第6話 豪遊ー1 きゃぴきゃぴジャンピング!

「「「「 せーのっ! 」」」」


 掛け声を合わせ、4人で手を繋いで、一斉にプールに飛び込んだ。

 水面が迫る。目を瞑る。


 ざぶんと水面を割る音が聞こえたと思ったら、すぐに耳の傍でごぼごぼと水がうねる。まぶたを開くと、ハワイの海にスキューバダイビングをしたと言われても信じそうなくらい、綺麗な水中の世界が広がっていた。


 普段は喉を潤してくれる「透明」な水が、正しく「水色」になって視界を染める。


 学校のプールより広くて、市民プールより汚れていない。

 スカイブルーともマリンブルーとも違う純粋な「水色アクア」の美しさを、初めて知った。感動していたら、不意に水泡が立ち昇った。


 泡が頬を撫でて、くすぐったい。

 目線で泡を追うと、陽の光に煌めく水面が見える。そして、水面を隔てた向こうから皆のはしゃぎ声が聞こえてきた。


 浴槽の底を爪先で軽く蹴って、水面から顔を出した。

 「ぷはっ」と息を吸う。

 水中でふわふわと揺蕩っていた髪が、水気を纏って、ちょっと重くなる。


「は、腹が! 腹がぁぁぁああああゴボボボボ」


 プラちゃんが、水面にぶつかって赤くなったお腹を、手で押さえながら沈んでいった。それを見て、メンちゃんとナルちゃんが盛大に笑う。


「あっはははは、ム〇カ沈んだ―!」と、メンちゃんは水面をばしゃばしゃ叩き、

「目じゃないから大丈夫よ、きっと」と、ナルちゃんは体をくの字に曲げていた。


 なにかのネタなんだろうけど、わたしにはよくわからなかった。けどつられて笑っちゃう。


 もう、なにをやっても楽しいみたいなテンションに、わたし達は嵌っていた。


「こら、チミたちぃ! プールは飛び込み禁止って言ったろーがぁ!」


 そしたら、叱咤を伴って沼田先生がプールサイドからやってきた。怒ってるけど、さっきホテルのエントランスで売ってたアロハシャツを着てるせいで、まったく怖くなかった。


沼先ぬませんも入ろーぜー」と、無邪気に手を振るプラちゃん。

「俺が君らと入ったら犯罪になるわ」


「なにいまさら真面目ぶってんのー? 沼田そういうキャラじゃないじゃーん」

「国枝、君が俺のことどう思ってんのかは分かった」


「あのっ、そんなに気にしなくても良いと思います。先生だって暑いだろうし。それに女子高生とプールに入るのが犯罪になるなら、夏の検挙数すごいことになりますよ?」

「本条って良い子だけどなんかズレてるよなー」


「私達とプールに入らない=据え膳喰わぬは男の恥=私は沼田和義に勝った! 証明終了QED!」

「成瀬って俺が来るとバカになるのは何で?」


 沼田先生は深―いため息をつくと、「ほらよっと!」と叫んで、プールに何かを投げ入れた。


 それは丁度、わたし達4人の真ん中に落ちて、水飛沫を舞わせた。


 飛び散った水滴が止んで、おそるおそる腕の隙間から窺うと、それは円形のビニールプールだった。中には水ではなく、ビーチボールや水鉄砲などが入っていた。


「ほら、さっさと遊んで疲れて昼寝でもしろ。そしたらようやく俺も自由時間GETだ」

「めっちゃぶっちゃけるじゃん、沼田」


 でも皆とくに気にしてなかった。


 わたし達はビニールプールに入ってる玩具を見てから、示し合わせるようにお互いの顔を見合わせた。

 そして、4人とも水鉄砲を手に取り――――発射した4つの水柱が先生の顔を撃ち抜いた。


                   *


 『ウルティ・グランズ・サウスホテル』


 それが麻雀同好会の合宿先となったホテルの名前だ。

 九州地方まで飛行機で飛んで、空港から先生の車に揺られること3時間の位置にある……ってことしか分かってない。


 なんで検索しても名前出てこないんだろう、って疑問はエントランスに置いてきた。そんなことより驚くべきは、沼田先生がこんな豪華なホテルの常連っぽいことだ。


 受付の人に第一声「最近ちょーしどう?」だもんなぁ。

 後、チェックインの時出してた、あの真っ黒なカードは一体……。


「どしたの、ラブちゃん。顔色悪いよ?」

「ううん、なんでもない」


 わたしは考えるのをやめた。

 1Fについて、見回すとホールの前で沼田先生とナルちゃんが待っていた。

 プラちゃんは既にお皿に料理を盛って、ハムスターみたいにもりもり食べてた。


「プラちゃん、美味しい?」


 わたしが尋ねたら、プラちゃんは頬張ったままコクンと元気よく頷いた。普段バカなことばっかりしてるのに……不覚にも可愛いと思ってしまった。


「おら並べ並べー。点呼取るぞー」


 沼田先生はわたし達を並ばせると、点呼を取り始めた。

 こーいうところは合宿っぽいなぁ。


 全員いることを確認すると、沼田先生は体育館くらいの広さのホールに背を向けた。わたしはエレベーターの方に歩いていく先生の手を引く。


「先生、どこに行くんですか?」

「最上階のレストランだ。俺はここに来たら、あそこで食うって決めてんだ」


 やっぱり先生、ここの常連なんだ。

一人で納得していると、ナルちゃんが目の色を変えて飛んできた。


「最上階のレストランって何ですか⁉ 私達も行きたいです!」

「駄目だ。つか無理だ」


 先生は指を一本立てる。


「まず、上のレストランは宿泊料と施設の利用料とは別料金。君らの分は払ってない」


 もう一本の指を立てるなり、先生はわたし達と麻雀を打ってる時のような、クラスのいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。


「そんで、上のレストランはドレスコード。制服じゃあ入れねぇな」

「あなた……っ! だから制服で来るよう言ったのね!」


 ナルちゃんはハッと気づくと、悔しそうに睨み上げる。

 そう、いまわたし達は夏休み前と変わらない制服姿だった。なぜなら、同好会とはいえ合宿旅行だから、一応『学校行事』という扱いになるからだ。


「そもそも顧問が生徒から離れるなんて非常識よ! せめて私達が食べ終わるまでここに居な」

「ハッハハ―、やーなこったぁー! ざまぁみろーい!」


 ナルちゃんの抗議を遮って、沼田先生は高笑いしながらエレベーターの中に消えていった。

 わたしはホールの入り口で立ち尽くすナルちゃんの肩をつつく。


「ね……ねぇ、ナルちゃん。そんなに気にしなくても」


 言いかけて、口をつぐむ。

 ナルちゃんの横顔が再び気炎万丈、憤怒に燃えていたからだ。


 ……しーらない。

 何も言えないわたしは嫌な予感を抱えたまま、その場から離れた。

 ホールのローストビーフ美味しかったなぁ、と全然関係ないことを考えて気を逸らしながら。

 

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