第17話 ※未成年の方は真似するな(このJK達バカなんです)

「いやー! にしてもすげー金額だったな! まさか諭吉があんなに来るとは思わなかったわ。売る前提でこの俳優の写真集買おっかなー。なーんて」

「ギニャアアアアアアアアッッッ‼‼‼」

「ぎゃあああああ⁉」


 獣と化したメンさんが、高笑いしていたプラさんのポニーテールに噛みついた!


 今の獣声は、私にも意味が分かった。『転売、死すべし。慈悲はない』だ。


 私は手帳に載った地図に目を落とす。今、向かっている雀荘はこの街で唯一、高レートでの賭けが行われている。いわば、穴場というやつだ。もしかしたら、とっくのとうに摘発されて潰されてるかもしれない。


 それでも、私達の手がかりはこの手帳しかないのだ。


 祖父の書いた大雑把な地図を解読しながら、駅を通り、街の南側へ進んでいく。

すると、ラーメン屋の店主の言う通り、街並みに変化が訪れた。


 マックや吉野家など、馴染みのチェーン店が並ぶ駅前から離れて、新宿歌舞伎町のような大人向けの歓楽街を通り過ぎる。


 何度かメンさんやラブさんが客引きやスカウトマンに絡まれたけれども、追い払って更に街の奥へ進み続ける。すると、街並みがだんだん荒んだ景観になっていく。荒れた舗装路、心もとない街灯、路上にまき散らされているゴミ。


 和やかなに談笑していた二人の様子がみるみる引きつっていき、目的地の前に――深い階段の前に着いた頃には、私の肩を強く握りしめていた。


「……冥界?」と、地下から流れてくる冷気に震えるラブさん。

「いやダンジョンだわ、これ。奥にバハムートいる系だわ」


プラさんに至っては、意味の分からないことを口走っていた。


「さ、行くわよ」

「「「 まってまってまって! 」」」


 猫から人間に戻ったメンさんも加わり、三重の待ったをかけられる。

 ここまで来て何なの? 煩わしい。振り返ると、口々に不安を漏らす。


「ナルちゃんヤバいって! 完璧、裏社会のあんちゃんがオラついてる店だよ!」

「他の雀荘に行こうよ! この際、低レートでも良いから!」

「そうよ、こんなん絶対89……やーさ……指定暴力団体の若頭とかいるわよ!」

「? そんなのいるに決まってるじゃない」


 私は地下雀荘『麻雀地底人』の詳細が書かれた手帳を開く。そこには、祖父のコメント付きでこの雀荘の常連であるカモの詳細が載っていた。


『鬼龍会の若いのから、こってり搾り取ってやった。豚箱ぶち込まれた間抜けにゃ負けんよ』


 絶句する三人を勇気づけるつもりで、私は微笑んでみせた。


「大丈夫よ、最初に言ったでしょ? ――――私一人でやるから」


 階段を降りて、ドアを開ける。そこは雀荘というよりもバーのような内装だった。それもそのはず。

 元々ここはバーだったらしく、内装をそのままに雀荘として再利用している。

 カウンター席の厨房にはバーテンダーがいるし、壁にはドリンクメニューが掲げられている。


 そしてなにより。


「意外と……怖くない?」


 先程の怯えようから一転して、ラブさんは店内の雰囲気に目を丸くする。

 設備や客層はあのホテルの雀荘と比べるべくもないが、『お客が麻雀を楽しんでいる』という点に関してはどちらも一緒だった。


 大抵の雀荘で女性客を見かけることは少ないのだが、バーも兼任しているおかげか、お客の割合は女性客も男性客も半々といったところだ。


 老若男女が楽しむ、少し大人な店。といえば通じるものがあった。


「おぉ~ここも手積みかぁ~!」


 瞳を輝かせて、きょろきょろと店内を見回すプラさん。柔らかな光の照明、雀卓にちらほらと見えるカラフルなお酒とオシャレなグラス。どうやら、この店の雰囲気はみんなの緊張を少しでも和らげてくれたようだった。


 少しホッとしたところで、プラさんが勢いよくわたしの肩をどついた。


「なーんだよ、全然大丈夫そうじゃーん! まったく『いるに決まってる』なんて言ってビビらせてさー」

「ちょっ、こら! 騒がない!」


 声をひそめて、注意したが遅かった。雀卓の合間を縫って、グラスを回収していたバーテンダーが眉を下げながら、私達に話しかけてきた。


「申し訳ありません。当店は未成年厳禁でして」

「――――リーチ一発」


 手帳に記してあった言葉を唱えると、バーテンダーの顔つきが変わった。

 幾分か鋭さの増した眼光で見据えながら、続きを促す。


「役は?」

「タンイーペーコー」

「ドラ数」

「裏2赤1」

「フラれた方はどなたですか?」

「……成瀬清涯しんがい

 祖父の名を出した瞬間、バーテンダーの困り眉がぴくりと跳ね上がる。けれど、すぐに接客スマイルに戻ると、カウンターの奥へと促した。


「え、入って良いの?」とラブさんが驚く。


 カクテルをシャッフルするバーテンダーの後ろを通り抜けると、店内から見えない角度に重厚な扉があった。バーテンダーが扉を開けようとしたら、突然店内のBGMの音量が増した。


 ギゴゴと、重い音を立てて扉が開く。


「足元、下りになっております。お気を付けください」


 半地下の店内の中にある、更なる階段に弛緩しかけた緊張の糸が引き締まる。階段の先には、上階のオシャレな内装から一転した、安っぽそうな白塗りのドアがある。


「行くわよ」


 振り返って3人に問うと、3人とも小さく頷く。私は息を吸って、止めてからドアを開けた。

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