第7話 豪遊ー2 とろとろエステ……からの
「はふぅ……」
待合室の一人掛けのソファで、わたしは蕩けていた。
肩が軽い、じゃ収まらない。
体全部が羽みたいに軽くて、なんだか頭の中までふわふわしている。指で押されたところは未だにジンジンとした痛みがある。けど、まるでエステシャンの人の体温が楔として刺さって、わたしの体の奥をじんわり暖めているみたいだった。
それに加えて、血流とリンパも刺激してくれて、血が淀みなく流れているのが分かる。更に体をだるくさせていたものも綺麗に流されて…………
「あっ……ほんとに細くなってる」
一番気にしていた太ももを触って確かめたら、確かにエステを受ける前より、シュッとしている感じだった。むくみが取れたというか、全体的に肌がしっとりした気がする。
オイルを垂らされた時はヒヤッとしたけど、これだけ効果があれば大満足だった。
「はぁ~うごきたくなーい」
ソファの背にもたれかかって、わたしはすっかり骨抜きにされていた。買っておいたミネラルウォーターを飲んでいたら、メンちゃんとプラちゃんがエステ室から出てきた。
「おかえり~! ねぇ、エステってすごいね! わたしもう気持ち良すぎ……て?」
感動を分かち合おうと近寄ったら、2人の様子が何だかおかしかった。特にメンちゃんは両手で顔を覆って、嘆いている。
「もうむり。最悪。合宿終わるまで通おうとしてたのに……」
「え、え? どうしたの? なにがあったの?」
「なにがあったか聞きたいのは、うちの方だよ!」
メンちゃんが珍しく顔を真っ赤にして叫んだ。わたしは目を白黒させながら、苦笑を浮かべているプラちゃんに答えを求めた。
すると、あのプラちゃんが気まずそうに且つ忠告するように告げる。
「ラブちゃん。気持ち良かったのは分かるけど……喘ぐのはやめときな?」
さっきまで蕩けていた体が、「喘ぐ」の2文字によって石化する。
た、確かに声が出てた自覚はあるけど。
かたかたと震えながら、ギギギと首を回して、メンちゃんに確認する。
「そ、そんな、ヘンな声」
「出てた。むっちゃ出てた。隣まで聞こえた」
それでエステシャンの人とすごく気まずくなり、リラックスできなかったらしい。こうしてしばらくの間、わたしは真っ赤になった顔を手で覆って、待合室の床を転がり続けた。
*
「私達も最上階のレストランに行きましょう!」
部屋に戻るなり、ナルちゃんはわたし達3人を指さして、めらめらと固い決意を宣言する。
「あんたまだ食べる気なの⁉」
メンちゃんは「信じられない」と書かれた顔で、嫉妬と羨望入り混じった声で叫んだ。
いや違うメンちゃん。そうじゃない。
わたしはホールの入り口で抱いた嫌な予感が現実となったことに、頭を抱えた。
ナルちゃんはこの3か月で随分穏やかになってくれたけど……沼田先生が絡むといつも燃え上がるんだよなぁ。
「確認したのだけれど、ドレスならエントランスで無料レンタルしてるらしいわ!」
「マジぃ⁉ じゃ行こうぜー。グルメ王にあたしはなる!」と、ガッツポーズするプラちゃん。
「差し当たる問題は金銭面だけれど……私達にはとっておきの方法があるじゃない」
ナルちゃんは自信満々と言った様子だけれど、わたしには何のことかさっぱりだった。残りの2人も同じようで、ナルちゃんの言葉の続きを待っている。
「これよ!」
ナルちゃんはホテルのパンフレットを取り出すと、そこに載ってる館内図の一部を指さした。
『麻雀ルーム』と書かれたところを。
ここまでくれば、ナルちゃんが言いたいことはだいたい分かった。だからこそわたしは目を丸くして、確認せずにいられなかった。
「お金賭けるの⁉」
「そうよ。でなかったら、稼げないじゃない」
「わっかんないなー。プラっちはともかく、あんたなんでそんなに最上階のレストランとやらに行きたがるの?」
「あたしはともかくってなんだ」
突っかかるプラちゃんを手のひらで制しながら、メンちゃんは首を傾げる。
あ、だめメンちゃん。その疑問は油みたいなものだよ、更に燃え上がっちゃうよ。
「そんなの決まってるじゃない」
案の定、やる気の源を尋ねられたナルちゃんはめらめらと燃える目で、堂々と宣言する。
「あの男が享受していて、私が享受していないものがあるのが気に食わないからよ! だから、あなた達も早く支度しなさい!」
「わがままかよ⁉」とメンちゃんが突っ込む。
わがままもここまで来れば清々しい。そう思うのはわたしだけかな? メンちゃんは未だにナルちゃんの
「あんたとプラっちだけで行きなさいよー。うちはもうここに来れただけで、同好会に入った目的は達成してるの。ラブっちもそうでしょー?」
「えっ、いや、その……」
それでわたしは、メンちゃんのこういうところが苦手だ。自分の意見に同意するのは当然といった声音で質問してくるもん。
わたしからしたら、どっちもわがままなんだけどな~。
けれど、そんなこと口が裂けても言えない。こうして言い淀んでいると、空気が百足の足みたいになって、うなじを這う。
見回すと、雰囲気的にわたしが裁判官みたいな立ち位置にあった。
レストランに行きたいナルちゃん・プラちゃんと、別に行きたくないメンちゃん。わたしがどっちに付くかで、今後の合宿旅行全体に影響が出るのは明らかだった。
心の中で「う~~っ」と転がりまわった末にわたしは……ナルちゃんの方へ身を寄せた。
「ごめん、メンちゃん。わたしもちょっとレストランに……興味、ある」
「――あっそ。じゃあ3人で行ってきなよ。うちはナイトプール行ってくるから」
ぐつぐつ煮えたぎったシチューのような怒りを、さくさくに焼き上がったパイのような笑顔で覆っている。そんなパイシチューみたいな笑顔を見せるなり、メンちゃんは背中を向けた。
そんなメンちゃんの背中に、わたしは「だから」と継ぎ句をぶつける。そうしてすかさず走り寄って、メンちゃんの背中に抱き着いた。
「メンちゃんも来てよ。メンちゃんがいないと寂しいよ、わたし」
本当に思っていることを、そのままに吐き出す。
メンちゃんは黙ったままだ。けれど少しだけ身じろぎしたのを、わたしは見逃さない。メンちゃんの耳にかかった赤毛を払いのけると、こっそり耳打ちする。
「それに、またここに来れるとは限らないんだよ? だったらわたしは、後悔しないように過ごしたい。皆と……メンちゃんとの思い出を作りたいの。だめ、かなぁ?」
偽りない本心に、少しの打算を加えて、ささやいた。普通に考えて、わたし達だけでもう一度このホテルに泊まれるとは思えない。それはメンちゃんも分かってるはずだから。
「……調子良いこと言っちゃって」
睨んでくる視線に、「ごめん」と返す。
そしたらメンちゃんは「やれやれ」といった体で肩をすくめると、ナルちゃん達に向き合う。
「皆のドレスはうちが選ぶからね! 文句言わずに着なさいよ?」
「? まずは麻雀ルームに行くのだから、ドレスは着なくても……」
「バカ! そこらの雀荘とは訳が違うでしょ! しっかりオシャレしないと!」
そうして、ナルちゃんとメンちゃんは言い合いながら、部屋を出て行ってしまう。
わたしはしぼんだ風船みたいに肩を落とした。
口論になることが多い2人だけど、目的さえ合えばあっというまに話が進むのだ。まぁ、誰かが仲介しないと、いつまでもバチバチするんだけど。
「おつかれさん」
心労たっぷりの息を吐いてたら、プラちゃんが労うようにわたしの頭を撫でた。
こういう時に浮かべる表情は大人っぽくて、プラちゃんが1つ上の先輩だと言うことを思い出す。
「そう思うなら手伝ってよ~。毎回、間に入らなきゃいけないの辛いんだよ?」
おかげで、この3か月で変に駆け引き上手になった気がする。元々、そういうの苦手だったはずなのに。喧嘩が始まるとプラちゃんは決まって静観するから、わたしがやるしかないのだ。
「あたしは楽しいことしかやらん主義なのだ!」
「だから
「やめろラブちゃん、そのワードはあたしに効く!」
「はいはい」と、ハートを押さえるプラちゃんの手を引いて、わたしは2人の後を追った。
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