつけられる音が鳴る。


 牌音がボタンから指を剥がす。


 俯いた顔を引っ張り上げると、目だけで頬を引っ叩くようなナルちゃんの眼光がわたしを睨みつけていた。


「ちゃんと思い出しなさいよ、本条愛理! 何が楽しかった日々よ、田んぼのど真ん中に置いていかれることの、どこが楽しいのよ⁉ 

 汗まみれで山越えしたことの、どこが楽しいのよ⁉ ヤクザと賭け麻雀して! 半グレに拉致されかけて! 拳銃突きつけられて! 友達を人質にとられてクソみたいな麻雀させられてることの! どこが楽しいのよ⁉」


 ぱちん、と頭の中で爆ぜる音がする。

 熱と痺れが、ずっと潜ってふわふわしていた肌に爆ぜる。


「それでも! あなた言ったじゃない! 楽しかったって、良い思い出だったって、大人になって振り返った時の笑い話にしようって! そのために、罪と向き合うって、そう言ったじゃない‼」


 ――――痛い。

 叩かれた頬を抑える。掛けられる言葉にひりつく、頬を。


「自分の言ったこと曲げてんじゃないわよ、このバカ女ぁ…………っ!」


 ガシャン! とナルちゃんが腕を突き出して山牌を崩し飛ばす。飛び散った牌がコンクリートの床に落ちて、反響する。


 ――――痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い! 頭の真ん中まで届く痛みに、痺れに、わたしは体を丸める。それでも、わたしは痛みに震える腕を持ち上げて……雀卓に手を叩きつけた。


「 勝っ、て…………帰ろ、ぅ」



 帰って、向き合うんだ。わたしがしてしまったことの罪を。

 帰って、笑うんだ。乗り越えた山を眺めるために。

 帰って――――1発殴るんだ。


 この不運の、きっかけをわざと作った…………あのグラサン野郎にっっ‼‼


「勝って……みんなで帰ろう! ナルちゃん!」

「~~っ! 当たり前でしょう!」


「――ザンネン」


 大して落胆した様子もなくメリッサは薄い唇を割って……ねっとりと妖艶に、舌を舐めた。

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