第15話 身から出た錆
店主から街の警察署の場所を聞き、私達は速やかに向かった。
店主が地図を見せてくれたのだけれど、どうやらこの地方都市は、駅を境に南北に分かれているらしく、街並みや土地柄、果ては治安情勢も異なるらしい。
「あれー? 北の方に行くんでしょ? 駅通んないの?」
「公園から警察署に行くのなら、わざわざ中央の駅に寄る必要ないでしょう」
「えっ、もしかしてナルちゃん、道覚えたの⁉ さっきので⁉」
私はこともなげに「当然です」と言うと、プラさんは大げさに驚いていた。この人明るいけれど……やっぱり少し苦手ね。
なのに、なぜか私はプラさんの隣で歩くことが多い。ちらりと後ろを振り返ったら……ラブさんのペースに合わせてメンさんはおしゃべりに興じていた。
「人の気も知らないで……」
「お? なんか言った?」
ラブさんの笑みを傍目に歩いて行ったら、曲がり角の先に警察署が見えた。署の玄関前には数台のパトカーが駐車しており、夜間パトロールのためか警察官の出入りが多そうだった。
「やっと着いた」
肩の荷が下りて、私はホッと息をつく。これでみんなと旅行から帰せる。そう思ったら、胸の奥からゴゴゴゴゴッと地響きが鳴る。
――待ってなさいよ、沼田和義! 帰った暁には絶対に制裁してやるん
「まって! ナルちゃん‼」
揚々と大きく振っていた腕を、後ろからぐいっと掴まれた。
驚いて振り返ると、メンさんと歩いてた筈のラブさんが、見たことないほど焦燥した表情を浮かべていた。
「どうしたのラブさん⁉」
「あ、あの人達……」
震える指の先を視線で追いかけると、警察署の前にいる老夫婦が視界に収まった。遠目でも品の良さが分かり、出で立ち・仕草にも落ち着きのある老夫婦だった。
あの夫婦がどうかしたのかしら?
ラブさんの知り合い……にしては接点が思いつかない。ラブさんは私の腕にしがみついたまま、震える声で自分と老夫婦の関係を口にした。
「リゾートホテルでわたし、あの人達と麻雀して、それで……メンちゃんと一緒にい、い、イカサマでお金……だ、騙し
加害者と被害者。
それが彼女と老夫婦の関係だった。
言葉が出てこない私の代わりに、プラさんが明るい声でラブさんを励ます。
「大丈夫だよ、ラブちゃ~ん。向こうだって賭け麻雀自体はやってたんだし、同意の上っしょ」
「……離れるわよ」
「え~、ナルちゃんまでそんな」
「良いから早くしなさい‼」
冗談じゃない……冗談じゃない!
私は事態を分かってないプラの手を引っ張って、踵を返した。留年生のプラは特に気にするべきなのに、このバカはっ‼
単純賭博罪にイカサマによる詐欺罪。私達の将来に多大な悪影響を与えることなど、明らか過ぎるでしょう⁉
「ど、どうしようナルちゃ」
「ラブさんは黙ってて」
噛み潰した苦虫の苦汁が声色に棘を与えてしまう。
あっ、と思った時には、ラブさんは胸を抑えて俯いていた。……あぁ嫌、なんなのこれは。意図せず刺してしまった自分の言葉に嫌悪する。
「とにかくこれでもう私達は――――警察に頼れない」
プラを引っ張って、ラブさんをプラの陰に隠す。走れば怪しまれる。歩調を早めて、そっと、気づかれないように。ラブさんを先に行かせ、私は一番後ろで肩越しに振り返って、
――――老夫婦の陽だまりのような優しい眼差しが、私の心も未来も貫いて、凍てつかせた。
「 あ 」
遅れて貫かれた衝撃が襲ってくる。
吐息の絶叫がこぼれて、足がよろめきそうになって……ダンッ! と傾いた態勢を支えるように、一歩大きく踏み出した。
そうして私達は警察署から全力で走って、離れた。
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