第47話 暖かい冬


戦闘が終わって2日が過ぎました。


 今日の朝一番でゼンガーリッツ軍の伍長以下数名が侯爵領へと停戦報告書を携えて出立しました。

 一方、雪が降り積もった中庭では捕虜たちが集合してゴルディッツさんの指揮の下に大声で点呼を取っています。


『何もやることのない男だけの集団というのは、それだけで規律が緩み、喧嘩や賭け事など粗暴な振る舞いに走りやすくなる。

 そのため意味がなくとも何時間かごとに全員があつまり、厳しく点呼を取ることによって規律を保つ必要がある』


「と、そのようにレイ様からの御指示がありまして、捕虜として抑留されている間は、毎日の朝夕に、このような活動を行うことになりました」


 兵士たちの声を聞いて、何事かと窓辺に立ったわたくしの側で詳しく説明をしてくださるのは、先程から仕事を手伝って下さっているアーデルトラウト、いえ、アデル様です。


 お父様も、生前に一度だけオルドスたち従卒ふたりと農民から徴用した兵士を数名引き連れて、南方に従軍したことがありましたが、そのときにも、このような訓練をしていた記憶はありません。


「点呼は単に返事を返すだけではなく服装の乱れがないかを調べたり、行進や号令への対応がきちんとできるかも調べるように指示されました。

 ですから、服装に乱れがあると、あ、ほら、ああなります」


 そう言ってアデル様が指さした先で5名がそろって腕立て伏せを始めました。


「あの全員が、揃って服装に乱れがあったんですか?!」


 そんなこともあるのだ、と驚いて聞いてみるとアデル様は首を横に振ります。


「違います。彼らは5人でひとつの班です。彼らの中で一人でもできていない者がいる場合、ああして全員で罰を受けさせるのが良いのだそうです」


「き、厳しいですね」


「でも、効果的だと思います。責任感と連帯感、何より達成感が高められます。

 私も領地に帰ったら、ぜひ取り入れたいと思っています」


 執務に戻ろうとするわたくしにアデル様は、少しだけ遠慮がちに言います。


「寒い中でもわざわざ雪の積もった門前の中庭を選んで点呼を行うのは、この執務室からよく見えるように意識しており、怪しい動きはしません、我々は良い捕虜です、という姿勢を示しています。理解してやってください」


 そうして彼女が深々と頭を下げたのを見て私が微笑むと、彼女はホッとしたように胸に手を当てて、はにかみます。

 それから何故か、互いにおかしくなって少しだけ笑いました。


 苦笑が収まろうとした、その時です。

 突然に悲鳴のような大声が廊下に響き渡ります。


「お、お嬢様! お嬢様~! ろ、ローガン様が、ローガン様がぁ~」


 ノックも無く部屋に飛び込んできたのはマリーです。

 あまりの慌て様に叱りつけるのも忘れて、彼女の言葉の意味だけを考えました。

 心臓が早鐘のように打っているのがわかります。

 ローガンの身に何が起きたというのでしょう。


 数週間前にローガンが自分を傷つけようとしていたという話を聞くともなく聞き、心配して彼の家に向かいましたが、結局、会ってはもらえませんでした。

 それ以来、彼のことはオルドスに任せっきりになってしまっていたのです。


 今日は朝から、レイ様とアイ様がローガンに会いに行きました。

 そこで何か良くない事が起きたのでしょうか?


「マリー、一体なにが………、」


 言いかけて、そのままにわたくしの言葉も動きも、止まってしまいました。


 開かれたままの扉の向こうに立っていた影。


 磨き抜かれた半帽式の兜の下には、かつての様に溌剌はつらつとした彼の顔がはっきりと見えます。

 鉄製の小さな胸当てのある革鎧に幅広のブロードソードを腰に携えた堂々とした姿は、記憶にある通りの騎乗前の彼に同じです。


 そう、彼は確かに立っていました。

 杖をつくこともなく、二本の足でしっかりと。


 それから自然な足取りで、ゆっくりとこちらへ近づいてきます。

 すぐ後ろにオルドスも付いてきてはいますが、彼の肩を借りた様子は露ほども見られないしっかりとした足取りです。

 その力強い姿から見るに階段も自力であがってきたのは間違いありません。


「ろ、ローガンなの、ですか?」


 まるで初めて見る騎士を相手にするかのような問いかけをしてしまいます。


 当然ながら脛は両足ともブレー(ズボン)とブーツで隠れていますが、義足を付けてあのようにブーツを履きこなすことなど出来るものなのでしょうか?

 足首も自然に曲がって体全体を支えているように思えます。


「その、足は………?」


「はい、レイ様に大変良い義足を用意していただきました。

 同時にお叱りと励ましのお言葉もいただき、ようやく目が覚めました。

 長らく無礼を働き、言い訳するすべもありませんが、もし許していただけるのなら再び御奉公することをお許しいただけるでしょうか?」


 そう言って私の前に跪くその姿もまた、ごく自然なものです。

 あっけに取られ、どれほど時間が過ぎたでしょうか?

 ローガンからの不安気な声が遠慮がちに耳に響いてきました。


「あの、お嬢様。いえ、失礼しました、お館様……。 その、お許しは頂けますでしょうか?」


 気づけば、ローガンの問にどう答えるか、と誰もがわたくしに注目し、部屋は物音ひとつなく静まり返っていたのです。


 その静寂を破ったローガンの声に私の方こそ我に返ります。

 

「ええ、ローガン。ええ、もちろん! もちろんですとも!

 それに昔通りの呼び方でいいわ。だって、お館様だなんてなんだか年寄りみたいで嫌だもの!」


 そう言って肩をすくめた途端、執務室に皆の笑い声が弾けました。



      ◇        ◇        ◇



 扉の向こうで喜びを分かち合うアステリア、ローガン、オルドスの主従を盗み見ながら、気配を消すようにゆっくりと廊下を歩き出す。


 正式な従卒ふたりが揃った以上、平常の仕事は問題なく動き出すだろう。

 そうなれば俺と国綱は特産品を生み出す作業に力を入れることができる。

 となると、あの捕虜共をどうこき使ってやろうか、と少しばかり意地の悪い想像を楽しんでもみる。




 さて、ローガンがアステリアに語った通り、あの時、俺がバッグから取り出したのは一本の義足だった。


 地球の歴史では義手や義足は第一次世界大戦後にようやく発展し始め、そのころから外見をできるだけもとの手足に似せようとする努力が始まった。


 外見を似せるということは、それだけ機能を元の手足に近づけさせることを考え始めたわけであり、1900年代になって、ようやく患者の生活を考えた整形医療が始まったのだと言える。


 特に義足は足の形を模倣し、地面との接触面の形状を試行錯誤することで、装着した切断面への負担を減らし、歩くことをより楽にしてきたという歴史がある。

 またこれらのデータは健常者の靴作りなどにフィードバックもされている。


 だが、そのような工夫が始まる前の義足は立てれば良いだろう、とでも言わんばかりの代物しろもの、つまりはピーターパンのフック船長のように膝から先に棒が一本付いただけ、というものがほとんどであった。


 この世界の義足はダンジョンからの出土品や、それを模倣した品もあって地球の中世よりはずっとマシだが、それでも貧困層や辺境での実情は、それにかなり近いと聞いた。


 俺たちの世界での機械式義足は、足を失った場合に応急処置的に使われるものである。

 ローガンのように膝から下の欠損の場合、艦内で本人の細胞を培養して必要とする「脚」を作り出した後に、彼自身を医療ポッドに二週間も放り込めば、切断面が癒着して元通りの足が生え揃うことになる。

 つまりは、それまでのつなぎと言うわけだ。


 ただし、この義足は応急用とは言えかなりの高性能である。

 ふくらはぎや足首から先の微妙な動き、例えば走るときに親指から小指に向かって順序よく力を発揮していく自然な動きなどは、内蔵したアシストモーターの力で生体の足と同様の能力を実現させている。

 また、動力源となる内蔵電池も使用者が足を上下に動かすことで生まれる回生電力を使えばほぼ一生持ってしまうほど燃費にも優れている。

 これによって装着者は、ほとんど自分の足と同じに生活できてしまうのだ。

 かなり優秀な製品と言える。


 実際、再生医療にかかる時間を面倒に感じ、これで生活を済ませてしまう患者も少なくない。


 そういうわけで、今回は大抵の足に合う型式の汎用型を持ってきた。

 コルンムーメは激戦区に突入させられる海兵隊のふねだ。

 義手、義足のストックは最低でも常に10ダース以上は在庫がある。

 実はエステルと初めて会った日から、いずれは渡さなくてはならない品だと考え、最初に地表に降りた爆撃機に積みっぱなしにしてあった。


 だが、ローガンの心理的な安定を待つ必要があったことや、ゼンガーリンツ侯爵家との戦闘があったことなどから、この問題は伸び伸びになっていた訳である。

 それがようやく成し遂げられることになったことで、俺も肩の荷がひとつ降りた気分だ。


 階段に差し掛かると、ちょうどそこを国綱が上がって来る。

 俺と目が合うと奴はその小さな拳を俺に向かって突き出し小さく頷いた。


 拳を合わせる。


 コツン、ぶつかる音は小さかったが俺たちは同時に微笑んだ。



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