第20話 でも、お高いんでしょ?

「んぅ。いわゆる魔獣590体、および魔獣と行動を共にしていた野生種23体、計613体の駆除、完了したよぉ」

 国綱の討伐完了宣言をもって戦いは終わった。


 森に向かって平坦な胸を張る国綱。

 それに目を向けた俺とアステリアは何故だか顔を見合わせて笑った。


 俺は素直に大声で、彼女は愛らしい子どもがはしゃぐ様を見たかのように微笑んで。


 そうして一通り笑い、さあ下に降りようか、と声を掛けようとした、その時。

 真下の部屋から大きな叫び声が響き渡る。

 何事か、と身を乗り出すと、二階の窓からも子どもたちが身を乗り出し、倒れた魔獣たちを指さしては歓声を上げているのだ。


 なるほど、二階の窓からもある程度の視界は確保できていたんだな、と気づく。

 それにしても子どもの甲高い声というのは良く響くものだ。

 ここにいても会話の内容がよくわかる。


 但し、聞いて嬉しい内容かどうかは別だが。


「凄い、凄い!」

「アステリアお嬢様が屋根に上がったら、魔獣たちが光って燃えて倒れちゃったよ!」

「あれ、魔法だよね!」

「きっと、そうだよ。アステリアお嬢様の魔法だ!」

「まるで、勇者様みたい!」

「みたいじゃないよ。きっと勇者様なんだよ!」

「そうだね。うん」

「なるほど~、アステリア様は勇者様だったのか!」

「だよね!」

「え~、違う? と、おもうんだけどなぁ!」

「なんだよ。アステリアお嬢様が勇者様じゃ、おかしいってのかよ!」

「そうじゃなくて! 勇者様は剣を使うのよ。アステリア様は魔法を使ったんだから魔術士になるんじゃないのかしら!」

「あっ、そうか!」

「じゃあ勇者様は?」

「ほら、あの一緒にいた女の子。あの子勇者っぽくなかった?」

「あ、そういえば勇者っぽかったね。あの子も一緒にいなくなっちゃったもんね」

「凄い動きだったよ。アステリア様を背負ってアッと今に上に登っちゃったみたいだし」

「そうだね。勇者様ならあれぐらいは動けるんだろうね」

「うん、きっとあの子が勇者様なんだよ!」


 今、俺は凄い真顔になっていると思う。

 感情が死ぬときってこんな風になるんだろうなって思う。


 ギギギッと音がでそうなほどゆっくりと、問題の勇者様の方を見る。


 ヤバい。こいつ妙に誇らしげだ。

 やる気になってやがる。


「んふふふ、愚民ども、中々よく分かっておるではないか!」


 おい、それ魔王だろ!


 音ってのは基本的には空間の開けた方に抜ける。

 今の魔王くにつなの声が多少の大声でも、下に聞こえたということはあるまいが、とにかく何とかしてコイツを止めなくてはならん。

 現地住民に力を見せつけるのはともかくとして、妙な称号を付けられては精神的に未熟な国綱がそれに引きずられかねないからだ。

 と、そのとき、フル回転した俺の頭脳は国綱の勇者願望を急停止させるベストとはいかなくてもベターとは言える言葉を見つけることに成功した。


「そうだ! なあ、聞いてただろ。勇者は剣を持ってるって。お前の剣はどこにあるんだ!」


「あっ!」


「な? 悪いことは言わんから、勇者はあきらめろ。

 今回の魔獣退治は全部、この世界にあるという「魔法」でやったことにする。特にアステリアの魔法でな」


 がっくりとうなだれる国綱の姿にホッと胸をなでおろしたが、今度はアステリアから抗議の声が起こる。


「ちょ、ちょっと、お待ちくださいレイ様。何故ですか? わたくし、そんな力ありません」


「いいんだよ。力があるってことは、領民を守れるってことだ。

 これで、領民たちからの信頼も高まる」


「彼らをだますのですか?」


「しばらくの間だけだ。あと俺たちも魔法を使ったが、すべてはアステリアの命令に従ってのものだという事にする。

 つまり、軍事的な指揮能力についても君に充分な力があると信じさせる」


「なぜですか?」


「アステリア! 今回のことで俺たちに信頼が集まれば、相対的に君が軽んじられる。

 民衆ってのは、そういう愚かなところがあるんだ。特にこんな田舎の民にはな。

 そうなれば彼らにとっても良くないことになる。分かるだろ?

 君と村人、双方の為に少しの間は我慢してくれ」


「どこかで必ずボロがでますわ」


 そう言ってアステリアは不安げに俺を見るが、俺は首を横に振りながら断固としてその言葉を否定した。

「出ない! なぜなら君はいずれ本当にあのレベルの力を持つようになる!

 おれが鍛える」


 その言葉に驚いて俺の目をじっと見ていたアステリアだったが、最後は“はぁ”と大きな溜息をついた。

 どうやら俺の言葉を理解はしてくれたようである。


「……ご厚意に甘えてばかりはいられません。対価はきちんとお支払いします」


「お安くしとくよ」


 ようやく下に降りると、美少女ふたり組は小さな子どもたちからもみくちゃにされることになった。


 期待に満ちた目と声で1人の子から

「勇者なんだよね?!」

 と問われた国綱は、

「言えない、今はまだ力が足りないから」

 と中学二年生みたいな事を言って煙に巻こうとしたが、逆に、

「すげぇ!」「きっとまだ修行中なんだ」「修行中でもあんなに強いんだ」

 などと期待値を上げる悪化現象を引き起こしていた。


 なお、大人たちはと言えば、ひそひそと互いの失敗を責める声が聞こえてくる。


「おい、どうする」

「あんな力がある方だとは……」

「あの学生とやらの力、ってだけじゃなかったのか?」

「そういえば、隣の伯爵家とも繋がりがあるって噂あったぞ」

「知らなかったとはいえ、少しばかり不味くないか」

「遺跡へのお供を断った件で処罰されるんじゃないか?」

「お前らが得にならんからやめとけって言ったんだろうが!」

「何を人のせいにして……」

「人のせいといっても、もともとは……」


 なんか見苦しかったが、領主に他するおそれと敬いの意識を持つ一歩目には近づけたと思う。

 こんな連中でもアステリアにとっては大事な領民なのだ。

 彼女が彼らを愛するように、彼らにも彼女を愛して欲しいと思うのは贅沢だろうか?


 人はある程度の豊かさがあってこそ、他人を敬う余裕を持てるんだろうな。

 今、こいつらにあるのは損得勘定だけだ。


 そう思って、なんだか嫌な気分になる。

 だがな、このままにはしない。


 あいつの友達が不幸なままってのは許されない。

 この村を変えて、あの村人も変えて見せる。


 幸いなことに、6人の子どもたちは素直だ。

 力のないものを守ることも、危険な時に落ち着いて行動することもできる。

 また、他人のために力を振るう者を敬う気持ちも持っている。

 大人になったとき、この領民どもと同じになっちゃあ救われないが、今のように助け合うことを知ったままに大人になったならば、どうだろう。




 少しだが、確かに希望はあるのだ。






  ◇     ◆    ◇    ◆     ◇      ◆



お読みいただき、ありがとうございました。


3日ほどお休みして続きを書きたいと思います。



別作品である「フラグメント・イータ ~やけくそで死んだら異世界では竜甲猟兵だった~」もよろしくおねがいします。


気楽に読めるように工夫して書いたつもりです。



 

 

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